立て直し
戦力を後退させた俺は、 要塞の頂上から降りて内部にやってきていた。
防壁門が破られて敵がいずれ近づいてくることがわかっているからか、内部ではグレッグやギレム、ローグの指示の声が響き渡っていた。
「ノクト様、スキルをお願いします」
メアから声をかけられる。
後退した領民たちを見ると、中には敵の矢や魔法に当たったのか負傷をしているものがいた。防壁には敵からの攻撃を防げるように小壁体を作っているが、すべての攻撃を防げるわけではない
こちらが攻撃をするときは壁の間からする必要があり、その微かな瞬間を敵も狙ってくる。
有利な位置から攻撃しようとも絶対なる安全は保障できないのだ。
「わかった。手伝うよ」
メアのところにすぐに駆け寄ると、メアが負傷者に【細胞活性】のスキルをかける。
その瞬間、俺はメアのスキルの効果が上がるように拡大をかける。
すると、淡い翡翠色の光が強くなり、負傷者の傷は瞬く間に治った。
「手間をかけてすみません、領主様、メアさん」
「これは君が勇敢に戦った証でもあるんだ。恥じることはないよ」
「そうですよ、お陰で敵の戦力を半分にまで減らすことができました」
「ありがとうございます!」
俺とメアがそのように言うと、領民は感激したように頭を下げた。
そうやって俺とメアは負傷した領民たちをスキルの合わせ技で治療していく。
「これで負傷者の治療は終わりですね」
「待ってくれメア。グレッグもそうだが他に何人かも負傷しているんじゃないか?」
後退した領民たちの治療を終えたとメアは言うが、グレッグを含め領民の中には明らかに青アザを作っているものや、歩き方がおかしなものがいる。どこかしらに怪我があって負傷をしているのだろ
う。
「グレッグも治療をするよ。こっちに来てくれ」
「なんのことですかい?」
そのように声をかけるが、グレッグは何故かとぼけた反応をする。
「なんのことって……グレッグ、右腕に青アザができているじゃないか」
「いえ、俺の怪我は軽い打撲なんでいいんです」
「そうかもしれないが痛いだろ?」
「勿論、痛いですがこの程度の痛みなら我慢できますよ。俺と違って領主様のスキルはまだまだ使うところが多いんです。小さなことにまで使って消耗したらいけませんよ」
「そうっすよ! この程度の程度の怪我なら唾でもつけておけば治ります!」
グレッグだけでなく、他の負傷した領民もそのようなことを言ってくる。
俺のスキルにだって限りがある。それがわかっているからメアは治すべき怪我人の選別をしたのだろう。
その必要性は重々承知しているが、目の前で負傷している領民をそのままにするというのは心が痛むな。
だけど、こういう事態だって起こり得ると覚悟してきたんだ。
この疑似戦争に勝つために彼らの覚悟を受け入れよう。
「……わかった。スキルは温存させてもらうことにするよ」
「ええ、そうしてください」
その代わり戦いが終わったらすぐに治療させてもらおう。
言葉にはしなかったが俺は心の中でそのような決意を抱いた。
そのためにも早く疑似戦争を終わらせないと。
「ノクト! この後はどうするの?」
『これからどのように動くのか私も気になるな』
そのように考えていると、ベルデナとグラブがこちらにやってきた。
グレッグや他の領民も気になるのか、それとなく視線が集まっているのを感じる。
攻め込んできている敵の数は四十名程度。それに比べて俺たちは軽傷者こそいるものの動けなくなったものはゼロ。
戦力差が倍ほどあったにもかかわらず、既に相手の戦力をこちらが上回るほどになっていた。
防壁門こそ破られて接近を許しているものの十分な戦果といえるだろう。
「正直、何もせずにこのまま陣にこもっているだけで有利になるんだけど、守っているだけじゃ勝てないしね。敵を迎撃しつつ、頃合いを見て作戦通りに攻め込むことにするよ」
「「おおおおお!」」
俺がそのように方針を伝えると、領民たちから気合いのこもった返事がくる。
「ということで、お前ら迎撃準備だ!」
グレッグの声に反応して領民たちが忙しなく動き始める。
「グラブ、グレッグ、ちょっといいかな?」
その中で二人に声をかける二人はこちらにやってくる。
『頼み事だな?』
「理解が早くて助かるよ。二人には厄介な冒険者を抑えておいてほしいんだ」
「ライアンとロックスのことですか?」
「そうだね。防壁門よりも強固なうちの陣が壊れる気はしないけど、好き勝手に動かれるのも面倒だしね」
この要塞には防壁門には施していなかった硬度の拡大や分厚さの拡大を施している。その上で中からローグとギレムによる補強を行っているので、あの二人のスキルでもそう簡単には壊れない。
要塞の内部にはとある仕掛けが施されているので容易に突破できないようにしているが、自由に動かれたくはない。
『私は一向に構わないぞ。そろそろ暴れてみたいと思っていたところだ』
レッドドラゴンであるグラブが言うと、シャレに聞こえないが戦意があって承諾してくれるのであれば文句はない。
「グレッグはどうだい?」
「……正直、俺の力じゃ、どちらかを倒すことは難しいです」
「別に倒す必要はないんだ。頃合いを見て敵の陣地に奇襲をかけるから、それを敵が察知した時に動けないようにしてくれれば十分さ」
「要はあいつらをここに釘付けにすればいいんすね? それくらいならやってみせましょう。俺にも先輩としての意地がありますからね」
自信なさそうにしていたグレッグであったが、倒す必要がないと頼もしい返事をくれた。
「グラブはライアンとロックス、どっちと戦いてえんだ?」
『強いて言うなら、ロックスという男だな』
「構わないが理由を聞いてもいいか?」
『ある程度本気を出しても簡単に死にはしなさそうだ』
グラブの発言に一瞬場の空気が凍り付いた。
「……今は敵側にいるが大事な後輩なんだ。手加減を頼むぜ?」
『その程度のことは弁えている。信頼してくれ』
「本当に頼むぜ」
さすがに後輩が心配になったのかグレッグは念を押すように頼んでいた。
グラブと戦うことになるロックスが敵ながら哀れで仕方がない。いや、食い止めるようにお願いしたのは俺なんだけどね。
「ノクト、私にはなにか頼むことはないの?」
グラブとグレッグの会話を聞いて苦笑いしていると、今度はベルデナがやってくる。
あの二人には頼み事をしたのに自分には頼み事がないのが不満なのだろう。
「ベルデナにも頼みたいことはあるよ」
「本当? なになに?」
「後で敵陣に攻め込むからその時に付いてきてくれ」
ライアンや他の冒険者を食い止めるにはベルデナをぶつけるのが一番だが、それ以上にこっちの方が大事な役目だからな。
それをベルデナも感じ取ったのか喜びと期待の混じった表情をする。
「おお、私とノクトで陣地攻めだね! わかった、それまでは大人しくしてる!」
ベルデナがやる気のこもった表情で頷いた瞬間、要塞の外で破砕音が響いた。
「……どうやら敵がアースシールドを破ってきたみたいだね。それじゃあ、皆。迎撃を頼むよ!」
「「おお!」」




