防衛戦
「ノクト! もう一本投げとく?」
生存したノルヴィスを見てホッとしていると、ベルデナが次のストーンジャベリンを手にして言ってくる。
その口調はもう一本酒瓶を開けるかのような気安さだった。
実際にベルデナにとって今の投擲はそれくらいの軽さなんだろうな。
「いや、それをやるとノルヴィスが死ぬ気がするからやめておこう」
これが戦争であれば無慈悲にストーンジャベリンを投擲し続けるだけでいいのであるが、これは疑似戦争だ。
意図的に人の命を奪う行為は推奨されない。仮にもう一本でもなげようならレベッカが止めにくるだろうな。
「……なんだか戦ってる相手を心配するなんて変な感じ」
「俺たちは命の奪い合いをしているわけじゃないからね」
ベルデナの言うことも一理あるが、これは戦争ではないから。
「それならこっちの球はどう? 人は狙わないで建物だけ狙うようにするから」
ベルデナが拾い上げたのはリオネたちが土魔法で作ってくれたストーンボールだ。
砲弾のような球体をしており、ベルデナが投げるために置いておいたものだ。
「うん、人を狙わないならアリかな」
建物を狙うのであれば問題ないだろう。
相手は格上の相手だ。こちらが配慮ばかりしていては足元をすくわれてしまうしな。
「よーし、それじゃあドンドン投げるよ!」
俺が許可をするとベルデナが砲丸投げの要領でストーンボールを投擲した。
今回も空中で拡大を施すと大きく弧を描いて飛んでいき、相手陣地の展開していた防壁に直撃。そして、破砕した。
今度は防壁を狙ったのだろう。凄まじい破壊力は大砲を想起させる。
「それっ! それっ!」
ベルデナがストーンボールを投げる度に俺は拡大をほどこす。
すると、そのほとんどが防壁へと直撃して木っ端微塵にしていく。
最初の一撃もあってか、敵陣の防壁は既に心もとないものになっているな。
このままベルデナの攻撃だけで敵陣を丸裸にできるのではないか。
そんな淡い期待を抱いていると、ベルデナの投げつけたストーンボールが風に吸収されてポトリと落ちた。
「あれ? なんで落ちたの?」
「今のはグレッグの後輩のレジーナだね」
敵陣の方を見ると、レジーナらしき女性が杖を掲げて風魔法を展開しているのが見えた。
グレッグから彼女たちの情報については事前に教えてもらっているのですぐにわかった。
あれほどの威力のある物体を風魔法で上手く受け止めるなんて、相当扱いが上手くないとできない芸当だな。
「今度は土壁が生えてきた」
レジーナの技量に感心していると、ボロボロになった柵の代わりとばかりに敵の陣ではアースシールドが展開されていく。
こちらはレジーナがやっているわけではないが、敵陣に控えている魔法使いたちがやっているらしい。
「どうやら敵の魔法使いが動き始めたみたいだね」
「むー、ムカつく。ノクト、もっと筋力を拡大して!」
「いや、そこまで無理はしなくてもいいよ。あれだけ大規模に魔法を展開させたんだ。敵の魔力消費を考えると相当な痛手だよ」
あれだけの広範囲に展開したのだ。いくら凄腕の魔法使いがいようともその消耗は相当なものだろう。
それに加えて敵側は、いつストーンジャベリンやストーンボールが降り注いでくるかわからない状態だ。
貴重な魔法使いを一定数守りにつかせなければいけないのは、敵にとっても痛いに違いない。
「あっ、敵が突っ込んできた」
そんなことを考えていると、出鼻をすっかりとくじかれた敵の突撃部隊が再び迫ってくるのが見えた。
攻めなければ一方的に攻撃されるだけと理解したのだろう。
こちらは自陣から敵陣へと直接攻撃できるのだ。当然の判断だろうな。
その思惑へと誘導させるためへの最初の一撃だ。これで俺たちがわざわざ攻め入ってやる必要がなくて助かる。
「どうする? 私も降りて応戦する?」
「いや、ベルデナはこのままストーンボールを投げ続けてくれ」
「わかった!」
最初は防壁を利用しての防衛戦だ。
個の力が飛び抜けているベルデナが行くよりも、このまま敵の魔法使いを釘付けにしてもらえる方が助かる。
俺がそのように指示をするとベルデナは再び敵陣にストーンボールを投げ始めた。
それらはアースシールドに阻まれるか、レジーナの風魔法で防がれてしまうが十分な牽制ができている。
「えいっ!」
「どわああああああっ!?」
と、思ったら突撃してきた敵軍の先頭付近にもストーンボールを投げつけた。
勿論、人に当たってはいないが高所から投げつけられた衝撃はすさまじいもので、何人かの敵軍が吹っ飛んだ。
ちょっかいをかけたのは一度きりであるが、上からストーンボールが降ってくる恐怖は植え付けられただろうな。
気まぐれにやったのかもしれないが、これを狙ってやったとすればとんだ策士だな。
敵はベルデナの投擲するストーンボールに怯えて足並みを遅くしつつも果敢にやってくる。
掛けられている吊り橋は左右の二本。分散することはなく左側の吊り橋に戦力を集中させてやってきた。
「まあ、これだけ堅牢な陣を組まれたら戦力の分散なんてできないよね」
突撃した敵の数はおよそ七十といったところか。
それを三十程度にわけたところで突破できる兆しは少ないだろう。
吊り橋を渡ろうとしてくる敵軍には、リュゼ率いる弓兵が迎え撃つ。
防壁の上からの一方的な斉射。
それにより突撃してきた相手の数人が倒れる。
矢の先端を丸めた棒にし、布で包んであるとはいえ直撃すれば中々に痛いだろうな。
「ウインドシールド!」
しかし、この手は敵も読んでいたのか第二射を放つ前に風の防御壁が展開。
それにより斉射された矢が空中で散らされ、あらぬ方向に飛んでいく。
どうやらレジーナだけでなく、他の風魔法を使える者が潜んでいるらしい。
風魔法で敵の矢を防ぐのは鉄板手段だし、さすがに全員を陣の守りにつかせることはないか。
「「アースウォール!」」
しかし、こちらだって攻撃手段は一つだけではない。
防壁の上に陣取っているリオネ、ジュノ、セトが同時に土の津波を引き起こす。
地面からせり上がった土の波が吊り橋ごと呑み込もうとする。
「パワースラッシュ!」
しかし、それは鋭い剣閃によって吹き飛ばされた。
土の波は相手を呑み込むことなく、土の雨となって虚しく堀に落下していった。
これには防壁の上で陣取っていたリオネたちも唖然としている。
「すっごい! なにあれ!?」
「ライアンのスキルだね」
観察することに専念していた俺はしっかり見ていた。
ライアンが腰に佩いていた剣を抜いてスキルを発動する姿を。
彼のスキルは【剣士】だ。
剣の扱いや体術に補正がかかるだけでなく、剣閃を放ったりすることができる。
俺も昔は憧れた戦闘スキルだったのでよく知っている。
「リオネ、リュゼ、攻撃の手を緩めないで」
しかし、動揺している暇はない。俺は唖然としているリュゼやリオネに拡大した声を届けた。
相手は制限された地形で一直線にやってきている。圧倒的有利な場所にいる俺たちが攻撃しない手はない。
すると、二人はハッと我に返って、防壁の上から攻撃を続けた。
他の冒険者の魔法や傭兵によるスキルで防がれる攻撃も多いが、いくつかの攻撃はヒットしている。
それでもじりじりと接近されている。これ以上接近される前に吊り橋を落とすべきだろう。
「リオネ、吊り橋を落として」
そのように指示をすると、リオネが吊り橋のチェーンを魔法で切断する。
瞬時に吊り橋が落下すると思いきや、吊り橋は少し沈んだだけで落下することはなかった。
おかしい。鎖が切断されたはずなのにどうして吊り橋が落ちないんだ?
「どうしたんだ、リオネ?」
「吊り橋が敵の何らかのスキルで固定されています!」
リオネに言われて目を凝らしてみると、吊り橋の鎖を補うかのように蔦のようなものが出ていた。
誰が使ったのかはわからないがスキルによるものだろう。
ならば、吊り橋そのものを破壊しようとするが、敵も意図に気付いているからか徹底的に阻害される。
厳しくなれば吊り橋を落として体勢を立て直すつもりだったのに予想外だ。
さすがはハードレット家が金に物を言わせて集めた戦力だけあって厄介だな。
こちらの迎撃によって人数は五十名程度に減少しているものの突破力が凄まじい。
「ここは俺に任せろー!」
向かってくる敵に激しく攻撃の雨を降らせる中、全身鎧に身を包んだロックスが突撃してくる。
「ガード!」
重戦士であるはずの彼は大盾を背負うと、黄色のオーラを身体に纏った。
突出した彼にリュゼたちの弓矢やリオネたちの土魔法が襲いかかるがそれは弾かれる。
ロックスのスキル【ガード】によるものだ。彼はそのスキルを使用することで自身へのダメージを大幅にカットすることができる。
それを利用して彼はあらゆる攻撃を軽減し、思いっきりダッシュ。
そのまま俺たちの防壁門に直撃。その衝撃は凄まじく要塞の頂上にいた俺のところまで振動がやってくる。
俺たちの防壁門はどうなった?
「相手の防壁を破ったぞー!」
「「おおおおおおおおおおおおおおっ!」」
舞い上がった土煙が晴れる中、ロックスと敵軍の雄叫びが響き渡った。
ここからでは防壁門の様子は見えないが、どうやらロックスのスキルで防壁門が壊れてしまったようだ。
「ええええ!? うちの防壁門が壊れたの!?」
「まさか防御スキルで攻撃してくるとはね」
自慢の肉体とスキルがあってこその力技だろう。
グレッグから彼らの能力やスキルについて知ってはいたが、まさかこのような使い方をしてくるとはな。
「どうするの? ノクト?」
「ひとまず、応戦していた皆が後退する時間を稼ぐかな」
防壁門が突破されたことには驚いたが、予想していなかったことではない。
俺はリュゼやリオネなどの防壁で応戦していた者たちに後退を告げる。
すると、きっちりと指示が届いたのかリュゼたちが防壁に沿って後退していく。
しかし、それを見逃す敵ではない。後退し始めたリュゼやリオネたちを追いかけるように敵軍が破った防壁門から追いかける。
「拡大」
防壁より内側に十人程度入ったところで、俺は事前に設置しておいたアースシールドを拡大。
「うおおっ、なんだこれ!?」
「地面から壁が生えてきやがった!」
破れた防壁門の穴を塞ぐような巨大なアースシールドが出来上がる。
「こんなものさっさと壊せ!」
「なんだこれ? クソ硬いぞ!? ハンマーが弾かれた!」
硬度を拡大、分厚さを拡大といった二段階強化を加えている。
これで魔法やスキルで攻撃をしようともすぐに突破できないだろう。
「なあ、俺らヤバくねえか?」
そして、新しく作り上げたアースシールドの内側には十名ほどの敵が孤立していた。
アースシールドをすぐに拡大せずに待っていたのは、敵の戦力を削るためだ。
リオネたちが領地の防壁門に提案してくれた二重門の構造を応用してみた。
こうして内側に入ってきた敵は後退することもできず、少ない戦力で応戦する他ない。
「そこの孤立している戦力に斉射」
指示を出すと、後退していたリュゼたちが反転して、一斉に攻撃を仕掛けた。
矢や魔法の嵐に孤立していた十名は抵抗虚しく、地面に崩れ落ちた。




