疑似戦争の始まり
『転生貴族の万能開拓』がヤンマガWEBにて4月30日からコミカライズスタートです。
WEBや書籍版とはノクトたちの性格や設定が少し違います。が楽しめることは間違いないです。
最初から執事のジョーゼフがいてくれたりします。
よろしくお願いします。
準備期間が終わり、疑似戦争の開始日となる五日目の正午。
「ふう、さすがにこれだけの陣を作り上げたんだ。そう簡単に落ちることはないかな」
「簡単といいますか、これだけ強固だと騎士団に攻められても守り抜ける自信がありますよ」
要塞の遥か頂上で呟くと、隣にいるグレッグが呆れた声を漏らした。
「そうかな?」
「もうこれは簡易的な陣というより防衛拠点になってますよ。防壁で囲まれていますし、中央ではどデカい要塞が建っています。兵糧攻めをしようにもノクト様のスキルで飢える心配もない。最強ですよ」
「おお、そっか。最悪、ずっと引きこもって兵糧勝負をすれば勝てるね」
グレッグの言葉を聞いて、俺は今さらながらにその事実に気付いた。
要塞では万が一に備えてたくさんの食料を用意している。それらを片っ端から拡大していける以上、こちらの食料はとても豊かだ。間違いなく相手が飢える方が先だろう。
それにこちらでは怪我人の治療を速やかに行うためにメアもいる。
彼女がいれば、食べた野菜なんか植えて、すぐに育てて収穫することも可能だ。
グレッグの言う通り、本当に防衛拠点と化している。
「……できればそれは最終手段にしたいですね」
興奮してそのように言うとグレッグが苦笑いする。
「ここまで皆で一丸となってるしね。最後の手段ということで」
「それがあるだけでも心強いです」
自分たちの使える作戦は少しでも多い方がいい。
そうすれば、無理をすることなく立ち回ることができる。できる戦略が多ければ多いほど柔軟に動けるからね。
「にしても、百名しかいないのによく頑張ってあれだけの陣を作り上げたね」
前方にはハードレット家の陣がある。
たくさんの石材が積み上がってできたそれはまるで石の砦だ。
さすがに防壁までは石材で積み上げることはできず、木材なのであるが四日にしては十分といえるほど立派な陣が出来上がっている。
「まあ、うちの陣に比べればちんけですけどね。戦力も随分と疲弊しているみたいですけどね」
「随分と魔法使いたちを酷使していたようだしね。何人か減ってるよ」
陣の中だけでなく外にも戦力が展開されているのだが、明らかに初日よりも人数が減っている。
それに動き回る一人一人もどこか気だるそうだ。
無理に魔力や体力を消費させて陣を作らせられたからだろう。
こちらが悠々と休憩時間を挟んでいる間も、あちらはずっと作業をしていたからな。
当初の目論見通り、ノルヴィスは無理をして戦力を疲弊させてくれたようだ。
ひとまずはそのプライドに感謝だ。お陰でこちらの勝利の確率が上がった。
「さて、そろそろ開戦の時間ですかね」
「ああ、そろそろレベッカが開始の合図を出すはずだ。グレッグは皆の指揮を頼む」
「わかりやした。それじゃあ、ベルデナの嬢ちゃんを呼んできます」
俺がそのように頼むとグレッグは頂上から梯子を伝って降りていく。
既に主な戦力は配置についている。皆準備は万端だ。
開戦前であるが俺は頂上に残る。最初にここでやるべきことがあるし、敵の動きをしっかりと把握したいからだ。
味方との距離が離れてはいるが、声を拡大すればここからでも俺の声が聞こえるのは確認済みだからな。
こうやって試してみると【拡大&縮小】スキルがいかに万能かわかるな。
グレッグが降りて程なくするとベルデナが梯子を登ってやってきた。
「もう始まるんだね?」
「ああ、もうすぐだよ。開幕の一撃は任せるよ?」
「うん、任せて!」
オークキングの戦いと同じく、今回も開幕の一撃はベルデナに任せるつもりだ。
ベルデナが元気よく頷くとちょうど太陽が中天へと差し掛かる。
視力を拡大して視線を巡らせると、ちょうど安全圏の小屋からレベッカが立ち上がっていた。
それから指を天に掲げ、小さな火球を空に打ち上げて爆発させた。
これが疑似戦争の開始の合図だ。
「「おおおおおおおおおおおおっ!!」」
それと同時に陣の外に展開していた相手の戦力が突撃してくる。
グレッグはこちらの陣が強固過ぎて、敵が攻めてこないかもしれないと言っていたが、そうはならなかったな。
見掛け倒しの陣だと思われているのだろうか。そうだとしたら心外だ。
こっちはこの日のために強固な要塞を築いたというのに。
「わー、いっぱいやってきたね」
距離にして一キロ程度は離れており、人数は百人にも満たない数。それでも敵が雄叫びを上げて突撃してくる図というのは中々に迫力があるな。
そんな敵を前にしてまったく動じないベルデナを頼もしく思いながら、俺は頂上に用意していたストーンジャベリンをベルデナに手渡す。
「とりあえず、あれは無視して俺たちはここから攻撃しようか」
「うん! ノクト、槍の拡大をお願い!」
「わかった」
ベルデナの手にした槍を俺はスキルで拡大。
すると、ストーンジャベリンが三周りほど大きくなる。長さもついて重さもそれなりに加わって投げやすくなったことだろう。
「うーん、この姿だとちょっと届かなさそうだし念のために筋力の拡大もお願いできる?」
「わかった」
いくらベルデナでも人間サイズのままでは一キロ先の陣にまでストーンジャベリンを投げるのは無理があるのだろう。
小さな身体では大きなストーンジャベリンを振る空間が少ないし、ここでは助走をつけられる距離も短いからな。
ベルデナの注文通りに、俺は彼女の腕力を少しだけ拡大。
あんまりやり過ぎると身体に響くので少しだけだ。
「おお! これなら余裕でいけるよ!」
「それじゃあお願い」
「いっくよー! えいっ!」
俺が頼むと、ベルデナはストーンジャベリンを槍投げの要領で投擲した。
「拡大」
猛スピードで発射されたストーンジャベリンに拡大スキルをかける。
空中で質量がさらに増大したストーンジャベリンは真っすぐと相手の陣に突き進む。
「よし、この軌道と勢いなら防壁にダメージがいくんじゃないかな?」
あくまでこの攻撃はワンチャンだ。自陣から防壁にダメージを与えられれば御の字。
そう思って眺めていると、投げられたストーンジャベリンは木材で組み上げた防壁を破壊。
しかし、それだけで勢いは止まらず、石造りでできていた防壁の左側までも粉砕した。
「あっ、相手の陣まで壊れた」
「うえっ」
想像以上の結果にベルデナと俺は間抜けな声を漏らしてしまう。
まさか防壁だけでなく陣にまで届いてしまうとは。
「なにかが飛んできて防壁が壊れた!」
「それだけじゃねえ、陣が半分吹き飛んだぞ!?」
「おいおい、領主様は生きてんのか!?」
聴覚を拡大して敵の情報を探ってみると、そのような悲鳴が聞こえてくる。
「うおおおおおおおおおっ! ノクト様がやってくれたぞー!」
「防壁にダメージを与えるだけとか言っておきながら、相手の陣まで半壊させるなんておったまげたぜ!」
一方、我がビッグスモール軍の士気は最高潮だった。
下の方からはグレッグをはじめとする領民たちの歓喜の雄叫びが聞こえてくる。
相手の組み上げた陣を開幕の一撃で半壊へと追い込んだのだ。この盛り上がりも当然だろう。
「まさかあそこまでの破壊力が出るなんて」
ベルデナの筋力まで拡大したのはやり過ぎだっただろうか?
「今の一撃であのおじさん死んじゃったかな?」
ベルデナの気まずそうな一言で俺の背筋がヒヤリとする。
マズい。もしかして今の一撃でノルヴィスが死んでしまったんじゃないだろうか。
疑似戦争で死亡事故は起こり得るものであるが、開幕からの一撃で殺害してしまっては殺意を抱いた攻撃と捉えられかねない。
「ちょっと確かめてみるよ」
俺は慌てて視力を拡大で強化して、敵陣にいるだろうノルヴィスの姿を探す。
視線を巡らせると入り口から大慌てで出てきて、半壊した陣を見上げてあんぐりとするノルヴィスの姿が見えた。
「よかった。生きてるみたいだ」
衝撃で何かしらの被害にあったのか服が若干ボロボロだし、かすり傷もあるがピンピンとしているようだ。




