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レベッカ=アンセルムは見定めたい


 私はレベッカ=アンセルム。


 ハードレット家とビッグスモール家が鉱山にある採掘権を賭けて疑似戦争を行うために見届け人としてやってきた。


 本来であれば、このような業務を徴税官が請け負うことはないのであるが、私の個人的な思惑があって志願した。


 そして、本日それぞれの領地の中間地点にある平原で疑似戦争が開始されることになる。


 とはいっても、疑似戦争はすぐに始まるものではない。


 開戦して四日間は所定の位置に互いの陣を作る決まりだ。


 そのために陣が完成して、本番がはじまる五日目までは割と暇なのであるが、今回は見逃せない。


 ノクト=ビッグスモール。


 先代の領主と時期当主を失くし領民に逃げられたにも関わらず、巨大な防壁を作り上げ、立派な街並みを作り上げた新しい領主。


 彼と前回会ったのは二か月前であるが、その短期間中にも関わらず領地は目覚ましい発展を遂げている。


 事実だけを述べれば若くして並々ならぬ手腕を持った若手の領主。という評価であるが、あまりに発展し過ぎている。


 ビッグスモール領の発展具合は明らかに小領地の勢いではない。このような少人数で王都に匹敵するような防壁を作り出したり、領民全ての食料を賄い、輸出するなどと不可能だ。


 そんな数々の不可能を可能にしてしまうのは間違いなくスキル。


 恐らく領主であるノクト=ビッグスモールが強大なスキルを所持しているのだろう。


 しかし、生憎と領地を見ても彼のスキルがどのようなものかはわからない。


 一体、どのようなスキルを使えばあのような防壁を作れるというのだろうか? もしかして、彼は防壁を作ることに特化したスキル? いや、それでは領内の豊かな食料事情についての疑問が解消されない。


 考えれば考えるほどにわからなくなる思いだが、もう関係ない。


 この疑似戦争を見れば必ず何かしらのことがわかるだろう。


 私から見て右側にビッグスモール軍。左側にハードレット軍が立ち並ぶ。


 ハードレット家はハンデとして戦力を百に制限している。が、領内の私兵だけでなく、傭兵や冒険者といったものを雇って戦力のアップを図っているようだ。


 中には王都でも見たことのあるAランクの冒険者パーティーもいる。


 ハンデをつけているとはいえ、小領地を相手に大人気ないものだ。


 しかし、諍いの下になっているマナタイトの採掘権がかかっているとなれば納得か。


 マナタイトが産出できれば、それほどの利潤が手に入る。ハードレット家が本気になるのも無理はない。


 一方、ビッグスモール軍の戦力は半分の五十程度だ。こちらは人数制限を受けていないはずだが、どうしてもっと人数を揃えなかったのか?


 ハードレット家の軍勢は相手の戦力の少なさを見て嘲笑しているようだ。


 それもそうだ。自分たちの戦力よりも半分しかないのだ。この時点で勝利を確信してしまうのも無理はない。


 両軍ともに準備が整うとそれぞれの領の代表者が中央に位置する私ところにやってくる。


「ノクト殿、あれで戦力は揃っているのかね? 見たところ我々の戦力の半分しかいないようだが?」


「問題ありませんよ、あれがうちの全ての戦力です」


「戦力差が二倍とあっては一方的な勝負になるではないか。今からでも遅くはない。領民を徴兵したらどうだ?」


 領地の戦力差がもっとも大きく表れる勝負を提案しておきながら、何を言っているのだろうか? 


 正直、ハードレット家の領主の言動には不愉快 の念を抱かざるを得ないが、今の私は第三者である見届け人なので沈黙に徹する。


 戦いにおいて素人を混ぜることは返って戦力の低下になることも知っている。だが、今回は疑似戦争だ。


 人数の差が物を言いやすいこの戦いでは領民を徴兵してでも集めるべきだと私も思う。


「戦うことのできない領民を徴兵だなんてできませんよ。こちらの戦力は現状の五十名で結構です」


「見届け人の目の前で随分と強がりを。言い訳はもう効かぬぞ?」


「ええ、構いません」


 こんなにも戦力差があるのに勝てるのだろうか?


 明らかに戦力差に不安になる私であるが、本人であるノクトはまったく動じていなかった。相手が自分たちよりも倍近い戦力を揃え、莫大な資金で質を上げているというのにこの落ち着きよう。何かしらの秘策があるのだろうか? 


 しかし、いくら考えようとも何かがわかることではない。この先始まる疑似戦争を見ればわかるだろう。


「これよりハードレット家とビッグスモール家によるメトロの鉱山の採掘権を賭けた、疑似戦争を行う。見届け人は王国徴税官であるレベッカ=アンセルムが務める。勝負中の一切の不正は認めない。また勝負後の不平不満、訴訟も一切認めないものとするがよろしいか?」


「構わない」


「構いません」


 他にも細々としたルールはあるが、どちらもそれを把握しているだろう。


「それではこれより疑似戦争を始まる。陣を建てる期間は四日とし、五日後に勝負を開始とする」


 両者の承諾が私は疑似戦争の準備期間の開幕を宣言。


 すると、両軍の代表者は一礼をしてくるりと背中を向けて去っていった。




 ◆




 両軍の代表者が陣営に戻ると、それぞれの戦力が動き出した。


 私は両軍のぶつかり合わない安全地帯まで移動すると座椅子を設置してそこに座る。


 そして、用意していた遠眼鏡で両軍の様子を窺うことにした。


 最初に大きく動き出したのはハードレット軍だ。大人数の男たちがいくつもの材木を組み合わせて柵を作っている。


 中央の方では魔法で切り出した石をドンドンと積み上げている様子だ。


 百名もの戦力がいる上に、魔法使いまで取り揃えているので取り掛かりが早い。


 疑似戦争に慣れている者がおり、入念に作戦を練って準備してきたのか動き出しは非常にスムーズだ。


 疑似戦争では強力な戦力を揃えることも勿論であるが、強固な陣地を築きあげることの方が重要だ。


 それだけ戦力と質を上げようとも、強固な陣を作り上げればそれを跳ね返すことだってできる。


 なので、疑似戦争の決着はこの準備期間で決まると言われている。やはり、戦力が多いだけあって、陣を築きあげるのもハードレット軍が有利か……。


 などとハードレット軍を冷静に分析していると、突如ビッグスモール軍の方で大きな地響きが鳴った。


 何事かと思ってそちらに遠眼鏡をやると、ビッグスモール軍の陣に巨大な堀が出来上がっていた。


「はあっ!?」


 たった数分間目を離していた隙に何が起こったというのだろうか。


 堀の辺りを見ると魔法使いらしき男女が三人いた。土魔法を使用して地面を沈めたのだろうと推測できるが、出来上がった堀の範囲と深さが絶大的過ぎる。


 とてもではないが三人の魔法使いで引きこせるような事象ではない。


 もし起こせるような魔法使いがいれば、その者は大魔法使いとして知られているはずだし、このような辺境にいるはずがなかった。


 これには反対側にいるハードレット軍も唖然としている様子。


 突然の出来事に驚く私でもあったが、ビッグスモール軍の動きはそれだけで止まらない。


 ドワーフたちが陣の中央に石造りの塔のようなものを設置した。


「なんだあれ? いきなり竈でも設置するのか?」


 領主であるノクトが近寄ってくると、ドワーフや控えていた領民が過剰に離れ出した。


 まるで危険物か何かのような反応だ。もしかして、あの道具が疑似戦争の行く末を握るような道具であるというのか?


 しかし、疑似戦争はあくまで殺傷的な兵器の使用を禁じている。そのような危険物であれば見届け人として見過ごすわけにはいかない。


 遠眼鏡を使って凝視していると、ノクトは竈から離れて手をかざした。


 すると、設置された竈がみるみるうちに巨大な竈に……いや、巨大な塔となった。


「ええええっ!?」


 これには私も思わず叫び声を上げてしまう。


 覗いている遠眼鏡が壊れてしまったのかと思って目を離すと、肉眼でもバッチリ目視できるような大きな塔がそびえ立っていた。


 全長三十メートルはあるだろうか。最初に設置した竈のような細長い置き物が見事に堅牢な塔へと化けた。


 最初から様子を窺っていた私でも意味がわからない。


 塔が出来上がると領民が急いでその中に入っていく。


 恐らく、あれがビッグスモール家の陣となるのだろう。


 口を開けて唖然としていると今度は塔を囲むかのような勢いで防壁が立ち並んでいく。


 まるで地面から巨大な壁が隆起していくかのような光景だ。目の前で起きている光景が現実だと思えない。


「……ノクト殿はここに要塞でも作るつもりなのか?」


 思わず独り言と乾いた笑みが漏れる。


 ただ、これをやったのは誰の力かというのはわかる。


 領主であるノクトだ。


 彼が近づくと巨大な建造物が出来上がった。


 きっとノクトが何かしらのスキルを使用しているに違いない。


「しかし、何のスキルなのだ?」


 そう当たりはつけたものの肝心のスキルがまったくわからない。


 深い堀を作り上げ、巨大な塔と防壁を築き上げる。


 こうやって起きた事実を整理してもまるで共通点が浮かばなかった。


 もしかして、ノクトは複数のスキルを所持している? しかし、それでもあの現象をスキルで説明することができない。共通点がなさすぎる。


「レベッカ殿! あれは何なのだ!? 突如として深い堀ができ、巨大な塔や防壁が出来上がるなんておかしいだろう!? 不正ではないのか!?」


 私が首を捻っているとハードレット家の領主であるノルヴィスが慌てた様子で駆け寄ってきた。


 それもそうだ。あのような堅牢な陣を建てられては百名の戦力でも頼りないといえるだろう。ノルヴィスは焦っているのだ。


「……見たところノクト殿のスキルによるものだと思います」


「それはどのような?」


「それは私が知りたいくらいですし、仮に知っていたとしても教えられるわけがありませんよ」


 第三者である見届け人に何を期待しているのか。


 公正な勝負を行わせるために存在しているのに、どちらかに情報を流すなどの肩入れをするはずがない。


 私が思わず呆れの表情を見せると、ノルヴィスは悔しそうに顔をゆがめた。


「くそ、あのような弱小領地に負けてたまるものか! こちらももっと堅牢な陣を作り上げてやる!」


 ノルヴィスはそのように捨て台詞を吐くと、大股で歩いて自らの陣地に戻っていた。


 ……あの要塞ともいえるような陣に張り合うのは、いくらハードレット軍でも厳しいような気がするが……。


「おう、お前さんが王国からやってきた役人じゃな?」


 ノルヴィスの背中を見送って同情していると、ひょっこりと二人のドワーフが近づいてきた。


「ええ、そうですが」


「領主様に頼まれてな。お前さんのために簡単な屋根を作ってやる」


「……別に私はそのようなことは頼んでいないのですが……」


 ドワーフが急に言ってくるが私は勿論、そのようなことを頼んだ覚えはない。


「これから最低五日は見張っとらなきゃならんのじゃろ? ずっと野ざらしでは日差しや風も防げん。黙って受け入れとけ」


「特に指定がないならこの辺に作るぞ?」


 きっぱりと告げたがドワーフたちはお構いなし、木材を組んで釘を打ち立てて小さな屋根を作っていく。


 その手際はさすが物作りのドワーフと言われるだけのある腕前だった。


「このような時に私に構うような暇があるのですか?」


 これほどの技術者だ。陣地に入ればやることは山のようにあるだろう。疑似戦争に関係のない私のことまで気にかける必要はない。


「うちの領主様はそういう奴なんじゃよ」


「自分が一番きつい時に他人の心配ばかりするからのぉ。困ったもんじゃ」


 私がそのように言うと、ドワーフたちは文句を言いながらもとてもいい笑顔を浮かべる。


 ビッグスモール領では領主と領民の関係が非常にいいようだ。


 このように領主と領民が近しい関係というのは珍しい。多くの領主は内政を部下に任せて、領民との交流などは一切持たないからな。


 それゆえに、領民の実際の生活すら知らず、めちゃくちゃな政策を上から下に投げることも多いのだが、ノクトはそのような領主とは違うようだ。


 とはいえ、まだ準備期間は始まったばかり。まだまだ見極めて判断するには早い。


 これからゆっくりとビッグスモール軍の動向を見守らせてもらおう。


「おい、できたぞ」


「こんなもんでいいかの?」


「あ、はい。ありがとうございます」


「んじゃ、ワシたちは戻るからの」


 屋根の出来上がりの早さと完成度に驚きつつ返事をすると、ドワーフの二人は去っていった。










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[一言] 雇った傭兵や冒険者以外は弱卒なんやろうなあ モンスターの襲来に兵を出さんと引き篭もってる以上 練度の差がものっそい事になってそう
[気になる点] 誰がスキルを発動したのかを相手側に言うのは、公平差にかけるのではないだろうか?
[良い点] ハードレット家の領主であるノルヴィスが小物っぽい所★ 勝ったなwww
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