グレッグの後輩
開戦日まで残り二日。
今日もリオネたちの武器や設備作りを手伝った俺は、休憩時間に自警団の訓練を見に演習場にやってきた。
そこにはいつもの自警団だけでなく、疑似戦争に参加するメンバーが追加で混ざっている。
メアやリオネ、ギレムといった準備に忙しい一部の者は参加していないが、それ以外の面子は全員参加している。
ベルデナも訓練に混ざって一対一の戦闘を行っているようだ。
「どりゃあ!」
「おわあっ! 木剣が折れたぁ!」
しかし、ただの団員では圧倒的な膂力とスピードを誇るベルデナを相手に一撃でやられているようだ。
木剣と拳がぶつかったのに、拳が圧倒的っていうのもすごいものだな。
その近くではグラブが一般的な木盾と木剣を装備して打ち合っている。
こちらはベルデナと違って圧倒的な動きはしていない。
ただ無駄のない立ち回りをして綺麗に相手をあしらっている。
まるで人間での戦闘スタイルを楽しんでいるかのような軽やかさだ。
「……少しの挙動を見ただけで俺よりも強いってわかるな」
「まったくですよ。実力を信用してないわけじゃないんですが、グラブが加わるだなんて本当に大丈夫なんですか?」
グラブの動きを観察していると、グレッグがこちらに寄って尋ねてくる。
彼はグラブの正体がレッドドラゴンだと知っているからな。こうして訓練に混ざっている様子を見て、ヒヤヒヤしているのだろう。
「大丈夫だよ。人間としての範疇でしか戦わないって約束してくれているから」
「それを聞いて安心しましたよ。てっきり、俺はいざとなったら本当の姿で暴れるのかと」
「それをしたら圧勝な気がするけど、その前に疑似戦争が中止になってドラゴン退治になっちゃいそうだね」
「本当にあり得るので笑えないですよ」
やや引き攣った顔で苦笑いするグレッグ。
確かにシャレにならない冗談だったな。これ以上はグレッグの胃に大きな負担がかかりそうなので言わないことにする。
「おっ、いたいた! グレッグさーん!」
二人して皆の訓練風景を眺めていると、突如後ろの方からグレッグを呼ぶ声が。
振り返ってみると、そこには見慣れない三人組の男女がこちらにやってきていた。
声を発したのは爽やかな金髪に青い瞳をした爽やかな男性だ。
上質な金属鎧を纏っており、腰には剣を佩いている。
その後ろには重厚な全身鎧を身に纏った大きな男性と、小柄な魔法使いのローブを纏った女性がいる。
随分と親しげにグレッグに声をかけているが、まったく見覚えのない若者たちだった。
「ライアン、ロックス、レジーナ!」
グレッグは振り返るなり、驚いた様子で声を漏らす。
どうやら彼らとは知り合いのようだ。
「お久しぶりです、グレッグさん」
「お元気でしたかぁ~?」
「おお、久しぶりだな! お前らこそ元気だったか?」
彼らと言葉を交わすなり嬉しそうな顔をするグレッグ。
「グレッグ、彼らは知り合いかい?」
「はい、昔ちょこっとだけ面倒を見ていた後輩です。とはいっても、今やこいつらはAランクの冒険者。俺よりもランクは上なんですけどね」
「そんなことありませんよ! 俺たちがここまでこられたのはグレッグさんの指導があったからです!」
「そうですよぉ~。そんな風に自分を卑下なさらないでください~」
どこか気まずそうに言うグレッグであるが、剣士と魔法使いの女性がそんなことはないとばかりに言う。
どうやらグレッグは冒険者時代でも面倒見のいい性格だったようだ。
たとえ、後輩にランクを抜かされていても、こうまで慕われるなんてよっぽど良好な関係だったのだろうな。
「それよりも紹介でしたね。剣士のライアン、重戦士のロックス、魔法使いのレジーナです」
微笑ましくグレッグを眺めていると、ハッと我に返ったのか慌てて紹介を続けてくれる。
「どうもはじめまして」
「俺はここの領主をやっているノクト=ビッグスモールです。よろしく」
「……ノクト=ビッグモール?」
ライアンが手を差し伸べてきたので、こちらも名乗って手を差し出す。
しかし、俺の名前を聞いた瞬間、爽やかな笑顔を浮かべていたライアンの様子が変わった。
後ろにいるロックスとレジーナの表情も硬くなっている。
「どうかしたのかい?」
「つまり、あなたが今回の疑似戦争の王ってことですね?」
「……おい、ライアン。それはどういうことだ?」
ライアンの雲行きの怪しい台詞にグレッグが眉をひそめながら尋ねる。
「今回、俺たちはハードレット家に雇われて疑似戦争に参加することになったんです」
「なんだって?」
ライアンの口から出てきたまさかの台詞にグレッグだけでなく、俺も驚く。
「グレッグさんがいると知っていたら請けなかったのですが……」
「気付いた時には、もう契約を交わしてしまっていましてぇ~」
申し訳なさそうな顔でロックスとレジーナが言う。
「……すみません」
ライアンが頭を下げると、ロックスとレジーナも揃って頭を下げる。
グレッグの後輩ということで、もしかしたら疑似戦争で味方になってくれるかもしれない。
彼らの紹介を受けた時に、そのような淡い期待を抱いたものだ。
実際グレッグもそういう期待はあっただろう。
しかし、現実はそれとは正反対でまさかの適陣営だった。
ライアンたちはハードレット家にお金で雇われた戦力。
頼もしい援軍と思いきや、強大な敵だったのだ。
果たして後輩からの衝撃の事実を前にしてグレッグはどのような反応をするのか。
ライアンたちの謝罪を受けてグレッグは腕を組んで神妙な顔つきだ。
「……そうか。それならしょうがねえな。ひとまず疑似戦争では敵同士ってことでよろしく頼むぜ」
「グレッグさん……っ!」
グレッグの強調した『ひとまず』って台詞で意図に気付いたのかライアンたちが顔を上げて嬉しそうにする。
この慕いようだ。本当に気付いていなかったんだろうな。
お世話になった先輩に向けて剣を向けるような事態になって、ライアンたちも心苦しいに違いない。
だからこそ、そのことを知って開戦前に挨拶を入れにきたのだろう。
仕事だと割り切って謝らない選択肢もあったにも関わらず、彼らのその誠意には俺も好感を抱いてしまうほどだ。
「まあ、お前らがいようとも負ける気はさらさらねえしな! 戦いが終わったらうちの領地の酒場で愚痴を聞いてやるぜ」
「言ってくれるじゃないですか。俺たちも雇われている以上、手加減なんてできませんからね?」
「おお! そんなのいらねえよ! 本気でかかってこい!」
ライアンたちを相手に強気な台詞を投げかけ、しばらく話し込むと彼らは去っていった。
ハードレット家とビッグスモール家は現状対立状態なので。
敵陣営のものが長居するのはよくないからな。
ライアンたちを見送ると、グレッグは余裕のある笑みを崩して深いため息を吐いた。
「はぁーっ、まさかライアンたちを雇うなんてよぉー」
「おいおい、さっきの頼もしい台詞はどこにいったんだい?」
後輩たちの前に強気に言った部分もあるとは思っていたが、あまりの変わりように思わず突っ込んでしまった。
「あいつら才能もある上にいいスキルも持っていて厄介なんですよね。三人でワイバーンだって倒したことがあるし」
「大丈夫。うちにはそれより上のレッドドラゴンがいるから」
「……そういえばそうですね。それなら全然怖くないです」
ただの励ましの言葉であったのだが、それが意外と聞いたようでグレッグはすぐに立ち直った。それからニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
「ノクト様、あいつらにグラブをぶつけましょうよ」
「大事な後輩なのに酷い提案をするね」
「お世話になった先輩を敵に回すような奴等です、多少はお灸を据えてやらないといけません」
さっきは何でもない風に流していたが、やっぱりちょっと根に持っているんだな。
悪い表情で彼らの性格やスキル情報を教えてくるグレッグで俺は察した。
こうやって領内で準備を進めること二日後。
ハードレット家とビッグスモール家による疑似戦争が開始されることになった。




