拡大魔力の危険性
疑似戦争のための陣の設計図が完成すると、ローグとギレムは速やかに動き出した。
俺たちにとってはこの準備期間こそが重要なのだ。無駄にできる時間は一分とない 。
陣に必要な防衛設備に、新しく戦力に加わってくれた領民の防具、戦いで使うための投擲武器など。鍛冶師である二人が作るべきものはたくさんある。
「アースジャベリン……アースジャベリン……アースジャベリン……」
一部の仕掛けや投擲武器などはリオネ、ジュノ、セトの三人が土魔法で代用しているが、こちらもまた忙しい。
屋敷の中庭では疑似戦争に必要な小さな投擲槍がたくさん積み上がっている。
俺も土魔法で同じように作りつつ、三人が作り上げたものを拡大するのが主な仕事だ。
疑似戦争では俺たちは堅牢な陣を作り上げて敵を撃退するのが主なスタイルだ。陣から攻撃できるための手数は多いに越したことはないからな。
リオネたちが作り上げた投擲槍を俺はスキルで拡大していく。
本当は陣地を作ってその場で拡大した方が荷物にならなくて済むが、その日に使えるスキルにも限りがあるからな。
こうして一部のものは拡大して運び込むことにした。陣地を早急に作れる以上、俺たちの準備期間は非常にゆとりのあるものになる。
こういった大きいものを運んでも大きな消耗にはならないだろう。
「アースジャベリン……アースジャベリン……うう、魔力が足りない」
「俺もだ。身体が怠いし気持ち悪くて仕方がねえ。もう小指ほどのジャベリンも作れねえよ」
「……うっぷ、僕は吐きそう」
「はい、魔力ポーション」
魔法で投擲槍を作っていたリオネたちが呻き声を上げたので、俺は魔力ポーションを差し出す。
これはラエルが疑似戦争のために仕入れてきてくれた魔力回復アイテムだ。
これを飲めば魔力がすぐに回復とはいかないが、魔力の自然回復力を高めてくれる。
マナタイトの採掘権がかかってるとあってか、今回はラエル商会のバックアップも万全だ。
疑似戦争に必要な道具の格安で売ってくれているので非常に助かる。
感動して礼を告げたら「マナタイトを手に入れるための投資です」と言われてしまい感謝の気持ちを返せとなったが。
「……領主様、これ飲みたくないです」
「今、飲んだら絶対に吐く」
しかし、魔力ポーションを前にしてもリオネとジュノは手をとらない。
セトに至っては顔を真っ青にしており、吐くか吐かないかの瀬戸際でそれどころではないようだ。
「だよね」
二人の気持ちは非常にわかる。この魔力ポーション、効果は絶大であるがいかんせん味がよろしくない。
前世の味でたとえるとスポーツドリンクに青汁を混ぜたような感じだろうか? しかも、青汁っぽい味も非常に苦みが強いので飲みづらい。
「今はちょっと無理です。このまま放っておいてください」
「俺も……」
ぐったりと芝の上で寝転がる二人。
飲めば魔力が回復して楽になるだろうが、強い酩酊感や吐き気を起こしている今に飲めと言われれば嫌だろうな。もうこれを飲ませてやらせるのは三回目だし。
「わかった。少し休んでいていいよ」
「「……はい」」
そのように提案すると二人から力ない返事が出た。
時間がないとはいえ、少し休憩させるべきだろう。ここで酷使させて疑似戦争で使い物にならなくなっては困るからね。
三人が死屍累々とする中、俺は黙々と土魔法で投擲槍を作り上げていく。
何十もの投擲槍を作り上げていると、次第に魔力が少なくなり酩酊感が強くなってきた。
魔力の減りを感じたので魔力ポーションをぐいっとあおる。
すると、口の中で酸味と苦味を煮詰めたような濃厚な味が広がる。
「……マズい」
魔力切れの前にポーションの不味さで失神してしまいそうだ。
これを三回も繰り返しつつやっていたら、リオネたちもしんどくもなるよね。
にしても、この魔力ポーションがもっと美味しくなればいいんだけどなぁ。
しかし、俺には錬金術スキルもそれに関する知識もロクにない。ポーションの味を良くするために改良するなんてとてもできない。
せめて、味が悪くても魔力がすぐに回復してしまえばもっと楽になるかもしれないな。
そう考えた俺は閃く。
「別にそのままポーションを飲まなくても魔力そのものを拡大すればいいんじゃないか? あるいはポーションの魔力回復効果を拡大してみるとか」
畑を耕す時に筋力を上げて、力の底上げをしたように体内にある魔力を拡大してしまえばいいのではないか?
あるいはゲームでたとえるなら魔力が三十しか回復しないポーションの効果を高めて、魔力が百回復するようにすれば……。
「もしかして、この方法なら無限近く魔力が使える?」
どれだけ魔力が少なくなっても体内に魔力さえあれば、拡大して増やすことができる。
これは画期的なスキルの使い方だ!
興奮した俺は早速とばかりに体内に渦巻く魔力に集中。
「魔力を……拡大」
そこにある魔力をしっかりと感じながらスキルを発動。
すると、体内に心臓がドクンと脈動。少ない魔力が拡大されて全身へと行き渡る。
「すごい! 魔力が湧いてきた!」
思わずそのような台詞を吐いてしまうくらい、俺の中で魔力が増大されていた。
「ああ……でも、やっぱり急激に魔力が増えると気持ち悪いな」
喜んでいたのも束の間、以前オークキングと戦った時と同じような酷い吐きけに襲われた。
「……うん? 領主様の魔力が増えて……?」
魔力の増加に気付いたのか、寝転がっていたリオネが怪訝な顔を向けてくる。
「体内にある魔力をスキルで拡大してみたんだ! お陰で少なくなっていた魔力が増えたよ」
「「領主様はバカですか!?」」
「ええええ!? 急にどうしたの!?」
リオネだけでなく傍でぐったりとしていたジュノにまで罵倒された。
しかし、理由がわからない。
「そんなことをしたら魔力飽和が起こって倒れますよ!」
「えええ? ……そうなの?」
「人間にとって魔力とは内包できる量に限りがあるんです! もし、スキルで増大させた魔力が領主様の内包できる量を越えてしまった時は……」
「越えた時は?」
「魔力が宿主の身体を体内から突き破って……」
「ああ、やっぱり言わなくていいよ。想像ついたから」
リオネが真剣な表情で最後まで言おうとしたが、何が起こるかわかったので止めておく。
どうやら俺はかなり危険なことをしていたらしいというのはわかった。
「とにかく、そのスキルの運用は絶対にやめてください。無茶すると命に関わります」
「でも、今回大丈夫だったように限界を越えない範囲での運用はどうかな?」
俺がそのように諦めずに提案すると、リオネが渋い顔をする。
「……ダメではないですけど、急激に魔力を増やすと魔力酔いしますし、身体に強い負担がかかりますのでできるだけ避けてください」
「じゃあ、ポーションの魔力回復効果もスキルで高めて完全回復っていうのも避けた方がいい?」
「避けるべきです。急激な回復による身体の負荷をかけるためにポーションは調整されていますので」
危なかった。道理で魔力ポーションというものが少しずつしか回復しないはずだ。
これも魔力飽和のリスクを避けるために少量の回復になっていたんだな。
道理で今の俺は強い吐きけに襲われているはずだ。
さすがは魔法学園に通っていただけあってリオネやジュノにはしっかりとした知識があるな。
俺のような独学ではやはりこういった細かい知識に疎くていけない。
「領主様って大人しい顔をしている割に中々無茶しますよね」
ジュノが怖い者知らずのものを見るような目で言う。
「あははは、そうかな? とにかく二人の言ってくれた注意事項はしっかり心に刻んでおくよ」
今後、魔力とスキルを掛け合わせた運用には、リオネたちに相談してからすることにしよう。




