見届け人
疑似戦争でのビッグスモール領の戦力は五十名となった。
他にも参加を希望する領民はいたのであるが、その者たちはあまりに戦闘経験がなかったので辞退してもらった。
無理矢理領民に声をかけて頼み込めば、こちらも相手と同数の百名を揃えることは不可能ではない。
しかし、疑似戦争は連携が重要視される戦いだ。そこに戦闘の素人を混ぜたところで上手く機能するとは思えないので少数精鋭でいくことにした。
相手との戦力差は二倍あるが、こちらには俺の【拡大&縮小】スキルがある。
疑似戦争では皆と協力することでスキルが無類の強さを発揮するだろう。
それは何十倍もの戦力差を誇っていたオークキングとの戦いで勝利を収めることで証明されている。
それに比べれば今回の戦いは優しい方だ。俺たちは自信を持って挑めばいい。
ただ、注意するべきは、今回は相手が魔物ではなく人間だということだ。
知能が高い分、魔物と違ってすぐに臨機応変に動いてくるだろう。それにこちらがどれだけ対処できるか。
それと圧倒的な人数差がある故に、こちらからいきなり攻め込むことは難しいだろう。
相手より堅牢な陣を作り上げて攻めさせ、疲弊したところを攻め込むべきだ。
その道筋をたどるために重要になるのが堅牢な陣だ。
ここ最近では屋敷で毎日のように陣の会議を行っている。
魔法軍に所属していたリオネやジュノ、セトから攻城戦における定石を教えてもらったり、鍛冶師であるローグやギレムに改良するべきところ、より堅牢にできる仕掛けのアイディアを貰ったり。
「だったら、ここを土魔法で沈めて堀を作るのはどうじゃ?」
ローグが陣地の設計図に指をさして提案する。
「そんなに広範囲の魔法を使ったら魔力切れになっちゃうわよ」
「領主様のスキルでパワーアップすれば何とかなるんじゃないのか?」
「それについてはやったことがないから何とも言えないわね……」
確かにローグの想像している広範囲のものとなるとわからない。それほど大規模に拡大スキルを使ったことがないからな。
「領主様のスキルにも限りがあるし、本当に必要なところ以外は使わない方がいいんじゃないかな?」
「そうだね。いざという時のために余裕は残しておきたいから本当に必要なところだけで使いたいね」
魔法使いが大量にいれば、すべてを魔法で賄うことも可能であるが現実的にはそうはいかないからな。
陣地を作るので疲弊しきっていては意味がない。しっかりとスキル、技術、魔法、それぞれの使い道を考えて最大限に生かさないと。
皆で陣の設計図を見ながら考えていると、不意に扉がノックされる。
返事をすると扉が開いてメアが入ってきた。
「ノクト様、王国から見届け人の方がご挨拶にきています」
見届け人。それは領主同士の争いが起こった際に、王家の役人の誰かが見届けることになっている。
第三者がいないと戦いに勝利にしたとしても認めなかったり、報復をしたりと泥沼化することになるからな。
それを防ぐためにも見届ける第三者を派遣してもらうのだ。
「応接室に待たせていますがどうされますか?」
メアがおずおずと提案しながら室内を見渡す。
さすがに今の執務室は色々と資料が散乱している上に、ローグやギレム、リオネたちもいる。皆に退室してもらうよりも俺が違う部屋に移動した方がいいだろう。
「俺が足を運ぶよ。皆はそのまま続けてくれ」
皆に一時席を外すことを伝えると、俺は執務室を後にしてメアと一緒に応接室に向かうことにした。
どうせ軽い挨拶程度なのだ。さっさと顔合わせを済ませてしまって会議に戻ろう。
「ノクト様、見届け人のことなのですがレベッカさんです」
「なんだって? どうして徴税官である彼女が?」
「わかりません」
徴税官レベッカ=アンセルム。
王国徴税官であり、数か月前に俺の領地に視察にきた女性だ。
徴税官であるレベッカがどうして見届け人としてやってきたのか訳がわからない。
確かに役人である以上、見届け人としての資格は有しているのだが、普通はこんな役目を徴税官が請け負ったりしないぞ。
精々、失礼にならない程度の文官を寄越して終わりだ。
「また面倒なことを言ってこなければいいけど……」
レベッカのことは少し苦手なので顔合わせをするのが憂鬱になってきた。
それでも見届け人である以上、会わないわけにもいかない。
ため息をつきたくなる気持ちを必死にこらえ、俺はレベッカの待つ応接室へやってきた。
「失礼します。ノクト=ビッグスモールです」
「どうぞ」
ノックをすると中から凛としたレベッカの声が聞こえたのでメアと共に入室。
すると、レベッカが徴税官の制服を着て立っており、こちらに軽く一礼をした。
「ご足労をいただいたようで申し訳ありません」
「いえ、こちらの都合によるものですからお気になさらないでください。どうぞ、座ってください」
「では、失礼いたします」
レベッカにソファーに座ってもらってから俺も対面に腰かけた。
メアは応接室に置いてあるワゴンで紅茶の用意をし、アイスティーを差し出してくれた。
「今回は ハードレット家とビッグスモール領が鉱山の採掘権を賭けて疑似戦争を行うということで私が見届け人としてきました」
「お忙しい中ありがとうございます。それにしても、なぜ徴税官であるレベッカさんがやってきたかお聞きしても?」
通常の見届け人にはそのようなことを尋ねないが、今回は徴税官であるレベッカが来ているので失礼に当たらないだろう。
他意などなく徴税官がやってくる理由が純粋に気になる。
「あなたの領地だからです」
「はい?」
「疑似戦争ともなれば、あなたが領地を急速に発展させた力を見ることができる。そう思ったので私が志願しました」
レベッカの口から淀みなく出てきた言葉を聞いて納得する。
彼女は俺が群を抜いているスキルを所持していると睨んでいる。
それを知りたいがためにわざわざ見届け人の役目を志願したらしい。
なんというか、そこまでするのかとちょっと呆れた気分だ。
「……そこまで気になりますか?」
「ええ、気になります。ビッグスモール領の異様な発展がもし、あなたのスキルによるものであれば王国が抱え込むいくつもの問題を解決することができますから」
やはり、そうだったか。
実際に俺のスキルがあれば、大抵のことは解決することができる。
貴重な素材の拡大、財貨の拡大、物資の拡大などなど。俺のスキルを駆使すれば打破できる問題がたくさんある。
「ちなみに私が志願しなければハードレット家に縁のある者が見届け人となる予定でした」
「公正をきすためにも見届け人は、両家とも縁のないものが向かうのがルールでは?」
勝負後のいざこざを無くすために第三者を用意するのだ。そこにどちらかに肩入れをするような者がやってきては意味がない。
「縁とはいっても援助を受けている。個人的な付き合いがあるなどなど抜け道はありますからね」
レベッカの顔色から察するに親類などではなく、賄賂的な関係のようだ。
生真面目な彼女からすれば、そのような関係はあまり好ましくないのだろう。
「つまり、私はレベッカ殿に助けられたわけですか」
「そうかもしれませんね。ただ、勘違いしないで頂きたいのですが、私はノクト殿に肩入れするようなことは絶対にいたしません」
「それは十分に理解しています」
レベッカは見届け人だ。俺たちの戦いには関係ない。
俺たちは自分の力でハードレット家に勝利する。第三者の介入なんて必要ない。
しかし、ハードレット家はそうは思わなかったようで今回のような絡め手を使ってきたようだ。
「私はあなたのスキルが王国の繁栄の力になるか。それを見定めたいのです」
レベッカ自身の思惑はあるにせよ、彼女には借りを作ったような形になってしまうな。
本来であれば、この一件でこちらを脅すなり情報を絞り取るような交渉もできるはずであるが、真面目な彼女はそのようなことはしない。
まだ会って二回目だが、少なくとも レベッカは悪い奴ではない。
今の段階では俺のスキルが【拡大&縮小】だと理解していないようだが、疑似戦争を行えば必ずスキルのことはバレるだろう。
今回の戦いで俺がスキルを使わないなどあり得ないので、スキルを隠し通すことは不可能だな。
疑似戦争が終わった後に、王都に呼ばれるくらいの覚悟はしておかないといけないな。
「わかりました。そこまで言うのであれば出し惜しみはしません。気になるというのであれば、存分に疑似戦争で確かめてください」
「ええ、そうさせて頂きます」
本当は出し惜しみする余裕なんて全くないが、見栄を張るために敢えてそのように言うと、レベッカは真面目に頷いた。




