頼もしい協力者
ハードレット家の領地から戻ってすぐに俺は領民たちに採掘権を賭けて疑似戦争を行うことを伝えた。
日程は今日から十日後。ビッグスモール領とハードレット領の中間地点にある平原で行われる。
そこから陣地を作る時間として四日が与えられる。
それまでの間に頑強な陣地を作り上げて、互いの戦力で攻防を繰り広げることになる。
勝利条件は陣地の王であるそれぞれの領主を倒すことだ。
領主同士の小競り合いに領民を巻き込むことになって申し訳ない気持ちでいっぱいであったが、自警団をはじめとする領民たちは俺を非難することなく、協力することを申し出てくれた。
ただ、戦いの経験もない者までもが戦力に加わりたいと言ってくる者が多くて少々困った。
疑似戦争での俺たちの確定した戦力は自警団三十三名。
それに加えて俺、ベルデナ、メア、リュゼ。
魔法使いのリオネ、ジュノ、セトを加えて四十名だ。
相手の戦力が百名であることを考えると、少しでも多い方がいいと思うのはわかる。
単純に戦力差は二倍以上もあるのだからな。
しかし、疑似戦争とはいえ時には死者さえ出ることのある戦いだ。そこにまともな戦闘経験を受けていない者を戦力として加えられるのは憚られた。
無理に疑似戦争に参加させて大怪我をさせてしまったら領民に申し訳がなさすぎる。
全員を断ることは非現実的であるが、きちんと戦闘適性と覚悟のある者を見極めないと。
「ノクト様、ローグさんとギレムさんが会いたいと言っています」
屋敷の執務室でどうするか悩んでいると、メアがノックをして入ってきた。
「うん? あの二人が? ……とにかく入ってもらってくれ」
二人の意図がわからないが、屋敷にやってきているのであれば聞いた方が早い。
「わかりました」
メアが頷いてしばらくすると、執務室にローグとギレムが入ってきた。
「忙しい時に突然すまんのぉ」
「気にしないでくれ。ちょうど考え事をしていて煮詰まっていたから」
「領主様の屋敷には初めてきたが、ちょいと年期が入り過ぎじゃないか? ここに来るまでに色々とガタがきている個所を見つけたぞ」
初めて俺の屋敷にやって来た割には二人とも実に自然体だ。
普段は気さくな領民でも屋敷に入ると緊張する者は多いので、この二人の変わらぬ様子は実に新鮮だった。
職人である二人からすれば、貴族の屋敷であろうとも作品の一つとして捉えてしまうのだろうな。
正直な意見過ぎて耳が痛い限りだ。ハードレット家の綺麗な屋敷を見たから尚更、うちの屋敷の質素さが目立つように思える。
「何分、うちは貧乏だからね」
「最近は宝石やら食料を売って儲かっているだろうに。もう少し自分に使ってはどうじゃ? 新しい屋敷を建てようが誰も文句は言わないぞ?」
「そうだね。例の件が片付いたら考えることにするよ」
人も増えてきた以上、領主として威厳のある屋敷に住むことは必要だ。
そのことがわかってはいるんだけど、自分に使うくらいであれば貯蓄したり、領地のことに使いたいと思ってしまうんだよな。
「……お前さん全然前向きに考えておらんじゃろ?」
そんな俺の態度が見え透いていたのかギレムが半目の視線を向けてくる。
「まあ、余裕ができたらって事で」
その問題については検討する余地はあるだろうが、今はそれどころではない。
これから疑似戦争についての準備を進めなければいけないのだ。
やっておくべきことは山のようにある。
「それで二人の用件 はなんだい?」
領民の中で特に忙しい二人だ。何の用もなく俺の屋敷に遊びにくるほど暇ではない。
「領主様の言っていた例の件じゃよ。アレだアレ……」
「……疑似戦争ね」
「そうじゃそれ! 疑似戦争にはワシらも出るぞ」
言葉の出てこないローグにちょっと呆れそうになったが、その後に続いた言葉に俺は驚く。
「疑似戦争とはいえ、人間同士の戦いになるけどそれでも二人は参加するつもりなのかい?」
二人は鍛冶師であって、戦闘員ではない。だからこそ、前回のオークキングとの戦いでも後衛での支援に徹してもらっていた。
まあ、襲撃までの準備で無理に武器を作らせ過ぎて、戦列に加われないほど消耗していたってのもあるけど。
「当たり前じゃい。陣地を作っていうんならワシらの技術の見せどころじゃ」
「土魔法使いの嬢ちゃんたちだけじゃなく、ワシらも戦列に加わった方がやりやすいだろう。魔法だけじゃなく、建築技術を作った方が便利な部分もあるしの!」
「本当にいいのかい?」
正直にいえば、ギレムとローグの提案はとても助かる。
二人が戦列に加わってくれるのであれば、より頑強な陣地が作れるからだ。
土魔法を拡大するのも確かに強いけど魔力を消耗するし、手段はいくつもある方が幅も広がる。
「ああ、任せろ。マナタイトについては勝利した暁にはワシらが使うことになるしな!」
「ワシらだけ苦労もせず、手に入れてもらった物を使えと言われてもしっくりこんからの」
少し気まずそうに述べるローグとギレム。
なるほど、どうやら彼らにも彼らなりの矜持というものがあるらしい。
「わかった。二人のことも戦力として数えさせてもらうよ。後で陣地作りに関して相談したいからよろしく頼む」
二人の覚悟を受け取った俺はローグとギレムとガッチリと握手をした。
すると、またしても扉からノックがしてメアが入ってきた。
「ノクト様、今度はガルムさんとグラブさんが会いたいと……」
「どうやらワシらと同じ考えをしている奴等がいるようじゃの」
「ひとまず、用は済んだし帰るぞ」
「ああ、ありがとう」
ローグとギレムは愉快そうに笑うと、あっさりと執務室を出ていった。
「ガルムとグラブも中に入れてくれ」
「わかりました」
メアに頼むと、しばらくしてガルムとグラブが入ってきた。
グラブはいつも通り悠然とした佇まいであるが、ガルムは屋敷にまでくるのは初めてだったので少し緊張気味のよう。
それにグラブとは知り合って間もないせいか、どう話しを切り出していいかわからないようだった。
「えっと……」
『先にあなたの用件から話すといい。もっとも、二人とも言う内容は同じだと思うが』
「あ、はい。では、オレの方から先に……」
ガルムの困惑を察してかグラブが穏やかに言う。
すると、ガルムも踏ん切りがついたのか一歩前に出てきた。
「ノクト様、疑似戦争にオレも参加させてください」
ローグとギレムの推測通りだった。
「ガルムの気持ちは嬉しいけどいいのかい? 本来、君は戦うことを嫌っていたはずだ」
「確かにそうです。俺は戦闘向きのスキルや身体能力を持っていますが、どうにも争いごとが苦手で……」
「だったら尚更の事だよ。今回は前回のような切羽の詰まった戦いじゃないんだ。負けたらマナタイトについては諦めないといけないけど、領地が滅びるわけじゃない。ガルムが参加しなくても誰も咎めたりもしないよ?」
「それでも嫌なんです。オレたちのために頑張ってくれているノクト様が困っている時に力を貸さないっていうのは」
「ククルアの件を気にしていないかい?」
もしかして、ククルアの友達作り計画に乗ったことを恩に感じているのだろうか。
だとしたらやめてほしい。俺は別にガルムに恩を着せたいがためにやったのではない。
俺がやりたくてやったことだ。
「いいえ、これはオレ個人の気持ちなんです。それに領地の皆やノクト様のために戦うのであれば、案外悪くないかなって思える自分もいて……」
ガルムの気持ちはとても嬉しい。だけど、俺はガルムが本来戦好きではないことを知っている。
そんな彼を戦列に加えて本当にいいのだろうか?
『領民の一人が領主のために戦いと申してくれているのだ。そこまで頑なに断ろうとしなくてもよいではないか』
ガルムの言葉を聞いて悩んでいると、ずっと俺たちの会話を聞いていたグラブが苦笑する。
『大切な領民が命を落とすかもしれないことが怖いのか?』
その奥にある深紅の瞳はこちらの心の奥を見透かしているようだった。
「そうだ。俺は大切な領民を危険に晒すことが怖いんだ。自分の責任で他人が命を落としてしまうことが怖くて堪らない」
「ノクト様がそんなことを気にする必要はありません。オレはオレの意思で参加するのですから」
俺が心の弱さを吐露すると、ガルムがきっぱりと告げた。
普段は穏やかな彼が、そのような強気な台詞を言ったことにビックリする。
そうだ。もっと怖いのは戦いに出てくれる領民だ。ローグやギレム、ガルムはそれすらも克服してこうして戦いたいと言ってくれている。
そのように覚悟を決めてくれた者たちに、このように何度も問いかけて渋るなんて失礼なのかもしれない。
「ガルムは俺なんかよりも覚悟を決めていたんだね。覚悟が決まっていなかったのは俺の方だったよ」
決めた。どのような理由があろうと力を貸してくれるといった領民の手をとることにしよう。
勿論、闇雲に全員とは言わない。きちんと戦う意思と能力を持ったものだけだ。
この戦いで領民が怪我をする確率は高いかもしれない。
だとしたら、少しでもそれを抑えるように立ち回りを考えるのが領主である俺の務めだ。
父さんに兄さんであれば間違いなくそう考えて、頼もしい言葉をかけたに違いない。
やっぱり、俺はまだまだだな。
「改めて俺の方から頼むよ。ガルム、力を貸してくれるかい?」
「はい、喜んで!」
俺がそのように頼むとガルムは尻尾をブンブンと振った。
「えっと……」
俺たちの話が纏まるとガルムはそろりとグラブの方に視線をやる。
自分の番は終わったから次はグラブへといってほしいという意図なのだろう。
しかし、グラブも同様の話題だとしたら話を聞かれるのは少しマズい。
何せ、彼がレッドドラゴンだというのはこの領地のトップシークレットだからだ。
「悪いけど少しグラブと話したいことがあるんだ」
「わかりました。それでは失礼します」
ガルムとの会話では同席させたのに、出て行ってもらうことに罪悪感を抱くが仕方がない。
俺の意図を読んでくれたガルムはメアに案内されて執務室を出ていった。
「それでグラブも疑似戦争に参加してくれるのかい?」
『ああ、せっかくの居心地のいい人里だ。争いことで領内の空気が悪くなってほしくないのでな』
「…………」
『なんだ? 私の申し出に驚いている様子だな?』
「正直、グラブがそこまでうちの領地を気に入ってくれているとは思わなかったよ」
魔物であるグラブはこのような人間の争いごとに関しては無関心だと思っていた。
まさか彼の方からこのような提案をしてくるとは。
『ここの領地はまだ発展途中ながらもとても光に満ちている。人々が明るく過ごしている場所は私としても失いたくない。そこに差し込む闇があるのであれば、私はそれを払う』
「ありがとう、グラブが参加してくれるのはすごく助かる。だけど、君がレッドドラゴンだと知れ渡るようになることは困るんだ」
参加していることを喜びながらも、このような難癖をつけるのは非常に申し訳ない。
だが、疑似戦争でレッドドラゴンを連れ出してくるなんて前代未聞過ぎる。
下手したら大騒ぎになって間違いなくグラブは領内にいられなくなるだろう。
『それは承知の上だ。私はドラゴンとしての姿は見せず、一切その能力も使わない。人化した状態のままで戦うつもりだ』
「それはとても助かるんだけど、そのままの状態でも戦えるのかい?」
失礼を承知で言わせてもらうが、俺はグラブが人間のままで戦う様子を一切見たことがない。
『少なくても巨人族の娘と同程度には戦えることを保障しよう』
「………それはなんとも頼もしいことだよ」
最低でベルデナと同じ実力はあるって、グラブの実力はどれほどのものなのか。
俺は頬を少し引き攣らせながらも、レッドドラゴンであるグラブの加入を受け入れた。




