戦う覚悟
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「ごめん! 俺が不甲斐ないせいで皆に迷惑をかけて!」
ノルヴィスと疑似戦争の具体的な段取りを決めて、帰路についていた馬車の中。
俺は同行してくれた皆に深く頭を下げた。
「頭を上げてくださいノクト様」
目の前に座っているメアに言われて、俺はおそるおそる顔を上げる。
「相手に交渉をするつもりがまるでなかったのです。あのような結果になっても仕方がありませんよ」
「あのおじさんってば卑怯だよ! 自分の領地が大きいのに有利になるような勝負を仕掛けてさぁ! それに私たちのことも見下している感じがしてムカつく!」
メアの言い分はともかく、ベルデナの方には相当個人的な感情がこもっているような気がするな。
俺とノルヴィスとの会話の応酬で相当腹を立てていたんだろうな。
「……あの場では私たちも戦うことに賛成した。だから、ノクトだけが重荷に感じなくていい」
「リュゼさんの言う通りです。前にも言ったじゃないですか。ノクト様だけで背負い込まないでくださいと。私たちはノクト様の仲間なんですから」
「大体、領主様あろうものがそんな簡単に頭を下げちゃいけねえよ。ノクト様は堂々と戦えと命じてくれればいいんです。あのいけすかねえ領主をぶっ飛ばしてやりましょう」
馬車にいるリュゼ、ベルデナ、メアだけでなく、前で御者をやってくれているグレッグからもそのような言葉をかけられる。
皆の頼もしい言葉に思わず涙が出そうになった。
いけないな。ここで涙を流しでもしたら、また皆に心配をかけてしまう。
「みんな……ありがとう」
俺は瞳から零れそうになるものをグッと堪えて礼を言った。
「ノクト、ちょっと泣きそうになってる?」
「……そこは男として我慢してるんだから言わなくていいことだよ」
ベルデナの茶化しの言葉に切り替えを入れると、他の皆も笑って和やかになる。
「……疑似戦争。話を聞いた限り、ノクトのスキルがあれば人数さがあっても勝てる気がする」
そんな中、リュゼが腕を組みながら冷静に疑似戦争について語る。
「ノクト様のスキルを使えば、強力な陣地を築くことができると思います!」
「俺も疑似戦争こそ勝算があると思ったから、あれで引き受けることにしたよ」
貴族同士の勝負ごと には他にも種類がある。
自ら、あるいは従者を戦わせる決闘や、カードゲームや賭け事といった遊戯での決着をつける方法。
たくさんの種類がある中で、他の勝負ごとに変更することができたかもしれない。
しかし、俺は敢えてノルヴィスの提案してきた疑似戦争に乗った。
何故ならばそれが一番俺のスキルを活かして戦うことができるからだ。
疑似戦争では限られた時間内で自らの陣地を築き上げるルールだ。
領地にある物資を速やかに運搬、あるいは周辺にある資材を調達することから始めなければいけない。
それは戦力を揃えている方がより堅牢な陣地を築き上げることができる。
戦力の少ないこちらは圧倒的に不利であるが、そこは【拡大&縮小】スキルの出番だ。
ローグやギレムの組んでくれた小さな陣地を拡大してもいいし、リオネやジュノ、セトたちの土魔法で作り上げた小さな陣地を拡大してもいい。
たったそれだけでより堅牢な陣地を作りあげることができるだろう。
たとえ、人数差があろうとも堅牢な陣を作ってしまえば、容易に覆すことができる。
そのような目論見があって俺は疑似戦争での勝負を受けた。
「自分こそが有利だと勘違いしていますが、実は相手の土俵だったっていうのは中々に滑稽なものですね」
俺たちの会話を聞いて、グレッグが陽気に笑う。
「だけど、相手は王国でも有数の領地を持つ伯爵家だ。油断はできないよ」
「人数が百人とはいえ、相手は凄腕の傭兵や冒険者だけで揃えることもできますからね」
メアの言う通りだ。相手はこちらとは人脈も資金も桁違い。
自らの私兵だけでなく、そのような助っ人を頼むことができる。
特に強者なんかは強いスキルを備えていることが多いので注意が必要だ。
「大丈夫だよ! 仮に強い奴がきても私が大きくなれば、陣地なんて一発で壊せるから!」
「そうかもしれないけどできるだけその手段は使いたくないな」
拳を握って明るくそのようなことを言うベルデナであるが、俺はその戦法には反対だった。
「なんで? ノクトは私を信用していないの?」
「そんなことはないよ。ベルデナが元の姿に戻れば、人数差があろうとも勝てると思う」
俺のようなスキルを持っていない限り、相手が作り上げることのできる陣地には限界がある。
常人の何倍もの身長とパワーを兼ね備えたベルデナの一撃なら、陣地など一撃で瓦解するだろう。
「それならなおのこと私が元の姿で戦うべきだよ!」
「でも、それをしたらベルデナは、間違いなく人間から恐れられることになる」
「ええ?」
俺の台詞が予想外だったのか不満げだったベルデナの瞳に困惑の色が混じる。
「巨人族は珍しい存在だ。こんなことでベルデナだけでなく他の巨人族が人間から疎まれるようなことにはなってほしくない」
領地を守るために魔物と戦うのであれば、俺はベルデナに全力で戦ってもらうことを選択するだろう。あるいは領地の生き残りを賭けた戦争などであれば。
しかし、これは領地同士の小競り合いで疑似戦争だ。
このような勝負事で人間に対して巨人族の恐怖心を植え付けるようなことはしたくなかった。
そうしてしまえば、ビッグスモール領の外に出たベルデナは確実に生きづらくなるだろう。
俺はベルデナにそのようになってほしくない。
「えっと、つまりノクトは私のことを大事に思って言ってくれるってこと?」
俺がそのように言うとベルデナが少し恥ずかしそうに尋ねてくる。
要約するとそうだけど、それを言葉にして言えとなると恥ずかしい。
思わず視線を逸らすとメアが妙に綺麗な笑みを浮かべており、リュゼは見世物でも見るような表情をしている。
リュゼはともかく、なんだかメアの笑顔が綺麗過ぎて怖いな。メアが今抱いている感情はなんなのだろうと問いたいけどそれも怖い気がする。
「まあ、そういうことになるね」
「えへへ、それならひとまずノクトの言う通りする」
しっかりと言葉にして言ってあげるとベルデナは頬を染めて嬉しそうに笑った。
俺はかなり恥ずかしかったが、それで彼女が納得してくれるのであれば安いものだ。
「でも、負けそうになったら遠慮なく元の姿に戻してね」
「そうならないように全力を尽くすことにするよ」
これは俺の個人的な想いでの頼みだ。
ベルデナにそうさせないようにも、俺が責任を持って戦わないといけないな。




