決裂
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「さて、世間話はこのくらいにしてそろそろ本題に入るとしよう」
しばらく世間話という名の腹の探り合い、領地状況の探り合いが終わると、ノルヴィスが本題を切り出してきた。
「そうですね。では、マナタイトの採掘権に関して話し合いましょう」
「私としては、あそこにあるマナタイトの採掘権は全て我が領のものであると思っている」
いきなりの強気な主張にこちらとしては少し面を食らう。
「それはどうしてかお聞きしても?」
「我が家に伝わる資料としてあの辺りは、ハードレット家の領内だと記されている」
ノルヴィスが視線を送ると、従者の者がメトロ鉱山の資料をテーブルに乗せる。
そこにはマナタイトが採掘される場所を切り取るようにハードレット領とビッグスモール領の線引きがされていた。
しかし、我が家にはそのような資料など共有されていない。
確かめるようにメアに視線をやると、彼女もそうだとばかりに頷いていた。
「……そのようなことが記載されている資料はこちらにはないのですが?」
「ふむ、それはおかしいな?」
そのような領地同士の線引きされている地図などは、互いの領地でしっかりと合意の上で決めて、きちんと共有する決まりだ。
「もしや、魔物の襲撃事件で資料が紛失したのではないか? あるいは先代の引継ぎの際に漏れがあったとか」
「そんなはずはありません。屋敷は無事ですし、重要な案件についてはきちんと共有していましたから漏れもありえません」
屋敷に帰ってから書庫にある資料は全て確認した。
その中にもそのような線引きが記載されている資料はなかった。
それにメトロ鉱山はビッグスモール領にある数少ない資源だ。そんなものの大事な情報を父さんが誰にも共有していないなどありえない。
「あくまで認めないつもりだな?」
ノルヴィスが鋭い視線を向けて威圧してくるが、そんなもので怯むような俺ではない。
「そのような言いがかりを認めることはできません」
これからの領地の繁栄がかかっているのだ。たとえ、身分による差があっても簡単に引き下がってやるつもりはなかった。
「互いの意見がこれでは平行線だな」
「ええ、ですから――」
「では、貴族の慣例に従い疑似戦争で白黒をつけようではないか」
「……はい?」
突然のノルヴィスの宣告に俺は思わず目を白黒とさせる。
「まさかビッグスモール殿も知らないとは言わないな?」
「え、ええ。貴族同士が互いに対立した際に決着をつけるために行われるものです。規定の場所に陣地を作り、互いの戦力で落とし合う陣取り合戦」
自らの持つ戦力で相手を叩きのめし、陣地にいる王を倒した方が勝ちだ。
「そうだ。マナタイトの採掘権をかけて疑似戦争で決着をつけようではないか」
互いの意見が纏まらないのであれば、そこから何とか互いに妥協できるラインを探っていく。それが交渉というものだ。
しかし、ノルヴィスは最初から交渉などという選択肢は捨てて、武力での解決を提案してきた。
このあからさまな態度を見る限り、最初からこの展開に持っていくつもりだったのだろう。
採掘権について話し合いたいなどと手紙で言っておきながら、このような提案をしてくるノルヴィスに腹が立つ。
俺も最初から全てのマナタイトの採掘権を得られるとは思っていない。
精々半分でも得られれば十分だと思っていた。
互いに採掘する量を決めておき、決まった分のマナタイトだけを採掘すればいい。
最悪、半分よりも少なくなってもこちらには拡大があるので、少量でも十分に利益が出せる。
あるいは決められた鉱脈だけを採掘するなどと、何かしらのやりようはあるはずだ。
だが、ノルヴィスにそのような分け合いの精神はなかった。
彼にとってマナタイトの採掘は0か1。それ以外の選択肢はないようだ。
「どうした、受けぬのか? まさか王の定めた慣例さえも言いがかりだとは言うまいな?」
疑似戦争では殺傷力の高い武器は禁止されている。
剣ではなく木剣を使ったり、矢の刃先を潰したりといった処置が行われる。
とはいっても、あくまで木剣でも当たりどころが悪ければ死亡するし、どれだけ対策をしようと大怪我をすることだってあり得る。
たかが資源のために領民の命を懸けることにバカらしく感じる自分がいるが、そのたかが資源で領民の命を救うことだってある。
領民が傷つくのが嫌だからといって退けるものでもない。そうすれば、ノルヴィスはマナタイトだけでなく、他の資源だって奪いにかかってくる可能性がある。
それにこういった貴族の慣例から逃げることは恥とされる。
疑似戦争を吹っ掛ければビッグスモール領は簡単に退く。
そのような噂を流されると非常に面倒だ。
ヤクザと一緒で貴族というのも舐められたら終わりなのである。
「ハードレット領とビッグスモール領ではあまりにも領地の力が違います。そちらに有利な疑似戦争を吹っ掛けてくるのは卑怯なのではないでしょうか?」
疑似戦争というのは領地の力が物を言う勝負だ。
豊富な人材と資金を有しているハードレット家が有利なのは明らかだ。
「ふうむ、それも一理あるな。では、こちらの戦力は疑似戦争をする上で最低人数の百名としよう。ビッグスモール領の方では二百名でも三百名でも構わない。好きなだけ戦力を用意するといい」
そこを突いてやるとノルヴィスは飄々とした様子でそのようなことを述べる。
こちらの領地の状況を知っての上での提案だろう。
私兵を百名以上用意してもいいと言っているが、こちらの領地で容易できる戦力はロクにない。まともな戦力といえるものは自警団約三十名と、ベルデナやリュゼ、俺、リオネたちといった数名程度。
とても五十にも満たない。そのようなハンデはあってないようなものだ。
「悪いがさすがにこれ以上は譲歩できんな。領地の力を高めるのも領主の務めだ。それを怠っていた相手にそれ以上配慮してやる謂れもないだろう」
悔しいことにノルヴィスの言い分にも一理あるのは事実だ。
百名も私兵を集められないようでは貴族としておかしいのだ。
「ノクト、その勝負受けよう」
ノルヴィスの言葉に歯噛みしていると、突如ベルデナがそのようなことを言う。
「人数の差があったって私たちなら大丈夫だよ!」
「そうですよ、ノクト様。たとえ、相手の戦力が二倍以上だったとしても問題ありません。一人につき二人の敵を倒す。ただ、それだけですから」
「私たちは大森林の魔物の群れだって倒せたんですから」
「……私たちのことは気にしなくていい」
ベルデナの言葉を他の皆は止めるでもなく、後押しの言葉をそれぞれかけてくれた。
「随分と威勢のいい従者だな」
「うちの従者が口を挟んで大変申し訳ございません。しかし、お陰様で俺も覚悟ができました」
疑似戦争では領地の資源や人材と、自力の差が強く出る戦いだ。しかし、俺たちには少ない人数でもそれを十分に補うことのできる絆や強さがある。
さらに俺のスキルを駆使すれば、圧倒的に不利とされる状況をひっくり返すことだって可能だ。
表面上では圧倒的不利に見える疑似戦争ではあるが、勝算がまるでないわけでもなかった。
「ほう? それでは疑似戦争の返事は如何ほどか?」
「ノクト=ビッグスモールの名において受けて立ちましょう」
俺が堂々と告げると、ノルヴィスは薄っすらと笑みを浮かべた。
「決まりだな。では、疑似戦争を始める場所の選定と具体的な日程を決めるとしようか」




