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ハードレット家との交渉


 手紙を貰った翌朝。ハードレット家との交渉のために準備を整えた俺は、馬車でハードレット家に向かうことにした。


 馬車に乗っているメンバーは俺、メア、ベルデナ、グレッグ、リュゼだ。


 今回は交渉とあって領内のことを細かく把握してくれているメアにも同行してもらっている。


 ベルデナとリュゼは護衛。グレッグは御者兼護衛という感じだ。


 あまりよその屋敷にぞろぞろと大人数を連れていくのも失礼なので、できるだけ最小限の人数にしておいた。


 ビッグスモール領とハードレット領の間では、ほとんど魔物も出没しないのでこの戦力でも問題ない。


 というかベルデナがいれば、大抵の魔物は何とかなるんだけどね。


 しかし、あまりに連れている者が少なければ領主としても恥をかく。


 貴族というのは独特な文化が多く、実に難しいものだ。


 馬車に乗って数時間進んだところでハードレット領にある大きな街、ドワルフに到着した。


 ビッグスモール領と変わらない平原地帯の領地であるというのに、ドワルフはかなり繁栄している。


 ぐらりと街を囲む防壁は大きく、立ち並ぶ民家も綺麗で大きい。


 通りを行き交う人の数も多く、多種多様な職種の者が集まっている様子だった。


「うわっ、人がいっぱいいる」


 馬車の窓から景色を眺めるベルデナが驚きの声を上げる。


 ベルデナにとって世界とは山と大森林、それとビッグスモール領という狭い範囲しか知らない。


 そんな彼女にとって、繁栄した大きな街というのは新鮮に見えるだろう。


「あっ、リュゼと同じエルフがいるよ」


「……そうね」


「もしかしたら知り合いかもしれないね」


「……多分、違うと思う。私の里から旅に出たエルフがいるというのは聞いたことがないから」


「へー、そうなんだ」


 エルフは基本的に森の奥深くといった自然の豊かな場所で生活をする。


 リュゼや視界に映っている街で暮らすエルフの方が、存在としては稀らしい。


 多くのエルフは自然での安定した生活を好むらしいとリュゼに聞いた。


 リュゼの言葉からすると、彼女の故郷から旅に出たエルフは全くいないようだ。


 そんな中で彼女はどうして旅をすることに決めたのか気になるところではある。


 しかし、リュゼが何も語らない以上は深く尋ねるべきではないだろう。


「ノクト! ノクト! 道にたくさんの料理屋さんが並んでる! あれなに!?」


「ああ、あれは屋台だね」


「屋台?」


「ああやって立ち売りで料理や物なんかを売る小さな店のことだよ」


 顔を輝かせるベルデナの視線の先では、たくさんの屋台が立ち並び美味しそうな料理を作っていた。


 大きな肉の串焼きや、鉄板の上で作られる焼き料理、練り物、スープ料理と種類は様々なものがある。さすがは豊かな領地だけあって、作られる料理も豊富だ。


 香りまで馬車の中に入ってくることはないが、見ているだけで大変美味しそうである。


「ふわぁ、美味しそう……」


 気持ちは大変わかるが、これから赴くのはハードレット家の屋敷だ。


 万が一にも遅刻するわけにもいかないので屋台に立ち寄るわけにはいかない。


「また時間のある時に行こう」


「う、うん。わかった」


 そのように素直に返事をするもののベルデナの視線は屋台に吸い寄せられたままだ。


 美味しそうな料理を見たら欲が止まらなくなるが視線も外せないのだろうな。


 それにしても、何度見ても大きな街だな。


 とても隣の領地とは思えないほどの発展ぶりだ。


 立ち並ぶ店の種類や、品の数も、人の数もすべてにおいて上回られている。


 うちの領地とどれだけ比べても勝てる要素などないだろう。


 この発展もうちの領地が苦労した末にできたものだと思うと、モヤモヤとした気持ちが湧かないでもないな。


 外を見ていると段々暗い気持ちになってきたので視線を外す。


 すると、俺の手の上にメアの小さな手が重ねられた。


「私たちも負けないように頑張りましょう」


「そうだね。もっともっと頑張らないと」


 俺たちの領地はまだまだこれからだ。ハードレット領に負けないようにビッグスモール領も発展させていかないとな。


 そして、それを支えてくれる頼もしい仲間が俺にはいる。


 メアの言葉のお陰でどんよりとした気持ちはいつの間にか晴れていたのだった。



 ◆



 馬車で進んでいくことしばらく。


 俺たちはドワルフの奥地にあるハードレット家の屋敷にたどり着いた。


 伯爵家の屋敷だけあって、当然屋敷もデカい。


 屋敷の前には広い庭園や噴水が設置されており、庭師の者たちが丁寧に手入れをしていた。


 ハードレット家の執事に案内されて、俺たちは屋敷の中に進んでいく。


 屋敷の中には赤い絨毯が敷かれており、あちこちに壺や銅像、絵画といった調度品が置かれていて華やかだ。


 それに屋敷で働いているメイドもとても多い。


 辺境伯としての威厳を見せつけられるようであった。


 長い廊下を突き進むと、やがて一つの部屋の前にたどり着く。


「ノルヴィス様、ビッグスモール男爵様がご到着なされました」


「入ってもらってくれ」


 執事が扉をノックすると、中から少し素っ気ない男性の声が聞こえた。


 すると、執事が扉を開けて中に入るように促される。


「失礼します」


 中に入ると落ち着いた雰囲気の応接室だった。


 室内の中心には四人掛けの大きなソファーと長テーブルが設置されており、そのソファーにハードレット家の領主は座っていた。


 後ろにはその従者と護衛らしきものが一人ずつ控えている。


「遠いところを呼びつけてしまって申し訳ない。私はノルヴィス=ハードレット。このハードレット家の領主だ」


 砂色の髪に翡翠色の瞳をした男性。年齢は三十代半ばくらいだろうか。


 眼光が鋭いために少しだけ怖い印象を抱いてしまうが、かけられた言葉は穏やかなものだった。


 しっかりと鍛えられた身体をしており、意外とガタイがいい。恐らく、それなりに剣術も嗜んでいるのだろう。


 これがハードレット家の領主か。老獪な貴族というイメージだったので、もっと太ったおじさんのようなイメージを抱いていたが違った。


 ダメだ。ハードレット家に対していいイメージを抱いていないせいで、無意識にそのように考えてしまっている。


 今回は平和に話し合うためにきたんだ。相手へのマイナス感情は抜いておかないと。


 気持ちを切り替えるためにも俺は深呼吸をして、手を伸ばす。


「はじめまして、ノクト=ビッグスモールです。本日はよろしくお願いします」


「ああ、よろしく」


 すると、ノルヴィスは薄っすらとした笑みを浮かべて俺の手を握った。


「いつまでも立ったまま話すのもなんだ。どうぞ腰かけてくれ」


「では、失礼します」


 ノルヴィスに促されたので俺は素直にソファーに座らせてもらう。


 後ろに立っていたベルデナも一瞬動くような動作をしたが、すぐに気付いたのか止めた。


 領主同士の階段の場で同じ席に平民が座ることはできない。


 ベルデナに最低限のマナーを教えておいてよかった。


 ただ、急に叩き込んでしまっただけにまだ身体が反応してしまうところがあるようだ。


 傍にはメアやグレッグ、リュゼがいるのでもしもの時は彼女たちが止めてくれるだろう。


「しかし、先代領主の件については残念であった。まさか、領主と次期領主のどちらもが魔物との戦いで討ち死にされてしまうとは……」


 席に座るなりノルヴィスが口を開いた。


 実に嘆かわしいとばかりの表情をしているが、どこか胡散臭いと感じてしまうのは俺だけだろうか。


 仮定の話であるがノルヴィス家がまともな援助をしていれば、父さんや兄さんが亡くなることはなかったかもしれない。


 領地の経営だってもっと楽にできていたかもしれない。二人がいなくなっても領民だって希望を捨てなかったかもしれない。


 そんな複雑な思いが頭の中をグルグルと回る。


 しかし、そんな言葉をぶつけるわけにもいかず、呑み込む他にない。


「尊敬していた父と兄だけにとても残念です」


「その時に領地に壊滅的なダメージを負ったと聞いたのだが、最近は徐々に復興してきたと聞いたが?」


 ふむ、その台詞は領民に逃げられた癖に、最近はお前のところの領地はいいみたいじゃん? みたいな感じだろうか。


 まあ、いくらノルヴィスでも領民に逃げられたなどとは正面から言えないので回りくどくなってしまうのも仕方がない。


「ええ、領民たちと力を合わせて何とか立て直しております。とはいっても、ハードレット様の治める街に比べれば恥ずかしいものですが……」


「そんなことはない。あれだけの被害に遭いながら立て直すことができただけでも、ビッグスモール殿は優秀だ。誇るといい」


「お褒めいただきありがとうございます」


「しかし、ラザフォード殿やウィスハルト殿を討ち取るだけの魔物がひしめいているとは、大森林の魔物とは恐ろしいものであるな」


 そう思うのであれば、もっと援助してくれよというのが素直な想いだ。


 ビッグスモール領が崩壊すれば、大森林の魔物がハードレット領になだれ込むというのに。


「安心してください。父と兄の敵である魔物は私たちが既に討ち取りましたから」


「なんと。ビッグスモール殿は内政だけでなく戦も優秀であったか! これは随分と心強い。今頃天国にいるラザフォード殿やウィスハルト殿も安心していることだろう」


 俺との会話の糸口にその事件についての探りを入れるのは当然ではあるが、なんだろうな。この茶番は……。


 とはいえ、初対面である俺たちがいきなり本題に入るのも貴族のマナーからすれば失礼に当たる。まったく、貴族の文化というのは面倒なものだ。


 そう思いながらもにこやかに俺とノルヴィスとの世間話は続いた。







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