縮小世界
畑に残っている使えそうな作物をあらかた収穫すると、メアは畑の整理に行った。
メアのスキルを拡大することによって、瞬時に作物を作ることができる。
それは俺たちの領地にとって大きな希望だ。
つまり、畑を多く作れば作るほど大量の作物を生産することができる。
成長過程で魔物の被害に遭うことも、病害に遭うこともほとんどない。即座に生産できる作物というのは生活の安定しない農民にとっては圧倒的な強みだ。
魔物の被害に怯える領地から、魔物の被害があるけど安定して作物を大量生産できる売りどころが付与されたのである。
これは大きな進歩だ。
荒廃した過酷な領地に領民を呼び込むのは心苦しいが、これならば何とか呼び込むことができる。
それに伴って、俺たちができることは領地の再生だ。
売りどころがあるとはいえ、荒廃した領地に人を呼ぶわけにはいかないのでメアには急いで畑を整理してもらっているのである。
そして、俺はというとスキルの検証だ。
メアだけに働かせるのは忍びないが、今の希望になっているのは間違いなくスキルだ。
スキルについて一刻も早く把握しておく必要がある。
俺のスキルは、物、さらにはスキルにまで作用された。
すると、次に気になるのは人に作用するかだ。
とはいえ、いきなり自分に使用するのは怖いものがあるので、まずは身近な生物であるスライムで試してみようと思う。
スライムといえば、ゲームやアニメでも定番の魔物。
とはいっても、ほとんど無害で赤子でもない限り負けることはない。魔物の中でも比較的危険の少ない魔物だ。
もし、縮小が発動すれば、スライムが小さくなるということになる。
俺のスキルは魔物にも作用するのか……。
緊張でドキドキしながらスライムに手をかざして縮小スキルを発動してみる。
「縮小」
すると、スライムの体が震え、みるみると小さくなった。
「まさか生き物にまで作用するとは……」
思わず縮小されてしまったスライムを持ち上げてみる。
一抱えほどの大きさだったのだが、手の平に収まるほどになっていた。
とはいえ、スキルが作用する瞬間、僅かな抵抗感のようなものを感じた気がした。
もしかすると、生き物に作用させるには相当な力の差や、了承のようなものが必要なのかもしれない。
俺はスライムを地面に置いて、今度は拡大をかけてみる。
すると、微かな抵抗感があったものの、スライムはぐんぐんと大きくなった。
「おお、スライムもここまでデカいと迫力がある」
全長五十センチほどだろうか。サイズは既に俺の膝の高さを越えていた。
大きくなるのも問題ないことがわかったので、縮小をかけて元に戻す。
他にも生き物はいないかと思って探し回ってみるが、領内の畑なのでそれらしいものはいない。
すぐ近くの畑にはメアがいるが、さすがにスキルを試させてくれとは言いづらい。
「……自分の体で試してみるか」
俺は自分の身長を少し伸ばすイメージで拡大をかけてみる。
すると、俺の身長がゆっくりと伸びて目線が僅かに上がる。
元の身長が百六十センチ後半だったが、今は百八十センチくらいありそうだ。
父や兄がこれくらいの高身長だったので、ちょっと憧れの存在になれた気分だ。
「おっとっ!」
しかし、急に身長が伸びてしまったからだろうか。ただ畑の傍を歩いているだけなのに、ちょっとした段差につまずいてしまった。
「自分を拡大すると、手足の長さが変わって感覚が狂ってしまうな」
自分の身体なのに違和感を抱いてしまう。
戦闘時や力仕事の時は身体を大きくしようかと考えたが、これは一朝一夕ではできなさそうだ。
元の身体に戻った時に起こる違和感も考えると、長い期間をかけて馴染ませる必要がありそうだ。
とはいえ、遠くを見たい時や見栄を張りたい時に使えるかもしれないな。
なんて苦笑しながら元の身長をイメージしてスキル解除。
こっそりと数センチ伸ばしておこうとも考えたがやめておいた。
拡大が発動できたなら、縮小も発動するだろうな。
今度は自分の身体に縮小をかけてみる。
すると、俺の身体がどんどんと小さくなって目線が下がっていく。
足元にあったはずの雑草が覆いかぶさり、転がっていた石ころでさえ見上げるような大きさになった。
「すごい! まるで童話の小人になったみたいだ!」
全ての物が自分の知っているスケールと違う。今まで見下ろしていたものが見上げる側に変わるとここまで印象が違うとは。
小さなこの身体にとっては雑草でさえも、深い森のように感じられる。
歩いてみるとちょっとした地面の凸凹でさえ、大きな障害だ。
元の身長の頃は何も気にしない部分が、小さな身体になるとここまで障害になるとは。
「あれ? ノクト様?」
大きくなった畝を見上げていると、メアの声が響いてきた。
「ノクト様? どこに行かれたんですか?」
メアのどこか不安そうな声が畑に響き渡る。
縮小スキルで小さくなってしまっただけなのだが、メアからすれば突然俺がいなくなったかのように思えたのだろう。
「メア! 俺はここにいるぞー!」
精一杯声を張り上げて叫ぶが、身体が小さくなった影響で声量も小さくなってしまったようだ。
メアはこちらに気付くことなく、不安そうに俺の名前を呼ぶ。
声が届かないとわかったので、近くにある雑草を何とか揺すってみるが気付かれることはない。
当然だった。俺が元の大きさだとして雑草が揺れようが気にするはずもない。
すぐに拡大で元に戻ろうと思った瞬間、大きな影が落ちた。
何か生き物でも襲い掛かってきたのかと怯えながら見上げる。
すらりと伸びた形のいい白い足に、肉付きのいい太ももの奥に見える白い布が――って、女性の下着じゃないか!
この辺りにいる女性といえば、もう一人しか心当たりがない。
「ノクト様ー?」
真上から響いてくるメアの声。
思わずそれに答えようと大声を上げようとするが、ふと我に返る。
縮小スキルで小さくなって、メイドのスカートの中に入り込む領主。
……これは明らかにダメなやつだ。
現状を顧みてそう判断した俺は、メアに踏まれないように気を付けて動き回る。
小さくなった今の俺からすればメアは巨人に等しい。
もし、踏まれでもしたら一巻の終わりだ。
スキルの実験中踏まれて死亡だなんてあまりに情けなさすぎる。
「もしかしたら、屋敷にお戻りなったのでしょうか?」
この辺りに俺がいないと判断したのか、メアが遠ざかっていった。
「よかった。踏まれなくて――っ!?」
身の危険が遠ざかったホッとするのも束の間、またもや大きな影が落ちてきた。
もしかしてメアが戻ってきたかと思ったが、後ろにいたのは先程までスキルで実験していたスライムであった。
スライムは自分より小さな生き物である俺を餌とみなしたのか、体を蠢かせて取り込もうとしてくる。
スライムに負けるのは赤子くらいのもので人間が負けることはほとんどない。
しかし、スライムよりも小さな身体になっている今の俺は赤子以下だ。
その粘着質な体に取り込まれてしまえば最後。
脱出することすら敵わずに窒息死することになる。
「う、うわあああああああああっ!?」
俺は急いでその場を離れて、自分に拡大を施す。
そうすることで、俺はようやく元の身体の大きさに戻り、スライムに窒息死させられる心配はなくなった。死の危機に晒されて荒くなった呼吸を整える。
「……ふう、危なかった」
成人したにも関わらずスライムに殺されかけるなど、この世界でも俺だけなんじゃないだろうか。
思わぬところで命を落としそうになった。
縮小スキルでメアの下着を見てしまった罰が下ったのだろうか。
「自分を縮小する時は使いどころを見極めないと大変なことになるな」
人の多いところで小さくなれば踏まれて死ぬ可能性があるし、動物にだって襲われる可能性がある。通りすがりの鳥に咥えられて、空の彼方ということもあり得るのだしな。
今回の検証でのそれが実感できたのが大きな成果だろう。




