メトロ鉱山
「ノクト様、鉱山の採掘をされてはいかがでしょう?」
売買に出ていたラエルが戻ってきたので、これからのことを話し合っているとそんな提案がきた。
「ビッグスモール領にある鉱山では過去にたくさんの鉱石や宝石が採掘されていました。それをノクト様のスキルで拡大すれば良質な鉱物を輸出でき、良質な武器や防具も生産できるようになります」
メトロ鉱山。
それは我がビッグスモール領とハードレット領に横たわるようにして存在する鉱山だ。
その大きな鉱山では様々な種類の宝石や鉱物が過去に産出されてきた。
うちの領地にある数少ない資源だ。
「今までは人手不足で放置していたけど、そろそろ手を出してみるべきかな」
貴重な資源があるのを認識していたが、今までは領地の立て直しを優先して後回しにしていた。
しかし、今ではたくさんの民家が立ち並び、領民たちが自力で作物を育てられるようになってきた。
商店はでき、宿屋は二つも出来上がった。まだまだ不便なところはあるが順調に生活レベルは向上して安定している。
今ならラエルの言う通りに手を出せるのではないか。
「最近は領民も増えて、色々と物入りになってきましたし、食料以外での資金源を手に入れるのは悪くないと思います」
領地の細かい情報を把握しているメアも、ラエルの提案には賛成のようだ。
俺のスキルのお陰で生産物の経費が、基本的に抑えられているとはいえ限界がある。
それに鉱物や宝石といったものは俺のスキルで一番利益が出るものだ。
手を出さない理由がないな。
酒場でローグとギレムに、そろそろ他の種類の鉱物を使いたいとも言われた。
同じ素材でばかり生産するというのも鍛冶師にも面白くないだろうし。
「よし、メトロ鉱山の調査に向かうことにするよ」
「それが大変よろしいと思います」
俺がそのように決断をすると、ラエルはにっこりと笑った。
まあ、鉱物や宝石を大量に輸出してくれるのはラエルの役割なので、またウハウハと儲けてくれるんだろうな。
「調査には誰を派遣しますか?」
しばらく放置していた鉱山だ。さあ、いきなり採掘だ! とはいかない。
鉱山の中には魔物だって徘徊しているので採掘をするためにも駆除しなければいけないのだ。
「ベルデナ、リオネ、グレッグと自警団の団員を数人連れていこうかなと」
「……連れていくと言う事は、ノクト様も向かわれるのですか?」
「重要な資金源だしね。メトロ鉱山がどうなっているか俺も見ておきたいんだ」
調査が終われば当然採掘を命じることになるだろう。内部の様子や状況もわからないままに指示を出すのは難しい。
それに鉱山内の地図はうちの屋敷に保管されている。
調査メンバーを信用しないということではないが、鉱山内の地図は最重要書類でもある。
機密保持という面でもしっかりとした立場の者が随行する方が望ましいだろう。
「……わかりましたが、鉱山内は危険なので無理だけはしないでくださいね?」
「わかっているよ。危ないと思ったらすぐに引き返すさ」
心配そうにこちらを見上げてくるメアに力強く返事する。
「鉱山資源も重要ではありますが、領主であるノクト様の身が一番大事ですからね」
「ラエルがそんな台詞を言うと、ちょっと胡散臭いな」
「酷いです」
心外そうに言うラエルの言葉を聞いて、俺とメアは笑った。
◆
メトロ鉱山の調査に向かうことにした俺は、調査メンバーたちを集めて事情を説明した。
「なるほど、鉱山の安全を確保するための調査ですね」
「ああ、鉱山内には魔物がいる可能性がある。主要な道や採掘地点の魔物は排除しておきたい」
一気に隅々まで見るのは難しいが、ひとまず主要地点さえ抑えてしまえば安全だ。
その後はゆっくりと調査範囲を広げてさらなる安全を確保すればいい。
「それなら任せてください。日頃の訓練の成果を見せましょう」
「ああ、頼りにしているよ」
グレッグだけでなく、団員二人も頼もしく頷いてくれた。
「鉱山の中なら任せてください! 土の多い場所でなら土魔法が存分に活かせます!」
さっきまで若干不安そうにしていたリオネだが、鉱山と聞いてやる気が満々だ。
魔法使いにとっては無から有を生み出すよりも、有を利用する方が魔力消費も発動速度も変わるからな。
その点を考えると、土や岩に覆われた鉱山内ではリオネの魔法にはとても期待できる。
後衛からの魔法や防御魔法。リュゼとは違った動きができるだろう。
「それを期待してリオネに声をかけさせてもらった。鉱山内では臨機応変に頼むよ」
「任せてください!」
そのように言うとリオネが実に威勢のいい声で返事する。
突然の招集ということもあって戸惑い気味であったメンバーだが、しっかりと理解することができたようだ。
皆の了承もとれたし、そのまま鉱山に向かおうと思ったところで視線を感じた。
そちらを向くとベルデナが物欲しそうな視線を向けてきている。
ここで彼女が何を求めていないかわからない俺ではない。
「鉱山の中は複雑で入り組んでいる。特に魔物の察知はベルデナが頼りだ。もし、遭遇した時はドカンと頼むよ?」
「うん、わかった!」
どうやら彼女の望む台詞をかけることができたようだ。
ベルデナが嬉しそうに笑っているのを他の皆も微笑ましそうに見ている。
「それじゃあ、準備を整えてメトロ鉱山に出発だ」
◆
「着いた。ここがメトロ鉱山だ」
準備を整えて馬車で出発すること一時間。
俺たちは領地の東側にあるメトロ鉱山へとやってきた。
目の前には赤茶けた山肌をした鉱山が横たわっている。
「へー、こっちの方にはこんな山があったんだー」
「山に住んでいた時は、こっちの方にはきたことがなかったのかい?」
「うん、山から東に行くと食材も少なくなるから行かなかった」
確かに鉱山の方に向かうにつれて、森や山の食材も乏しくなっていた。
食料が豊富な山や大森林に問題なく入れるベルデナからすれば、こちらに向かうメリットもないだろう。
そういう偶然もあって今まで領民とベルデナが出会うことはなかったんだろうな。
「とりあえず、中に入りますか?」
「待ってくれ。確か以前採掘していた時に使っていた小屋があるはずだ」
懐に入っている鉱山の資料を取り出し、小屋がある方向へと歩いていく。
すると、鉱山の側面に小さな木製の小屋が建っているのが見えた。
「小屋だ!」
「よかった。ちゃんと残っていたみたいだ」
ここは採掘人が使っていた荷物置き場だ。
一応、ツルハシやロープといった最低限の荷物は持ってきているが、この小屋には採掘に必要なたくさんの道具が揃っているに違いない。
鉱山の調査のために是非とも必要な道具を手に入れておきたいところだ。
元は領民の持ち物であったが、さすがに鉱山の道具まで持ち去られていることはないだろう。
そう思って小屋の扉に手をかける。しかし、扉はビクリとも動かない。
「さすがに鍵がかかっているか……」
大切な仕事道具の入っている小屋だ。さすがに鍵をかけるよな。
当然のことながら失念していた。
「ノクト様、鍵は持っていないのですか?」
扉を前にどうしようかと悩んでいると、グレッグが尋ねてくる。
「鍵を持っていたであろう領民はいなくなってしまったからね」
きっと逃げ出した領民の誰かが持っているのだろう。あるいは、どこかの家に放置されているか。
その家はオークの襲撃で破砕した民家の中にあるかもしれない。あるいは逃げ出した際に鍵も一緒に持っていってしまったか。
どちらにせよ今からわざわざ探すのは難しそうだ。
「なら、私が扉を壊そうか?」
ベルデナから実に脳筋な台詞が出てきたが、現状だとそれが一番の対処法だろう。
「仕方がないけどそうしてもらおうか」
「ちょっと待ってもらってもいいですか?」
しかし、そこでリオネが待ったをかけてきた。
「うん? 壊さずに開けることができるのかい?」
「もしかしたらですけどね」
リオネは扉にある鍵穴を覗き込む。
それから土魔法で細長い棒を作り出すと、鍵穴に差し込んでカチャカチャといじり出す。
すると、ほどなくしてカチャリとした音が鳴った。
リオネが取っ手に手をかけると、小屋の扉がキイィと軋んだ音を立てて開く。
「開きました!」
「うわぁ……」
笑顔で振り返るリオネだが、ベルデナの口から言葉が漏れる。
短い言葉であるが、そこに込められた感情はまさにドン引き。
「――って、そんな引いた顔で見ないでくださいよ!」
「ごめん」
「すまねえ、リオネの手際があまりにも鮮やかだったからよ」
ベルデナやグレッグがどこか気まずそうに謝る。
まるで泥棒のようだ――なんて言ったらリオネは泣いてしまうかもしれないので言わない。
彼女は俺たちのために技術を役立ててくれたのだから。
でも、少しだけ気になる点がある。
「リオネはどんな扉でもそんな風に開けることができるのかい?」
「こんな風な簡易式の扉であれば割と……」
「じゃあ、領内にある民家は?」
「…………少し頑張れば」
ちょっと言い辛そうにしていたリオネであるが、しっかりと答えてくれた。
リオネを信じてはいるが、防犯性能を高めるために民家の扉を考える必要があるかもしれないな。




