アイスティー
グラブの正体を一部の人間にだけ明かした俺は、グラブをピコやルノールに紹介した。
これから酒場のマスターとしてやっていくのだ。仕入れ先の商会とは長い付き合いになるだろうから早めに顔合わせをさせたかった。
その後は宿屋兼酒場の建設を担当するローグとギレムに紹介、ちょうど酒場の内装を設計していたらしく、グラブの意見を加えることで完成させ、建築に移るらしい。
まだ頼んで一週間も経過していないというのに恐ろしいスピードだ。
グラブの見た目は人間とはいえ、中身はレッドドラゴン。
傍で見ていると若干ハラハラしない気持ちはないでもないが、グラブは不気味なくらい円滑なコミュニケーションをとっており領民たちの生活に溶け込んでいる。
それは領主としても嬉しいことだが、今後も上手くやっていけるか注意は必要だな。
執務室で考え込んでいると、扉が控えめにノックされた。
「失礼します、アイスティーをお持ちしました」
返事をすると、メアがトレーの上にグラスを三つ乗せて入室してきた。
その後ろにはベルデナもおり、息抜きにやってきたのだろう。
「ありがとう。ちょうど喉が渇いていたんだ」
テーブルの上に乗っている書類を片付けると、メアがグラスを置いてくれた。
それを手に取ってゆっくりと口つける。
香り豊かな紅茶の風味がスッと喉を通り抜けていた。後味もとてもスッキリしており飲みやすい。
「こんな風に紅茶を飲むのも久し振りだな」
「ラエルさんの商店が開店して、色々と商品が並ぶようになりましたから。ノクト様の好きな茶葉があったので買ってしまいました」
領民に逃げられてしまってからこういう嗜好品は買っていなかった気がする。
領主としてやるべきことが山のようにあった。それに領地を立て直すには莫大な資金が必要で、こういった嗜好品を自分のために使うのは罪悪感があったような気がする。
紅茶の成分でもあるんだろうが、こうして久しぶりに紅茶を飲むととても心が安らぐ。
「これってそんなに美味しいの?」
俺が飲んでいる姿を見て、ベルデナが首を傾げる。
「ベルデナはまだ飲んだことがなかったかな?」
「うん、飲んだことない」
「ジュースのような甘味はないですが、香りがとても良くて美味しいですよ?」
メアにグラスを手渡されてベルデナはそれを手に取る。
違う角度から何度か眺めると鼻を近づけて香りを嗅いだ。
「本当だ。不思議ないい香りがする!」
「次は飲んでごらん」
俺が勧めるとベルデナはゆっくりとグラスに口をつける。
すると、ベルデナはパチパチと目を瞬かせると微妙そうな顔をした。
「香りはいいけど、そこまで美味しくない……」
「あはは、初めてならそう感じるのも無理もないね」
俺も前世で初めて飲んだ時は同じような感想を抱いたものだ。
確かに香りも良くて飲みやすいけど、好んで飲むような美味しいものとは思えない。
しかし、大人になるにつれて慣れてくると、この香りの良さやスッキリとした味わい、微かな甘みが癖になるんだよね。
「蜂蜜を少し入れると飲みやすくなりますよ」
「入れる!」
メアが蜂蜜の入った小皿を差し出すと、受け取ったベルデナがアイスティーに注ぐ。
「ああっ! 入れすぎですよ!」
「ええ、そう? まあいいや」
中々の量が入ってしまったがベルデナは気にせず、スプーンで軽く混ぜて飲む。
「こっちの方が美味しい!」
「……それだけ蜂蜜を入れたらそうですよ。そんな飲み方は紅茶じゃありません」
「えー、別にいいじゃん。私にとってはこれが美味しいの」
茶葉そのものの味わいを重視するメアにとって、ベルデナの飲み方には思うところがあるのだろうな。
まあ、ベルデナは紅茶初心者だし、まずは甘いものから慣れていけばいいだろう。
「そういえば、宿屋や酒場で働きたい人はいたかい?」
メアを見て思い出したのだが、以前宿屋や酒場で働きたい人はいるのかとお願いした。
新しくできる宿屋もそうだし、酒場の方もグラブだけでは回らないだろうから働き手がいるのか確認しておきたかった。
「はい、確認してみましたところ結構な人数の方が興味を示しているようでした」
「そうか。それなら安心だよ」
宿屋の方はまだしも、グラブの方は本人と気が合うものがいいだろう。
それについては彼に面接なりしてもらって、選んでもらえればいいか。
「ひとまず宿屋と酒場の問題は落ち着いたと言っていいかな?」
また追加で宿屋が必要になるかもしれないが、それはこれからの人の流れを見ながら判断だ。
「そうですね。後はそれぞれの問題かと」
「ねえ、休憩している時くらい仕事の話はやめよー?」
「それもそうだね。ごめんよ、仕事の話を振って。メアもアイスティーを飲むといいよ」
「では、お言葉に甘えまして」
せっかく美味しい紅茶を淹れてくれたのだ。きちんと味わわないとメアと茶葉に失礼だ。
これ以上仕事のことを考えているとベルデナに怒られるので思考を切り替える。
「たまにはこういう風に贅沢するのも悪くないね」
メアやベルデナと何気ない会話をしながら、ゆったりとアイスティーを飲む。
ここ最近の中で一番贅沢な時間を過ごしているような気がする。
「ノクト様は自分を抑えすぎですよ。皆のためにたくさん努力し、働かれているのですから少しは自分を労わってください。ノクト様が倒れては元も子もないんですから」
「ノクトは仕事をし過ぎ! 最近、ゆっくり喋れてない!」
メアの言う通り、無理をして倒れてしまっては周りに迷惑をかけることになり、効率も落ちる。
それに最近は仕事ばかりで二人とゆっくり会話もしていなかったな。
「……そうだね、残っている書類の確認を終えたら、二人の言う通り今日は休むよ」
リオネたちの提案してくれた防壁門の改良案を読み込んだら、切り上げることにする。
それ以外のものは別に急いで今日片付けなくてもいい仕事だ。
「やったー!」
「はい、是非そうしてください」
メアとベルデナの忠言に従って、今日は早めに仕事を切り上げてゆっくりした時間を過ごした。
◆
「ノクト様、防壁門の改良ができたので是非視察にきてほしいとリオネさんたちから連絡がきています」
リオネたちの提出してきた防壁門の改良案。
それらを確認して作業を進めることを許可したところ、三日も経たない内にそのような報告が上がってきた。
「もうできたのかい?」
ビッグスモール領には現在二つの防壁門がある。
それは大森林に面している西側の門と、ハードレット家の領地と隣接している東側の門だ。
勿論、ラエルの商会の者や他の領地からやってくる行商人なんかは東門をくぐってやってくる。
「ひとまず西側の防壁門を改良したようです。それで問題なければ東門に着手し、防壁の改良を行っていくようです」
「わかった。今から向かうよ」
防壁の改良については急いで行わなければいけない課題だ。
領地の安全のためにもすぐに確認しに行かないと。
執務室で書類を確認した俺はすぐに準備をして東門に向かった。
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