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酒場のマスターはドラゴン


 グラブを連れて領地に戻ると、一番にグレッグが駆け寄ってきた。


「ノクト様! ドラゴンはいましたか?」


 その後ろの自警団の団員らしき者たちが固唾を呑んで見守っている。


 彼らには山にドラゴンが住み着いた可能性があると伝達し、厳戒態勢をとってもらっている。


 この後の俺の情報で行動が決まる。領地の将来的にも気になるのは当然だろう。


「ドラゴンはいなかったよ。継続して調査は続けるけど、ひとまず警戒態勢は解除していいんじゃないかな」


「本当ですか! それは良かったです。もし、ドラゴンがいたらどうしようかと……」


 グレッグがホッと胸を抑える。


「いやー、よかった。ドラゴンはいなかったらしいぞ」


「自警団なって初の討伐仕事がドラゴンとか笑えねえ」


「そもそも俺らじゃ束になっても勝てねえよ」


 俺たちの会話を聞いていたのか窺っていた自警団たちもホッとしているようだった。


 緊張した空気が四散して穏やかな空気が流れる。


 騙しているようで罪悪感が湧いてくるけど、これも騒ぎを最小限にするための処置だ。


 仕方がないと割り切ることにしよう。


「すみません、他の仲間にも伝えるように言っても?」


「ああ、早く仲間を安心させてやってくれ」


 ずっとドラゴンがいるかもしれないと緊張させるのは可哀想だしな。


 それに自警団が警戒態勢に入っているのは領民たちも気付いている。自警団がずっとピリピリしていると、他の領民も不安になってしまうからな。


「おーい、お前ら! 他の奴等にもいなかったって伝えておいてくれ!」


「「わかりました」」


 グレッグの指示を聞くと、団員たちがそれぞれの方角に走っていった。


「ところで、グレッグ。少し話したいことがあるんだけどいいかな?」


「もしかして、後ろにいる男性のことですか?」


「そうなるね。詳しくはもう一人を呼んでから伝えるよ」


「わかりました」


 そう説明するとグレッグはひとまず納得してくれたのか頷いた。


「ベルデナ、メアを呼んできてくれるかい?」


「わかった!」


 ベルデナにそう頼むと、彼女はすごい勢いで走り去っていく。


 その速度なら屋敷にいようともすぐに連れてきてくれそうだ。


「……説明だけなら私はもう帰ってもいい? 今日は少し疲れた」


「ああ、この後のことは任せてくれ。今日はありがとう」


 細かい説明にまでリュゼを突き合わせる必要はない。


 リュゼはドラゴン事件の一番の功労者だ。彼女がいなければ、グラブの存在に早く気付くことはできなかったからな。


 山の頂上部まで上ることは勿論、誰かさんのせいで精神的に大分疲れた。


 俺が了承すると、リュゼはテクテクと歩き去っていった。


 俺も説明が終わったら、早く屋敷に帰りたいものだ。


 女性たちがいなくなり、この場には俺とグレッグとグラブだけが残る。


『頂上からも見えていたが随分と立派な防壁を作ったものだ。これもノクトのスキルによるものか?』


「ああ、そうだよ。土魔法を拡大したのさ」


『ほう』


 感心した様子で防壁を見上げるグラブ。


 それから彼は等身大の景色を楽しむように周囲を見回したり、歩き回ったりする。


 それを微妙な表情でグレッグが見ていた。


 グレッグはグラブのことを知らないし、グラブのことに触れていいかもわからない状態だからな。


 会話をさせるとグラブがドラゴンだということがわかってしまい、説明の二度手間になるのでつなげることもできない。


 結果として男性三人が無言になって待つことになった。


 ベルデナ、早くメアを連れてきてくれ。


 そう願いながら待つことしばらく。


「ノクト! 連れてきたよー!」


「ベルデナさん! 走る速度を落としてくださいっ!」


 ようやくベルデナがメアを連れてきてくれた。


 手を繋いで連行されたメアがやや引きずられるような形になっているのが可哀想だ。


 別にそこまでして急ぐ必要はないが、微妙な空気だったので結果としては心の中でナイスだと言っておこう。


「はぁ、はぁ……すみません、お待たせして」


「いや、急に呼び出したこっちが悪いから気にしないでくれ」


 ひとまず、メアの息が整うようになるまで俺は待つことにした。


 さすがに今の状態では会話すらも厳しい。


「……もう大丈夫です」


「そうか。それじゃあ、今回のドラゴンについての話なんだけど……」


「……ドラゴン? なんの話ですか?」


 話を切り出したところでメアが小首を傾げて呟く。


「あれ? ノクトってば、メアにドラゴンのこと言ってなかったの?」


「…………そういえば、言ってなかった気がする」


 ベルデナに指摘されて、俺は冷や汗を流す。


 そういえば、メアを呼んだはいいが彼女にはドラゴンの調査報告すらしていない。


「ベルデナさん、なにがあったんですか?」


「えっと、実はね……」


 俺が固まっている間にベルデナが今回山に向かうことになった経緯を説明する。


 それを聞いたメアは実に不機嫌そうな表情で、


「へー、ノクト様ってば私にだけは伝えず、そんな危ないことをしていたんですね」


「いや、別に意図して伝えていなかったわけじゃないんだよ? ただ、調査を急ぐ必要もあったし――」


「あったし?」


「……すみません、ドラゴンのことで色々とテンパっていて伝え損ねていました」


 言い訳しようと思ったがメアから放たれる圧が強くなったので、素直に白状することにした。いくら弁明しようと忘れていたことは事実だ。


「別にいいですよ。状況を聞く限り早急に対処する必要があったんは事実ですし。ただ、私も聞いていれば自警団の方とも連携をとってできることがありました」


「はい、次からは連絡を怠らないようにします」


 確かにメアの言う通りだった。


 彼女にも知らせていれば自警団と連携して動くことができたし、雰囲気で異常を察して不安になる領民をなだめることもできた。


 いざという時の避難の手配だって進めることもできただろう。


 まだ自分一人で抱え込んでしまう癖が抜けていないな。


『ククク、私には強気だったであるというのに、そこの娘には随分と弱いのだな?』


「……笑わないでくれ」


 謝罪する俺の姿を見て、グラブが愉快そうに笑った。


「それでノクト様。話しというのを聞いてもいいですか?」


「ああ、待たせて悪い。さっきの山にドラゴンがいなかったって言うのは嘘だ」


「はい?」


「実はレッドドラゴンは山にいたんだ」


「えええええええっ!? ちょっと、なんでそんな嘘をついたんですかノクト様!? もう団員たちに警戒を解くように言っちまいましたよ!?」


 大慌てで叫び声を上げるグレッグ。


 傍で聞いていたメアも大声こそ上げはしないが、かなり戸惑っている様子だ。


「それが真実であれば大変です。速やかに戦闘準備を整えるのか、領民を避難させるかしないと」


「いや、その必要はないんだ」


「どうしてです?」


 グレッグの提案に首を横に振ると、メアが率直に尋ねてくる。


「ドラゴンなら既に俺たちの目の前にいるからね」


 そう告げると、グレッグとメアが戸惑いながら視線を前に向ける。


 当然そこにはドラゴンがいないが、見慣れない赤髪の男がいる。


「……まさか、目の前にいるこいつがドラゴンだとか言いませんよね?」


『そのまさかだ。私の名はグラブ。ノクトと山で出会い、領民になるために降りてきた』


 苦笑いしながら指さすグレッグの言葉にグラブが悠然と答えた。


「嘘つけ! お前、どう見ても人間だろうが!」


『ふむ、信じられないか。それならここで真の姿を……』


「それはやめてくれ。あんな姿になられたら、他の領民に見られて混乱する」


 証明するには一番それが手っ取り早いのかもしれないが、そうすれば他の誰かに見られる可能性がある。それでは内密に話している意味がない。


『それなら少しだけ晒すことにしよう』


 グラブがそう言うと、体から炎が舞い上がり彼の右腕を包み込む。


 燃え盛る赤の光は人の腕から姿を変え、強靭なドラゴンの右脚へと姿を変えた。


 グラブの異形の右腕にグレッグやメアが息を呑む。


「……マジか。一体どうなっているんだ?」


「魔物が人間になれるなんて……」


『私は【人化】というスキルを持っていてな。その応用だ』


 グラブはそのように言うと、右腕を振るう。


 すると、再び腕が炎に包まれて元のたくましい人間の腕に戻った。


「ノクト様のスキルも大概ですけど、世の中には不思議なスキルがあるものですね」


『まったくだ』


 メアの感心したような言葉にグラブは愉快そうに笑う。


「そういうわけで正体は秘密だけど、レッドドラゴンのグラブが領民として加わることになったから」


『酒場のマスターとして働き、領地に貢献していくつもりだ。よろしく頼む』


「またとんでもない秘密を知らされたもんですよ」


 悠然と微笑むグラムの言葉を聞いて、グレッグが苦笑いを浮かべるのであった。






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