人化
「……今の声は君なのかい?」
『如何にも。長きに渡って人間界を見ていると、人間の言葉も操れるようになる』
おそるおそる尋ねた俺の声にしっかりと首肯するドラゴン。
「ええっ!? 今の声、このドラゴンからなの!?」
「……高位の魔物は時に言葉を操る。私も過去に何体か出会ったことがある」
リュゼの言う通りではあるが、そのような魔物と遭遇するようなことはほとんどない。
長い時を生きるエルフでも数回程度でそう出会うものじゃない。
知識として聞いたことがあるものの、実際に人間の言葉で語りかけてくるドラゴンがいると驚いてしまう。
『私の咆哮や風圧が突然小さくなったのもその力か?』
「あ、ああ。【拡大&縮小】というスキルであらゆるもの……とまではいかないが、ある程度のものを大きくしたり、小さくすることができる」
『なるほど、聞いたことのないスキルだ。それで私の音と風を縮小したわけだな』
答えが聞けて納得するように頷くドラゴン。
「こちらからも質問をしてもいいか?」
『ああ、構わない』
「君は俺たちの領地を襲いにきたのか?」
『領地という言葉は、君たちが生活を営んでいる場所のことで合っているかな?』
「その通りだ」
『だとしたら違うな。私はここに生えている紫色の実が気になって食べにきただけだ。前から狙っていたのだが、野蛮な巨人族が邪魔をしてきてな』
「誰が野蛮な巨人族だよ!」
ドラゴンの言葉にすかさず反応するベルデナ。
『どうしてそこの娘が怒っているのだ?』
「えっと、君の言っていた巨人族というのが彼女だからね」
『そういえば、髪色や匂いが同じだ。もしかして、それもスキルで小さくしたのか?』
言語を話せるだけあってかなり知能が高い。すぐに縮小したと推測をしてきた。
「そうだよ。生き物にかけるには色々と条件があるけどね」
『となると、私にそれをかけるのも難しいということか』
「どうだろうね」
なんて誤魔化してはいるが最初に直接体を小さくしなかった時点でお見通しだろうな。
相手の身体でさえも自由自在に縮小できるのであれば、問答無用で縮小して踏みつぶすなんてこともできるのだし。
しかし、ドラゴンの口から領地を襲うつもりはない。という言葉が聞けてひと安心だ。
勿論、いきなり言葉の全てを信じるというわけにはいかないが、こうして対話をしてくれているということは差し迫った危機にはならないだろう。
もっとも、それもこれからの交渉次第ではあるだろうが。
「ナデルを食べて満足したら、また違うところに向かうという認識でいいか?」
『最初はそのつもりだったが気が変わった』
確認のために問いかけると、ドラゴンがニヤリと笑った気がした。
もしかして、今の会話で考えが変わって襲うつもりにでもなったのか?
咄嗟に警戒心を上げると、ドラゴンをすっぽりと覆うほどの炎が舞い上がる。
煌々と燃え盛る炎の中でドラゴンの体は徐々に小さくなっていく。
それに合わせてとぐろまいていた炎も小さくなり、やがて人影を残して消える。
そこに存在するのは長身の男。
その髪は燃える炎のように赤く、肌は健康的で鍛え抜かれた赤銅色をしている。
年齢は三十代中頃だろうか。実に落ち着いた顔つきの男性がそこにいた。
「……レッドドラゴンだよな?」
『そうだ。これは私のスキルの一つ【人化】というものの効果で人間と同じ身体になることができる。私が長年生きることができ、人間の言葉を話せるようになったのもこのスキルによる恩恵が大きいな』
いな』
一つ……ということはまだ他にもスキルを持っているんだろうな。
魔物にもスキルを持つものがいるのは知っているが、長い時を生きている彼がどれほどのスキルを所持しているのか不明で怖いな。
にしても、まさかドラゴンが人間になってしまうとは。つくづくスキルというものは俺たちの常識を軽々と越えてくるものだ。
「人の姿になって、気が変わったっていうのはもしかして……」
『ああ、そうだ。私も久し振りに人里で暮らしてみようと思う』
嫌な予感がしたので尋ねてみると、人の姿をしたドラゴンは実に人懐っこい笑顔で述べた。
いきなり人の姿になった辺りでそんなことを言い出すのではないかと思っていた。
「一体、どうして急に?」
『理由は三つある。それは私が暇だったから。二つ目はあなたのスキルを使えば、美味しいものがたらふく食べられるから。三つ目はあなた個人への興味だ』
「……俺への興味?」
一つ目はわかるようでわからないが、気まぐれな魔物なので理解はできる。
二つ目は元々それを条件に共存しようとしていたので食いついてきても違和感は抱かない。
ただ三つ目の理由が不可解だった。
『あなたがそのスキルを扱い、どのようにして生きていくか個人的に興味があるだけだ。珍しいスキルを持つ者は大概面白い人生を歩んでいくものだからな』
「……わかった。無暗に人間に手を出さないと誓うのであれば許可する」
完全に面白い玩具を見つけたかのようなソレであるが、それらの理由で彼がこちらに危害を出さないのであればいいだろう。
「いいのノクト!? 相手はドラゴンだよ!? 魔物だよ!?」
『それを言うならあなたも巨人族ではないか』
「私は小さくなったし、皆を襲ったりしないもん!」
『ふむ、それなら私と同じだな』
「……あれ?」
ベルデナ、論破。
完全にレッドドラゴンのペースに乗せられたな。
魔物と巨人族という存在が根本的に異なるのであるが、ベルデナはそこに気付いてないようだ。
『うむ、領主である……』
「ノクトだ。ノクト=ビッグスモール」
『ノクトの許可も貰えたことだ。これで私も領民とやらの仲間入りだな』
領民として暮らせるのが嬉しいのかご機嫌で頷くドラゴン。
「人間と暮らす以上は名前が必要だ。俺たちは君のことをなんて呼べばいい?」
さすがに領地でもレッドドラゴンなどと呼ぶことはできない。
なにか人間らしい名前が必要だ。
『……そうだな。では、以前人里に降りた時に使っていたグラブという名前を使うとしよう』
「わかった、グラブ。これからよろしく頼むよ」
手を差し出すと、レッドドラゴン改めグラブはがっしりとした手で握り返した。
「……グラブ、すんごく痛い」
『すまない。人の姿になるのは久しぶりで加減を誤った』
素直にそう言うと、グラブは力を緩めてから手を離してくれた。
すごい力だった。指の骨がミシミシと鳴って骨が折れたかと思った。
ベルデナと同じで人間サイズではあるが、身体スペックはレッドドラゴンそのものなんだろうな。
『ところで人里での私の役目はあるか?』
グラブに改めてそう言われると悩んでしまう。
戦闘力として期待するような役割を担ってもらうべきか。いや、人里での暮らしを楽しもうとしている者にそんな役割をやってくれるのか。
悩んでいると、ちょうど今とある人材を探していることを思い出す。
「グラブは酒は好きか?」
『ああ、かなり。これでも世界を飛び回って数多の酒を呑んできたものだ』
「それなら酒場のマスターというのはどうだ? 酒を仕入れて、人の集まってくる酒場でそれを提供する。酒に対する知識やちょっとした料理の腕も必要になるが……」
『任せてくれ。酒場のマスターというのをやってみるのも面白そうだ』
突然の提案であったがグラブは頷いてくれた。
世界にある様々なお酒を呑んだと言うほどの酒好きだ。
多少拙いところがあったとしても、酒に関連することなのですぐに吸収してくれるに違いない。わからないところは俺たちがフォローしてやればいいだろう。
よし、これで酒場が完成しても営業ができそうだ。
マスターが人化したレッドドラゴンという奇妙な酒場であるが、営業できればローグやギレム、他の領民も文句は言わないだろう。
「それじゃあ早速領地に向かうか」
『ああ』
「……その前にマントの一枚でも羽織った方がいいと思う」
リュゼの突っ込みでようやくグラブが全裸だということに俺は気付いた。
だって、ベルデナやリュゼも一ミリも悲鳴を上げたりしないんだもん。スルーしちゃうのも仕方がないよね?




