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レッドドラゴン

『異世界ではじめる二拠点生活〜空間魔法で王都と田舎をいったりきたり』の書籍がエンターブレイン様より3月30日発売です。三万文字の加筆をしております。

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「ガギャアアアアアアアアアアッ!」


 大気を震わせる音の波動に俺たちの鼓膜が揺さぶられる。


 即座に両手で耳を塞ぐがそれでも音が突き抜けてくる。


 特に聴覚のいいリュゼはドラゴンの咆哮がとても辛いらしく、かなり顔をしかめていた。


 遠くにいても身体の中の内臓がひっくり返されるようで気持ち悪い。


「縮小、縮小、縮小、縮小!」


 堪らず俺はレッドドラゴンの咆哮を縮小しまくる。


 すると、大音量は途端に小さくなった手で耳を塞ぐ必要すらなくなった。


 これには咆哮を上げたドラゴンも少し戸惑っている様子だ。


「……ドラゴンの声が小さくなった?」


「縮小で音を小さくしたんだ」


「……うるさかったから、とても助かる」


 音が小さくなったとわかるとリュゼは耳から手を離して、すぐに戦えるように弓を構えた。


 ベルデナもしっかりとガントレットを装着しており、戦う気満々の様子だ。


 たった三人でドラゴンを相手に勝てるのか。俺なんかが戦力になるのかは不明だが、こちらも鞘から剣を引き抜いておく。


「あいつ、やっぱり私が山に住んでいた時からウロチョロしてた奴だ! 私がいなくなったからって勝手にやってこないでよ!」


 悠然と空を飛んでいるドラゴンを見て、ベルデナがぷりぷりと怒る。


 どうやらベルデナが言っていた昔からちょくちょく追い払っていたドラゴンらしい。


 追い払えたドラゴンと同じでよかったと思うべきなのか、正直わからない。


 俺たちにとってドラゴンはドラゴンだからな。


 しかし、マズいことになった。


 まさか、ちょうど調査をしている最中に上からやってくるなんて。


 このような開けた場所で見つかってしまっては戦闘が避けられようもない。


 心の中で悪態をついている間にもドラゴンは地上へと降りてくる。


 翼をはためかせる度に風圧が襲い掛かる。


 圧倒的な質量とエネルギーだ。ただ翼を動かしているだけで身体が持っていかれそうになる。


 矢を番えているリュゼだが、あまりの風圧に矢を射ることができないようだ。


 相手の持つ身体スペックに驚愕しながらも俺は風圧に対して縮小を発動。


 身体が持っていかれそうになる風が、そよ風程度の柔らかいものになった。


 そして、ドラゴンが俺たちの目の前で着陸。


 交錯する俺たちとドラゴンの視線。


 退散しようにもドラゴンに追いかけられでもしたら余計に被害が広がる。


 領地に連れていくようなことは論外だ。逃げるにしても二次被害を出さないように逃げなければいけない。それはとても難しい。


 ならば、ベルデナに元の大きさに戻ってもらって彼女に賭けるか?


 どう動くべきか悩んでいると、ドラゴンが真っ先に動いた。


 俺たちから視線をプイッと外して、ノシノシと歩いていく。


「「はい?」」


 一触即発のような雰囲気が漂っていただけに、ドラゴンの突拍子のない動きに呆気にとられる。


「……もしかして、相手にされてない?」


「その可能性はないこともないな」


 相手は生態系の頂点に君臨するようなレベルだ。俺たちのような人間を見ても、相手にしないということは十分にあり得た。


「相手にされてないってどういうこと?」


 ふむ、身体が大きかった時間が遥かに長いベルデナにはわかりづらい考えなのだろうか。


「俺たちが外を歩いていて小さな虫を目にしても、有害でなければ何とも思わないだろ? それと同じことさ」


「なにそれ! ムカつく!」


 丁寧に説明してあげると、ベルデナもようやく理解できたのか頬を膨らませた。


 俺とリュゼからすれば見逃してもらえたことにホッとする思いであるが、ベルデナからすれば屈辱に感じたらしい。


「このー! 待てー!」


「ああっ! ちょっとベルデナ!」


 顔を真っ赤にしたベルデナがドラゴンに向かって走り出してしまったので、俺とリュゼも仕方なく後をついていく。


 本当は今のうちに撤退して情報を持ち帰りたいところであるが、ベルデナを置いていくわけにはいかない。


 巨人族であり誰よりも大きい存在だったベルデナが、舐められるなんてことはまずないからな。こういう煽り耐性が低いのも仕方がないのかもしれない。


 夢中になってドラゴンとベルデナを追いかけていると、いつに間にかルデナの畑にやってきていた。


 一体どうしてこんなところに?


「ああーっ!?」


 そう思ったところでベルデナの悲鳴が聞こえた。


「どうしたんだ!?」


「ドラゴンが私の育てていた実を食べてるー!」


 緊迫感のある悲鳴だっただけに聞いた瞬間に身体から力が抜けるような思いだった。


 わなわなと震えているベルデナの傍にやってくると、ドラゴンがナデルをぱくぱくと食べていた。


 それはもう丁寧に木に生えている実の部分だけを。


「それは私が育ててきたんだぞー! 勝手に食べるなー!」


「…………」


「無視するなー!」


 ベルデナが憤るのもドラゴンはまったく意に介さず黙々と食べ進めている。


 なんだろう。決死の覚悟でやってきたというのに緩やかなこの感じ。


「……あのドラゴンはナデルが目当てでここにやってきた?」


「そうだとすると、ベルデナが住んでいた時にちょくちょく空を飛んでいたのも納得だね」


 ドラゴンはベルデナの住んでいる洞窟を目当てにしていたのではなく、近くに生えているナデルが目当てだった。


 そう考えると、ドラゴンが飛び回っていた理由や、突然山にやってきた理由も納得できるものであった。


「ノクト、私を大きくして! アイツを殴り飛ばす!」


 育ててきたナデルを食い荒らされ、コケにされたベルデナが荒ぶる。


「まあまあ、落ち着いて。それは本当の最終手段だから」


 相手はあんな気の抜けた奴でもあるが、それでもドラゴンだ。


 戦わずに済むのであればそれに越したことはない。


 逆にいえば、あのドラゴンは食欲さえ満たすことができれば人間なんてどうでもいいのかもしれない。


 それなら食欲を満たすことさえできれば、上手くやっていくことができるのではないか。


 たとえば、定期的にルデナを与えるだけで領地を襲わず、共存できるのであればこちらとしては文句ない。無理に刺激を与えて領地を荒らされるよりもよっぽどいい。


「……何か対策を考えている?」


「餌付けしてみようかと。それが無理なら最悪の手段になるかもね」


「……わかった。いつでも逃げられるように準備しておく」


 俺のやることを察してくれたのかリュゼがそう返事した。


 昂ぶるベルデナを彼女に任せ、俺はナデルを食べているドラゴンに近づく。


 改めて近くでみるとかなりデカいな。ちょっとした身じろぎ一つで吹き飛ばされ、踏みつぶされる。


 そう考えると、足が震えそうになるのでできるだけ考えないように進んだ。


 さすがに食事を邪魔されると不快に思うのか、ドラゴンは煩わしそうな視線を向けてきた。


 身体がすくみそうになるのを押し殺しながら、俺は落ちているナデルに拡大をかけた。


「拡大」


 小さなブドウを思わせるナデルが五メートルほどのサイズになった。


 ナデルが大きくなったことで、ドラゴンも大きく目を見開く。


 他にも落ちているナデルに拡大を施していくと、同じように大きな実が出来上がる。


 小さな実をチビチビと食べていたドラゴンにとって、それはさぞ食べ応えのあるサイズになっただろう。


 拡大したナデルから離れると、ドラゴンは大きな実を一口でパクッと。


 表情を見る限り、かなり満足しているよう。


 続いて二つ目、三つ目と同じように丸呑みにしていく。


 その度に喜びに打ち震え、翼と尻尾が連動してパタパタと震えていた。


『面白い力を持った人間に出会えたものだ』


 リュゼでもなくベルデナでもない、張りのあるバリトンボイス。


 胸の奥にジーンと響くような重みのある声。


 その声の発生源は間違いなく目の前にいる巨体からだった。






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― 新着の感想 ―
[良い点] ドラゴンさん仲良くできそうでなにより [気になる点] > いつに間にかルデナの畑にやってきていた。 ベルデナがナデルの実を育ててるルデナの畑…?
[一言] お前喋れたんかい(笑)緊迫してた空気が一気にほのぼの空間に…(苦笑)
[良い点] フルーツ好きなドラゴンさんだったんですねwww ベルデナちゃんが育てた果物つまみ食いに来てたとか可愛いなwww [気になる点] もしかして、大きな果物で交渉できます?
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