フラグ
戦闘の準備を整えた俺とベルデナは中央広場でリュゼと合流し、そのままドラゴンが降り立ったと思われる山に向かった。
三人でできる限りの警戒をしながら斜面を上っていく。
今日は周囲の魔物だけでなく、空も警戒しなければいけないので少し大変だ。
救いなのは以前にグレッグと共に山頂まで行ったので、険しい道にも少し慣れていることか。
それでも油断すると木の葉で滑ったり、木の根に足をとられてしまうので注意は必要だ。
上も下も注意を怠ることはできないので、普段よりも神経が磨り減る。
それでもしっかりと足を踏み出して進んでいく。
「リュゼは山頂までの道のりは初めてだよな?」
ベルデナは巨人族として運動能力もさることながら、この山に住んでいた経験がある。
彼女がスイスイと進めるのは当然だが、リュゼの足にも迷いがなかった。
華奢な足をしているにも関わらず、軽やかに足を動かしていた。
「……ここまで上ってくるのは初めて。でも、もっと険しい山にも上ったことがあるから」
「さすがは長命のエルフ……」
やはり、俺とはくぐってきた場所の数が違うようだ。
きっといくつもの森や山なんかを渡り歩いてきたのだろうな。この山よりも遥かに危ない場所も。
リュゼの足取りの速さに納得しつつ、俺は無言で二人に付いていく。
すると、前方を歩いていたベルデナが急に立ち止まった。
一瞬魔物が周囲にいるのかと思って慌てて警戒するが、それらしき気配もない。
リュゼも同じように足を止めて警戒しているが、気配が掴めずにどこか困惑気味。
「もしかして、魔物の気配でも掴んだのか?」
「……いや、違うよ」
気になって尋ねてみると、ベルデナは首を横に振った。
「じゃあ、どうして急に立ち止まったんだ?」
「ちょっと思いついたことがあって」
「なんだい?」
「ここに石があるよね?」
ベルデナの足元には大きな直角の石があった。
とても頑丈そうな石であるが、どこにでもある大きな石で特別なものには見えない。
「この上に皆で乗って、ノクトのスキルで上にグーンと伸ばしたら早く進めるんじゃないかなーって」
「おお! ナイスアイディアだ!」
「これっていける?」
「ああ、きっとできるさ」
ベルデナの提案を聞いて、すぐにピンときた。
脳内にイメージされたのは前世でもあったエレベーターだ。
俺たちが石の上に乗った状態で拡大をかけてやれば、大きくなるエネルギーでそのまま上に昇ることができる。
上には崖のようにそびえる壁があるせいで迂回せざるを得なかったが、それをすれば大きく迂回せずに済みそうだ。
「……私には全然ピンとこない」
画期的なアイディアに興奮するベルデナと俺だったが、リュゼにはイメージができなかったようだ。
この辺りは俺のスキルを身近で見てきたか、そうでないかの差だろうか。
「とにかく試してみよう。もしかすると、大幅に時間を短縮できるかもしれないから」
「……まあ、楽ができるのなら」
少し困惑気味のリュゼだったが、ひとまず俺を信用して頷いてくれた。
ダメだったらその時は素直に上るまでだ。
早速、俺たちは大きな石に上る。
「準備はいいかい? 急に上昇するかもしれないから、しっかりバランスはとっておいてくれよ?」
「……問題ない」
「大丈夫!」
二人から了承の返事がもらえたところで、俺は足元にある石を上へと拡大した。
「拡大」
すると、足場となっている石がグーンと上に大きくなる。
それに伴いその上に乗っていた俺たちの視界もグンと高くなる。
気が付けば険しい崖が目の前にあり、俺たちは順番に足を踏み出した。
「縮小」
最後に俺が飛び移ったところで上に伸びた石を、元の大きさにまで縮めた。
「すごいや! ベルデナの考えた通りに楽に上がれたよ!」
「えへへ、すごい?」
「ああ、すごいすごい!」
まるで子供を褒めるような感じではあるが、それでもベルデナは嬉しそうに笑っていた。
「……まさかこんな風に移動もできるなんて便利」
まるで動じていないかのように見えたリュゼだが、その声音を見ると結構驚いているように見える。
通常ならば大きく迂回するはずの道をショートカットできたのだからな。さすがのリュゼも驚いたのだろう。
「ああ、俺もこんな風に使えるなんて思いつかなかったよ。にしても、よく思いついたね?」
「ノクトのスキルはよく見ているから。たまにこんな風に使えたら面白いかなーって考えるんだ」
正直、ベルデナがそこまで俺のスキルについて考えてくれているとは思わなかった。
なんだか少しだけ気恥ずかしい。
スキルをかけてもらって日常生活を送っているだけに、ベルデナは俺のスキルを意識して観察しているようだ。
「そうだったんだ。俺もまだまだスキルを使いこなしているとはいえないから、何か思いついたことがあったらすぐに言ってくれ」
「うん、わかった! もっと面白いことを考えてノクトに褒めてもらう!」
そう頼むとベルデナは嬉しそうに笑った。
「……領主様のスキルは、私の経験すらもぶち破るからズルい」
確かに滅茶苦茶なスキルである自覚はあるが、長命なエルフで複数のスキルを所有しているリュゼに言われてもイマイチ実感が湧かないや。
【拡大&縮小】スキルにはまだまだ大きな可能性がある。考え方を変え、常に模索し続ければもっと便利な使い道があるはずだ。
俺も現状に満足していないで、ベルデナのように貪欲に考えていかないとな。
自分の持っている唯一のスキルであり武器なのだから。
◆
同じようにスキルを使用して時短しながら進むことしばらく。
俺たちは山の頂上部へとたどり着いた。
「ドラゴンらしき気配はあるか?」
「……今のところはない」
「うん、いないみたい」
岩陰に隠れて周囲の気配を探ってみるが、それらしいものはないようだ。
リュゼとベルデナがいないというのであれば、ここにはドラゴンはいないのだろう。
「……食事にでも向かっているのか、それとも巣を作らずに移動したか」
「後者であれば嬉しいんだけど、ひとまず調べてみる他にないね」
このままずっとここにいても何も情報は得られない。
いないならいないでそれがわかるような情報が欲しい。
岩陰に隠れていた俺たちは周囲を探索してみることにした。
「ねえ、みてみて!」
周囲を調査することしばらく。ベルデナが地面を見ながら手招きをしてくる。
俺とリュゼがすかさずそこに移動すると、地面には大きな凹みがあった。
「……これってドラゴンの足跡じゃない?」
「この大きさだと間違いなくドラゴンだろうね」
実際にドラゴンの足跡を見たことあるわけじゃないが、この飛竜の足裏を思わせるような形はそうだろう。明らかに並の魔物では残すことのない足跡だ。
「……ということは、やっぱりドラゴンはここに降りた」
「ああ、今は気配がないからそれからどうしているのかはわからないな。いっそのことどこかに行ってくれているといいんだけど」
「……領主様がそんなこと言うから帰ってきた」
「ええっ!?」
楽観的な言葉を吐いていると、リュゼは嘆息して空を仰いだ。
そちらに視線を向けてみると、なんと空から巨大な生物がこちらに向かってくるではないか。
俺がフラグを立てるような台詞を言ってしまったからか?
体長二十メートル以上を誇る立派な体躯。全身が赤い鱗に覆われており、背中に生えている大きな翼をはためかせている。
ワイバーンは飛行型の他の魔物でもない。紛れもなくアレは……
「……レッドドラゴンだ」
ドラゴンは蛇を思わせる黄金色の瞳をこちらに向けて咆哮を上げた。
面白かったら★★★★★で応援してくれると嬉しいです!




