メアのスキル
「メア、収穫しないとすぐに食べられなくなってしまう畑を教えてもらえる?」
「わかりました。収穫ですよね?」
「うん、それもあるけど試してみたいことがあるんだ」
俺がそう言うと、メアは不思議そうにしながらも畑を案内してくれる。
「ここにあるオレの実は収穫限界です。これ以上育ってしまうと花が咲き、実が硬くなってしまいます」
オレの実というのは青い皮を纏い、中には橙色の粒のような果肉が入っている木の実だ。
日数が経過してしまうと実に花が咲き、中の果肉が硬くてなって食べられなくなってしまうのだ。
「何をなされるのですか?」
「これ以上成長すると食べられなくなるんなら、スキルで縮小しちゃえば保たせることができるかなーって」
オレの実が成長することで食べられなくなるのであれば、縮小して成長を阻止してやればいい。
実が小さくなるとオレの実が、まだ成長段階だと勘違いして花を咲かせない。そんな風になればいいなと思っている。
「なるほど! それなら急いで食べることも腐る心配もなくなりそうですね!」
「とはいっても、縮小されたまま食べられなくなる可能性もあるけど」
「それでもやってみるだけの価値はあると思います! いくつかの畑で試してみましょう!」
「そうだね」
これは決して可能性の低いものではないと思う。とはいっても、すべての食材に試すのはリスクが大きすぎるので、普通に収穫もしておく。
とはいっても、現状では領民が二人しかいないので、ほとんどの食材は無駄になってしまうけどな。
それでも俺とメアは畑を順番に回って、収穫ギリギリの食材を収穫していく。
そして、そのいくつかは収穫せずに、縮小をかけておいた。
「ふう、これで大体の食材は収穫できたね」
「そうですね」
「縮小をかけた食材も思惑通りになればいいけど」
なんて言いながらメアに視線を向けると、彼女はどこか浮かない顔をしていた。
状況としては俺のスキルのお陰で希望は見えているはずだ。それなのに、どうしてそんなに暗い顔をしているのだろうか。
「……メア、どうかしたのかい?」
「い、いえ、なんでもありません」
俺が尋ねると、メアは苦笑して首を横に振るが明らかにそうは思えない。
「メア、言いたいことや不満に思っていたりしたら遠慮なく言ってくれ。それが、別の領地に逃げたくても俺は怒ったりしないから」
「そんなことは思っていません! ……ただ、ノクト様は自分のスキルを使って必死に状況を改善できているのに、私は何一つお役に立てないことが申し訳なくて」
しょんぼりとしながら心境を吐露するメア。
どこか浮かない顔をしていると思ったら、そんなことを思っていたのか。
「そんなことないよ。メアはしっかりと領地のことを把握して働いてくれているじゃないか」
そして、何より領民全員が逃げ出した中で、たった一人残ってくれたことが何よりも嬉しかった。
一人じゃないんだということ、父や兄ではなく俺に仕えたいと言ってくれたメアの言葉は俺に希望を与えてくれた。
そんなメアが役に立っていないはずがない。
「ですが、ノクト様の方が大きな貢献をしています。私にも貢献できるようなスキルがあればいいのに……」
そんな励ましの言葉をかけるが、メアの表情が晴れることはなかった。
メアの獲得しているスキルは【細胞活性】。本人によると、ちょっとした怪我の治癒を促す作用があるらしい。
そのスキルのお陰で屋敷では擦り傷や切り傷をした際に、メアにスキルを施してもらうことが多々あった。が、【剣術】や【身体強化】などの戦闘スキルに比べると活躍の幅が狭いのは否めない。
スキルの差による劣等感を抱いてしまう気持ちはわかる。
王都でスキルを授かった時の俺も、メアと同じような悩みを抱いたからだ。
華々しい活躍をする父や兄と比べると、あまりにも地味でわかりにくいスキル。
馬車の中でメアと同じように劣等感に苛まれたものだ。
メアの気持ちを何とか明るくできないだろうか。
勿論、時間が経てば癒えるし、区切りもつくものであるが、俺と一緒にいる限りはずっと苛まれるかもしれない。
なにか俺のスキルのように新しい使い道を見つけてやれればいいのだが。
細胞の活性化、治癒の促し……
「そうだ! メアのスキルを使って作物や野菜を育ててみるのはどうだ?」
「作物や野菜をですか?」
「メアは人間の細胞を活性化させて治癒を促すことができる。だったら、植物にある細胞を活性化させて成長を促すこともできるんじゃないか?」
俺の提案に顔を明るくするメアであるが、すぐに陰りがさしてしまう。
「確かにできそうですが、私ができるのは微々たるものですよ? お屋敷でも擦り傷や切り傷の治癒を促す程度でしたし」
確かにメアの言うことももっともだ。
メアのスキルの力では畑に成長を促すには力不足かもしれない。
うん? 力不足? スキルの力が弱くて力不足なのであれば、俺が拡大してやればいいんじゃないだろうか?
いや、さすがにこれは無理か? 神殿騎士は俺のスキルを物に作用するスキルだと言っていたが、初めて見るスキルだとも言っていた。
ということは、彼の既存の知識に当てはまるスキルではないとも言える。
物以外にも作用する可能性があるのなら試してみるべきだ。
「メア、ちょっとあそこにあるカブの新芽にスキルを使ってみて! また試したいことがあるんだ」
「は、はい」
突然の提案に戸惑いをみせるメアであったが、すぐに行動に移してくれる。
メアは屈むと、まだ芽を出したばかりの新芽に手をかざした。
メアの手から淡い光が放たれて、新芽が光に包まれる。
その瞬間、メアの【細胞活性】スキルに俺は拡大をかけた。
メアのスキルが大きくなるように、【細胞活性】によって新芽がすくすくと成長するようなイメージで。
すると、メアの手に宿っている光が強く輝いた。
「こ、これは……?」
メアの【細胞活性】スキルが拡大され、新芽に力強い光が宿る。
そして、カブの新芽は瞬く間に葉を茂らせ、地面から白い根を露出させた。
「あっという間に新芽からカブに……!」
まさかと思ってやってみたが、想定以上の結果だ。
これにはスキルを発動したメアも驚いている。
「ノクト様、これは一体?」
「メアのスキルを拡大させてもらったんだ」
「私のスキルを拡大……ですか?」
「ああ、強い効果を発揮できなくても、俺が補助として拡大すれば強い効果が得られるんじゃないかって思ってさ。それにしても予想以上の効果だよ。メアのスキルも凄いじゃないか」
「そんなノクト様の力があってこそですよ」
「それでもメアの【細胞活性】というスキルがないとできなかったことだよ。これがあれば、多くの作物を瞬時に生産できることができる。これはメアの大きな貢献さ」
「私のスキルが大きく貢献……」
俺の言葉を反芻するメア。
自分のスキルによって起きる現象に理解が追い付いていないのだろう。
だが、時間が経過すると徐々に落ち着いて理解できたらしく、メアは表情を綻ばせた。
「私なんかのスキルでもお役に立てるのですね。ノクト様、ありがとうございます」
「どういたしまして」
よかった。メアが笑顔になってくれて。
嬉しそうにするメアを見て、俺も思わず頬を緩めるのであった。
次のお話も頑張って書きます。




