微かな芽吹き
「うわ、すごい人の数だな」
メアから商店が開店したと聞いたのでやってきてみると、そこには多くの人が集まっていた。
ラエル商会が各地から仕入れてきた商品を領民たちが眺めている。
ここでは手に入らないような布や綿、衣服、食器、家具、魔物の素材、アクセサリーと多種多様な品物が置かれてある。
商店の開店は待ち望まれていただけあってすごい人気だ。
かつてないほどに人が集まって賑わっている。
領民に逃げられてしまって色々と苦労してきたが、活気が随分と出てきた。
それが嬉しくて堪らないな。
ルノールをはじめとする従業員が忙しそうに対応している中、俺は隙を伺ってピコに話しかけることにした。
「ピコ、開店おめでとう」
「ありがとうございます、領主様! 皆さんのお陰でようやく開店することができました!」
俺に気付くと、ピコはにこっと愛嬌のある笑顔を浮かべてくれる。
ラエルにしごかれているだけあって笑顔は満点だね。
「調子はいいみたいだね」
「はい、特にこの領地では手に入れることの難しい布や綿、衣服なんかが人気です」
「人が増えて建物も増えてきたけど、まだまだうちにはないものが多いからね」
俺が領主になる前には、衣服屋さんや布を仕入れてくれる店もあったが、今やその領民もいない。
順調に人や建物が増えて発展しているようだが、まだまだ足りないものだらけだ。
こうやって人々が商品を買い求めている姿を見ると、それを痛感させられる。
「足りないものを仕入れて、皆さまに売るのが私たちの仕事ですから気にしないでください。全てをひとつの領地だけで賄うのは無理ですよ」
「……なんか今の台詞、どことなくラエルっぽいね?」
「あはは、バレちゃいましたか。ラエルさんがよく商売中に言っていた言葉を借りました」
気まずさを誤魔化すように頭をかくピコ。
ラエルの外面の良さは把握しているからな。ラエルが言いそうな言葉の香りがすごくしたんだよな。
ピコはまだ商人見習いの立場で経験も浅い。
この年であのようなフォローを入れられるのは、ちょっとおかしいと思ってしまった。
でも、借り物の言葉とはいえ、あのような言葉が出てくるとはラエルのことをしっかり見て学んでいるんだろうな。
「ねえ、少し気になったことがあるんだけど……」
「領民以外の方が混ざっていることですか?」
少し声のトーンを低くしながら語りかけると、ピコも同じように答えてくれた。
どうやら抱いた違和感は気のせいなんかではなかったようだ。
「ああ、その通りだ。領民以外の人がいるよね?」
開店した商店には多くの領民たちが見にきている。
それに紛れるようにして少数の見慣れない村人や、行商人らしき者たちがいるのだ。
「ビッグスモール領の商品をラエルさんが度々輸出していますからね。近隣の集落や村の方が様子を見に来たんだと思います」
「なるほど。俺たちが撒いた種がようやく芽吹きつつあるというわけか」
大森林の魔物の被害によってビッグスモール領は壊滅したなどという噂が出回っていた。
領主やその後継者とされていた人物が亡くなった上に、領民全てが逃げてしまったためにそれは間違いでもない。
しかし、現実は俺が領主となりメアやラエルと一緒に領民を集めて、こうやって復興に至っている。
いつまでも領地が壊滅したなどと誤解され、敬遠されるようでは困るのだ。
そういうこともあって、ラエルにはビッグスモール領で採れた作物なんかを近隣の村や集落に売ってもらっている。
ビッグスモール領は滅びてなんかいないぞと。このように立派な作物があるのだという証明と宣伝を兼ねてだ。
その宣伝がようやく実を結んだというわけだ。
大森林からの魔物に襲われたこともあってか、まだやってくるには時間がかかると思っていたが、様子を見にきてくれる勇気のある者たちがいたようだ。
ちょうど商店が開いた日にやってくるなんて運がいいな。それともラエルが開きそうな日にちでも教えていったのだろうか。
何にせよ、ビッグスモール領が交易するのに魅力的な領地だと教えてあげないとな。
「きゅうりやトマトにナス……こっちは夏に育て始める野菜よね? どうして夏にもなってもないのにできているわけ?」
「ほうれん草にジャガイモにソラマメにカブ!? こっちなんてどれも冬に育て始めるものじゃないか!? 一体、どうなっているんだ?」
そして、早速商店に並んでいる野菜を見て、他の領地からやってきた男女が驚いているようだ。
その背中に背負っている大量の荷物を見ると行商人だろう。
今の季節は春。しかし、店頭に並んでいる野菜は夏や冬に育て始めて収穫するもの。
こんな春先に並ぶはずがない。
前世のように農業や科学が進んでいるのであれば、年中食べることができてもおかしくはないが、ここは農業や科学が未発達の異世界だ。それらの野菜は年中食べることなんて不可能。
だからこそ、目の前に並んでいる野菜の数々に驚きを隠せないのだろう。
そんな行商人たちにピコがスッと近づく。
「ビッグスモール領では、季節外れの野菜でも育てることのできる技術があるんですよ」
「そんなバカな……」
「でも、季節外れの野菜を育てたところで味はあまりよくないんじゃないの?」
季節外れの野菜を無理に育てても栄養があまりなく、美味しくないのではないか。そんな疑問を抱いてしまうのも無理はない。
夏野菜や冬野菜にはその季節の気候によって左右されるものだからね。
「試しに少し食べてみますか?」
「ああ、頂くよ」
行商人たちが頷くと、ピコは夏野菜のきゅうりやトマト、冬野菜のカブを軽くカット。
一口で食べられる大きさのものを平皿に盛り付けて差し出した。
それを行商人たちが固唾を呑むようにして手に取り、口に含んだ。
二人は野菜を食べると目を丸くし、いそいそと確認するように三種類全てを口にする。
「どの野菜も美味しい! まるで、その季節に育てた味そのものだ!」
「信じられない。春なのに私の大好きなトマトが食べられるなんて……」
感激したような表情を浮かべる行商人の二人。
基本的にこの世界では季節が過ぎ去れば、その季節の野菜なんかは食べられないというのが普通だ。しかし、それが年中食べられるとなれば皆も喜ぶだろう。
あの女性のように大好物が毎日食べることができるし、食材が不足しがちな冬にだって安定して食べられる。
メアと俺のスキルを合体させた栽培技術は、間違いなくビッグスモール領の強みとなるはず。
「よかったらうちの野菜を買っていきませんか?」
「「是非とも買わせてくれ(ちょうだい)!」」
ピコがさりげなく勧めると、行商人の二人は即決で買い上げることを決めてくれた。
それを見て俺は思わずガッツポーズをする。
二人は一応馬車に乗ってきていたらしく、ピコと話し合うと馬車を引っ張ってきた。
そして、たくさんの食料を木箱に詰めて荷台に乗せると、ピコにお金の入った革袋を渡した。
ピコが威勢のいい声でお礼を言うと、行商人の二人は馬車に乗って去っていく。
「いやー、魔物の襲撃で壊滅したって聞いて来るのが怖かったけど、ラエルさんの言っていた通り、本当に復興が進んでいるんだな」
「それどころか立派な防壁が並んでいるし、以前よりも立派になったんじゃないかしら?どの季節の野菜も年中食べられるみたいだし、これはいい商売になりそうね」
「まったくだ」
商店を去っていく最中、二人はご機嫌の表情でそのような会話をしていた。
よしよし、いいぞ。ビッグスモール領は交易をするのに美味しい場所だとドンドンと広まってく
れ。
そうすれば、ドンドンと人が集まって領地が栄えるからな。
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