防壁門の改良案
自警団が結成されて一週間後。
俺とメアは自警団が訓練に使っているという空き地にやってきていた。
空き地では数十名ほどの団員が集まっており、木剣や木盾を使っての打ち合いが行われている。
「結構な数の団員が集まっているね。最終的に団員は何人集まったんだい?」
「三十三名です。全員が一度に集まることは難しいようですが、二十名程度は安定して集まれるようです」
俺がそう尋ねると、メアが名簿を渡して説明してくれた。
「忙しい中、それだけ集まれるなら上出来だね」
団員にだってそれぞれの生活や役目がある。
グレッグは狩猟や採取、魔物の間引きといった役割があるし、他の領民だって農業をやっている者や靴を作っている者もいる。
それらの仕事をこなした上でやってくれているのだ。ありがたいことこの上ない。
感謝の気持ちを胸に抱きながら名簿を眺めていると、一番上の団長の欄にはグレッグの名前が書かれていた。
予想されていた名前がそこに載っていることに思わず笑ってしまう。
「どうされましたか?」
「やっぱり団長はグレッグなんだなーって」
「本人はガラじゃないって渋っていたみたいですけど、押し切られたみたいです」
俺だけでなく、メアもクスリと笑いながらそう言った。
オークの戦いであれだけ皆を引っ張っておきながらガラじゃないって、グレッグも恥ずかしがり屋さんなんだな。
構成されている自警団のほとんどは戦いの素人だ。
オークとの戦いで活躍してくれたり、戦闘向きのスキルを所持しているから入っている者が多い。
そういう者たちが多く占める自警団ではあるが、冒険者として戦闘経験のあるグレッグや狩猟人、元軍人といった経験者が指導することによって頑張っているようだ。
今も俺たちの視界の中では、多くの団員たちが威勢のいい声を上げている。
「ほら、そんな腰の入ってない剣じゃ魔物に食われちまうぞ!」
素人の男性が振るった木剣をグレッグが木盾ではじき返す。
しっかりと腰が入っていないからか男性は尻もちをついてしまった。
「くっそー!」
「パパ、頑張ってー!」
「おお! パパ頑張るぞ!」
悪態をついていた男性だが子供の言葉に奮起して再び立ち上がった。
訓練に励む家族を子供や妻が応援したり、休憩中の人たちも野次を飛ばしたり、眺めたりと意外と賑わっている。
自警団の訓練場はビッグスモール領での憩い場になりつつあるな。
「……なんだか訓練を見ていると昔を思い出すな」
「ノクト様もラザフォード様やウィスハルト様によく稽古をつけてもらっていましたからね。ノクト様が何度も転ばされて……」
「もうちょっと俺が努力しているようなカッコいいところを思い浮かべてよ」
どうして一番に思い出すのが俺の情けない姿なのだろうか。
もうちょっと様になるシーンを切り抜いてほしい。
「すみません。でも、ちゃんとノクト様が頑張っている姿も知っていますよ。ウィスハルト様に注意されたことを反省し、裏庭で木剣を振るっていたことなんかも……」
「ええええ!? 何でそれを知ってるのさ! 誰にも知られないように隠れてやっていたのに!」
「うふふ、私だけでなく皆さんが知っていたと思いますよ」
メアの口から放たれた衝撃の事実。
恥ずかしくて皆に見られないようにやっていた努力が、まさか筒抜けだったとは。
空いている穴があったら入りたい気分だった。
「領主様! 防壁門に改良を入れてみようと思うんですけど改案図を見てくれませんか?」
恥ずかしさで悶えていると、分厚い紙を持ったリオネ、ジュノ、セトがやってきた。
「領主様、顔が赤いですけどどうかしました?」
「何でもない確認させてもらうよ」
とりあえず過去の出来事は横に置いておいて、リオネから書類を受け取る。
隣にいるメアにも見せやすいように広げて確認。
「まず現状の防壁門ですが、防衛力がすごく低いです。このままでは敵に攻められた際に、あっという間に突破されてしまいます」
最初のページには現状の防壁門の脆弱性を指摘する文章が書かれており、その隣にはどのように改良するのかイラストと文章でわかりやすく書かれている。
「まずは二重門を作りましよう! そうすればいざという時は門を下ろしておくだけで時間を稼ぐことができます。場合によっては敵を閉じ込めておくこともできてとても便利です」
「天井に足場を作り、そこに殺人孔を作っておけば一方的に攻撃をすることもできますよ」
「他にも地面に穴を掘って、吊り上げ式の足場を作ることによって落とし穴なんかもできます」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。少し読み込んで把握する時間をくれ」
リオネ、ジュノ、セトが改良案を一気にまくしたてるので、俺とメアの頭がこんがらがってしまいそうだ。
ただでさえ、軍事知識に乏しい俺たちだ。
魔法軍に所属していた彼らの知識にまるで追い付くことができない。
最終的にリオネたちに委ねることになるだろうが、しっかりと確認する時間が欲しい。
「すみません。つい色々と話してしまって」
「今まで軍の言う通りにしか作ることができなかったから気合いが入っちゃいました」
俺がそのように言うと、少し冷静になったのかリオネとジュノが気恥ずかしそうに言う。
そうだったな。彼女たちは重要な役割にいながら軽視されていた立場だ。
気合いが思わず入ってしまうのも無理はない。
「この書類を見ればリオネたちが、すごく真剣に領地について考えてくれているのがわかるよ。ありがとう。それに応えるためにも少しだけ時間をくれ」
「……領主様って本当に貴族ですよね?」
そのように言うと、リオネが目を丸くしながら妙なことを尋ねてくる。
「そりゃ、領主なんだから貴族だよ」
貴族でもない者が勝手に領主なんかになれば重罪だ。最悪、死刑になってしまうほどの。
「信じられないくらい良い人過ぎて……なあ?」
「うん、どこの貴族も鼻持ちならない奴が多いから。こんな風に誰かの下で働くのが楽しいと思ったのは初めてだよ」
ジュノとセトがしみじみと言う。
「そう言ってくれると俺も嬉しいよ」
領地は領民があってこそ。領民に働きやすい、生活がしやすいといってもらえるのは領主として何よりも嬉しい言葉だ。
「あの、王都にいる魔法軍の同僚を呼んでもいいですか? 友人にも誇りを持って働ける場所があるって教えてあげたいんです」
「他の仲間も増えれば、もっとすごいことができるしな!」
「僕たちだけがこんないいところにいたら嫉妬されちゃいそうです」
心地いい場所だと思ってくれることは勿論、それを誰かと分かち合おうとする姿勢がすごく好ましく思えた。
領地のためだけでなく、仲間のためにこのような提案をできる人は中々いないと思う。
「勿論、大歓迎さ。三人の仲間もやってくると俺だけでなく皆も助かるよ」
「ありがとうございます! ちょっと手紙を書いてきます!」
俺が快く返事すると、三人はぺこりと頭を下げて走り去っていった。
「リオネさんたちの同僚も来てくれるといいですね」
「そうだね。魔法使いの人が増えると色々と心強いよ」
魔法は時にスキルすら凌駕することのある能力だ。
貴族の間では魔法使いを抱える数を戦力の指標とすることもあるくらい。
それだけ魔法使いという人材は重要なので、たくさんやってきてくれると嬉しいものだ。
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