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土魔法使い


「ノクト様、少しよろしいでしょうか?」


 いつものように領地を見回っていると、メアから声をかけられた。


 振り返るとメアだけでなく、傍には一人の女性と二人の男性がいた。


 三人ともローブを身に纏っており、自分の身長ほどの長さの杖を手にしていた。


 格好を見るにこの三人は魔法使いなのだろうか? 


 うちの領地には魔法使いはいないので、外からやってきたのだろう。


 人は生まれながらに魔力を保持しているが、魔法を自在に扱えるほどの魔力と素養を持っているものはほとんどいない。


 貴族に魔法を使える者が多いのは、魔力が多い者と婚姻を重ねているからだ。


 しかし、仮に豊富な魔力を持っていたとしても使いこなす環境がなければ埋もれてしまう。魔法を扱うには知識と環境が必要だからだ。


 魔法本を手に入れて勉強したり、魔法学園に通ったり、魔法使いである師匠に教わったりと様々だが、ただの平民にはその環境を用意すること自体が困難。


 勿論、貧乏貴族であったうちもそのような環境を用意することはできておらず、俺も魔法こそ使えるものの初級魔法程度しか使えないのだ。


 そんなわけで魔法使いという存在は貴重だ。


 彼女たちがどのような思惑でやってきたのかは不明だが、うちへの志願だと嬉しいな。


「構わないよ」


 俺がそのように言うと、メアと彼女たちは視線を合わせると頷いて前に出てくる。


「あたし、リオネっていいます!」


 最初に名乗ったのはブラウンの髪をポニーテールに纏めた女性だ。


 年齢は俺より少し上の十七歳くらいだろうか。形の整った眉に気の強そうなつり目が特徴的。


「俺はジュノ」


「僕はセトです」


 リオネが名乗ると、続いて男性陣である二人が名乗りを上げる。


 ジュノと名乗った黒髪の男は魔法使いの割に随分と体格がいい。とても高身長だ。


 もう一人のセトと名乗った男は綺麗なマッシュヘアーをしており、気弱そうな顔をしている。体格も女性のように細く、典型的な魔法使いといったイメージだ。


「ビッグスモール領の領主をしているノクト=ビッグスモールだ。俺に何か用かい?」


「あの! あたしたちを雇ってくれませんか? 王都に出ていた張り紙に魔法使い募集と書いてあったので」


 尋ねると、リオネが懐から募集の紙を取り出した。


 ラエルに頼んでおいた人材募集の張り紙を見て、わざわざ王都からやってくれたらしい。


 うちには魔法使いがいない。魔法使いである彼女たちが領地にやってきてくれるのなら嬉しいことこの上ない。


「ということは、君たちは魔法使いなんだね?」


「はい! ただ、その……」


 期待を込めて尋ねるとリオネが頷いた。しかし、すぐに表情が曇ってしまう。


 どうしたのだろう? 魔法使いなのであれば、もう少し胸を張ってくれてもいいのだが……。


「……もしかして、駆け出し魔法使いとか?」


 気まずそうな顔をする彼女たちの表情を見て、俺は予想したことを尋ねている。


 しかし、リオネは首を横に振った。


「いえ、一応あたしたちは王国魔法軍に所属していました」


「エリートじゃないか。どうしてそんなに自信がなさそうにしているんだい?」


 王国軍に所属できたということは、魔法学園を卒業して魔法軍の試験にも合格できるほどの猛者。


 そんな彼女たちがどうしてそんなに自信なさげにしているのかよくわからない。


「俺たちが所属しているのは工兵部隊なんです」


「工兵部隊?」


 魔法軍については知っているものの、その細かい部隊の役割について知らない俺は首を傾げる。


「遠征に付いていって土魔法で拠点を作り上げたり、地形を整理したりというのが主な仕事です」


「食事の時にテーブルやイスを作ったり、討伐部隊についていく雑用係みたいなもんです」


 セトとジュノがどこか乾いた笑みを浮かべながら説明してくれる。


 なるほど。一般人が想像するような魔法で魔物を一掃するような魔法部隊ではないということか。


「あたしたち三人とも土魔法しか使えない魔法使いなんですけど、雇ってくれませんか?実戦経験は少ないですけど、魔法部隊に所属していたので知識はあります! お願いします!」


 リオネが頭を下げると、ジュノとセトも揃って頭を下げてきた。


 魔法使いが自ら雇ってくれと懇願してくる事態に俺は思わず困惑する。


 案内してくれたメアもこれには驚いているようだ。


「三人とも頭を上げてくれ」


 俺がそう言うと、三人はゆっくりと顔を上げる。


「魔法軍の工兵部隊っていうことは、君たちは拠点作りのスペシャリストってことだよね?」


「え、ええ、まあ……」


「土魔法で何かを作るのは慣れています」


「実はそういう人材が欲しかったんだ」


 俺が本心を告げると、三人は呆気にとられたような顔をする。


「え? でもいいんですか? あたしたち土魔法しか使えませんよ?」


「十分だよ。色々な魔法が使える魔法使いも素晴らしいけど、今一番欲しいのは土魔法使いなんだ。それも少しできる程度じゃなく、精通しているといっていい魔法使い」


 リオネたちの来訪には運命というものを感じた。


 今一番欲しいのは魔物を倒せるようなすごい魔法使いじゃなく、彼女たちのような土魔法に特化した魔法使いが欲しかったのだから。


 俺も土魔法を使うことはできるが、魔法を使ってスキルも使うとなればかなりエネルギーを消費する。それに倒れたらメアに怒られる。


 たった一人では俺の未来予想図にたどり着くことはできない。


「……何か僕たちに任せたい仕事があるんですか?」


「ある。それは領地の防壁作りさ」


「遠目に見てもしかしてって思いましたけど、あれって……」


「そう。土魔法のアースシールドで作っているんだ」


 俺が防壁を指さすと、まさかとばかりに三人も視線をそこにやる。


「確かにそれっぽいとは思っていましたけど、どうやってあんな大きさのものを?」


「あんな大きさのものをいくつも並べるなんて、魔法軍を総動員しても何か月かかるか……」


 普通に考えればそうであろう。


 魔法は発動する規模が大きくなればなるほど魔力が必要とされ、扱いも困難なものとなる。


 ちょっとやそっとの魔法使いを揃えた程度では不可能だ。


 土魔法を扱う彼女たちは、そのことがよくわかっているからこそ驚いているのだろう。


「それを今から見せてあげるよ。付いてきてくれ」


 俺のスキルのことは口で説明するよりも見せてあげた方が早い。


 なにせ説明しても実際に目にしてみないと信じがたいことだからだ。


 少し戸惑い気味の三人に付いてきてもらって、俺は防壁の端まで移動する。


 魔物が侵入してくる可能性の高い大森林側には防壁がしっかりと並んでいるが、それ以外の場所はまだまだ空っぽだ。


 防壁が途切れている場所にたどり着くと俺はそこで足を止める。


「リオネ、土魔法で並んでいる防壁と同じものを作ってくれるかい? ただし、形は小さなものでいい」


「わ、わかりました。『アースシールド』」


 そう頼むと、リオネは戸惑いながらもアースシールドを作ってくれた。


 小さくてもいいと言ったがこちらに気を遣ったのか、民家の扉ぐらいの大きさのものだった。


「さすがは土魔法のプロ。俺なんかより発動も早いし精度も高いや」


「い、いえ、そんな……」


 いとも簡単にやってくれたけど、俺がここまでの形にするのにどれだけ時間をかけたことやら。


 やっぱり、ちょっと齧った程度しか使えない俺とは根本的な実力が違うな。


「それでこれをどうするんですか?」


 褒められて照れ臭かったのかリオネが少し早口で話題転換をする。


 そんなところが微笑ましいが初対面の年上をからかっては失礼なので素直に乗る。


「ここからが俺の出番さ。拡大」


 リオネに作ってもらったアースシールドに拡大を施す。


 すると、扉サイズのアースシールドがぐんぐんと拡大されて巨大な防壁となった。


「ただのアースシールドがあんなに大きく!?」


「一体どうなってんだ?」


 目の前で起きた現象が信じられないのか、リオネたちが口をあんぐりと開けて驚いた。


「……このあり得ないと言わざるを得ない現象……領主様のスキルですか?」


「ああ、俺のスキルは【拡大&縮小】といって、ああやって物を大きくしたり小さくしたりすることができるんだ」


「なるほど。この領地にある王都にも負けない防壁は領主様の仕業だったのですね」


 俺の説明にどこか納得したように頷くセト。


「そういうわけで三人には防壁造りをやってほしい。巨大な防壁で俺たちの領地を囲むんだ。勿論、防壁をただ作るだけじゃなく、軍での知識を生かして防衛力を高められるように改造してほしいとも思っている」


 現状作り上げられている防壁は、オークの大群に備えて急ごしらえで作ったもの。


 あくまで最低限の機能は備えているものの、これから大森林の魔物を警戒し続けて、いざという時に迎撃するとなるとかなり心許ない。


 実際に使ってみて通路の狭さで人が混雑するところもあったし、敵からの飛び道具を撃たれた際の備えもロクになかった。


 攻めてくるのが魔物だけとは今後限らないので、きちんとした防衛設備を整えたいと思っている。


「そんな領地の防衛に関わる大仕事をあたしたちなんかに任せていいんですか?」


「なんかじゃない。君たちにしかできない作業だろう?」


 防壁の生産、防衛を想定した改造。


 それらは実際に戦いを経験し、拠点を築いてきた彼女たちにしかできない仕事だ。


 王都にいる魔法軍よりも、ここにいる誰よりも彼女たちが相応しい。


 そんな風に言うと、リオネたちはぶわっと涙を流した。


「えええ? 泣いた?」


「ありがとうございます。そんな風に言ってもらえたのは初めてで……」


「俺たち、土魔法しか使えなかったから給料は安いし、土いじり部隊とか馬鹿にされていたんで」


「領主様にそんな風に言ってもらえて感激です」


 ……お、おお。どうやら彼女たちは軍ではあまりいい扱いを受けていなかったようだ。


 仕事ぶりを聞く限り、工兵部隊もすごく大事だと思うんだけどなぁ。


「そうか。大変だったんだな」


 まあ、前世の会社なんかでも重要な役職の人が評価されないということがよくあった。


 組織も大きくなれば末端まで目が届かなくなり、正しい評価もできなくなるのだろう。


 うちも将来はそうならない可能性はゼロではないが、そうならないように気を付けないとな。


「ひとまず、この募集の条件で働いてくれるかな? 勿論、他の領民と同じように家や畑、それに食料も援助するよ」


「「「是非お願いします!」」」



 こうして俺の領地に土魔法使いが三人加わるのであった。




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[一言] 道の整備だけでも破格なのに 土魔法の扱い低すぎッて 軍の教育大丈夫か?
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