大きくなっても変わらない
ピピルの背中に乗っていると身体を微かな浮遊感が襲い、ドンドンと視線が高くなっていく。
それは俺たちの元の身長を遥かに超える高さで、あっという間に空へと舞い上がった。
「すごく高い!」
「わああっ!」
空に上がるなり楽しそうな声を上げるククルアとハンナ。
その無邪気な笑顔を見ていると、危ないから大人として止めようなどという思いは霧散した。
空にきてしまった以上、止める術などないしな。こうなれば俺も思いっきり楽しむことにしよう。二人の楽しそうな姿を見ていると、俺の子供心が刺激されてしょうがない。
「景色が綺麗で風が気持ちいいや」
目の前には青い空が広がり、白い雲が間近に感じられた。手を伸ばせば触れられるのではと錯覚しそうになるくらい。
地上から見上げる空とは違い、空中から眺める空はとにかく雄大だな。
「あっ、私の家が見える!」
「うちの宿屋も!」
目下には小さくなったビッグスモール領が見えており、ククルアとハンナがそれぞれの家を指さしていた。
高所から見下ろすと領地の様子がよく見える。
一番目立つのは俺が作った防御壁だろうか。空から見下ろしてもその存在感は健在だ。
俺やベルデナ、メアが住んでいる屋敷や、宿屋や商店、立ち並ぶ民家や畑などなど。
普通の肉眼では細かい領民の様子は見られないが、俺には拡大スキルがある。
視力に拡大を施すと、視界がグンと鮮明になり、地上にいる領民たちの表情すら見えた。
「こうやって空から見下ろすと、俺たちの領地が発展しているのがわかるな」
領民が逃げ出す前の頃は、人口こそ多かったが宿屋や商店などの大きな施設はなかった。
前になかったそれらを俺たちが作り上げたと思うと、何とも誇らしい気分だ。
チラリとベルデナが開墾している辺りに視線をやると、空き地がかなり耕されているのが見えた。
つい先ほどまで空き地だったのにもうあそこまで耕すことができたのか。
ベルデナの開墾速度に感心していると、不意に彼女がこちらを見上げているような気がする。
まさか、ピピルの上に乗っている俺たちが見えるのか? などと疑問に思っていると、こちらを指さしてはしゃぐベルデナの姿が見えた。
「ノクト様、どうしたの?」
ベルデナを凝視していると、ククルアが首を傾げて尋ねてくる。
「ベルデナが俺たちに気付いたみたい」
「ベルデナが!? どこどこ?」
「あそこだよ」
広大な風景から一人を見つけだすのは難しい。
俺が指をさしてやるが、ククルアとハンナの反応は芳しくない。
「うーん、何とかなくベルデナの髪色っぽいのが見えるかも?」
「えー、私には全然わかんないや。領主様もそうだけど、ベルデナさんもよく下から見えますね」
身体能力が高いとされる獣人のククルアで辛うじてなので、人間のハンナでは見えないようだ。
「俺は視力をスキルで強化しているからね」
「領主様のスキルって本当に便利ですね。私も便利なスキルを授かるといいなぁ」
巨人族の身体スペックは桁外れだな。
こっちは視力を拡大してハッキリ見えるくらいだと言うのに。
「手を振ってあげよう!」
「ああ、そうだね」
ククルアの提案に乗って、俺たちはこちらを見上げるベルデナに手を振ってあげる。
すると、地上にいるベルデナも笑顔で手を振り返してくれた。
◆
ピピルの背中に乗って空の旅を楽しんだ俺たちは、ガルムの家の傍に降り立った。
ピピルの背中から地面に降りると、少しホッとする自分がいた。
空の旅は大変魅力的であるが、もし落ちてしまったらと無意識に考えてしまう自分もいた。
何度も乗れば慣れるのであろうが、長年過ごしてきた地上に安心感を抱いてしまうのは当然なのだろうな。
「楽しかったねククルアちゃん」
「うん! ピピル、ありがとうね!」
ホッとしている俺とは対称的に、満喫したと言わんばかりのハンナとククルア。
空の旅が楽しくて仕方なかったらしい。
二人は笑顔でピピルの体を撫でて礼を言っている。
俺も同じようにピピルを労うために体を撫でさせてもらった。
「さて、そろそろ元の大きさに戻ろうか」
「「えー」」
頃合いがいいのでお開きにしようとしたが、ものの見事に二人に反対されてしまう。
「もう少しこのままじゃダメですか?」
「もっと遊びたい!」
「小さくなった身体はいつも以上に危ないんだ。普段は何とも思わないサイズの虫や動物に襲われる可能性も高いからね」
「……わかりました」
縮小サイズでいることの危険性を説くと、二人はしょんぼりとしながらも頷いた。
ひとまず理解してもらえたので俺は二人に拡大をかけて、身体を元の大きさに戻す。
自分にも同じように拡大スキルをかけて、身長を元の大きさにした。
低かった視線があっという間に高くなり、世界が自分よりも小さくなる。
まるで空想の世界から現実の世界に引き戻されたかのよう。
ハンナはまださっぱりとした感じだが、ククルアはそれを強く感じたのか元の大きさに戻ってもしょんぼりしていた。
よほど縮小して見えた世界が楽しかったのだろう。でも、それは少しだけ違う気がする。
「そんなに残念がらなくてもまだ遊べるじゃないか」
「え?」
「元の大きさに戻ったからといって、二人が遊べなくなるわけじゃないよね?」
「……あ、うん」
ククルアにとって楽しかったのは、縮小世界を通じてハンナと自然に遊べたことだと思う。
あの世界ではククルアにとって俺やハンナしかいなかった。
いつも生きているようなしがらみを感じることなく、のびのびとハンナとも過ごすことができただろう。
拡大されて元の大きさになってもハンナの人柄や、先程過ごした時間が変質するわけではない。
軽く背中を押してあげると、ククルアはハンナの方を見る。
ククルアは何かを言おうと口を開いたり閉じたり。
それでもハンナは苛立つことなくククルアの言葉を優しい眼差しで待っていた。
やがて勇気が出たのかククルアがもじもじとしながら小さな言葉で言う。
「……え、えっと、ハンナちゃん。もうちょっと遊ばない?」
「はじめて名前を呼んでくれて嬉しい! うん、ククルアちゃん遊ぼう!」
その言葉を待っていたとばかりにハンナは頷いて、ククルアの手を取った。
人間に対して苦手意識を持っていたククルアが確かに一歩進んだ瞬間だった。
人は同じ体験や作業を共有すると自然と仲良くなれることが多い。
だから、普通に遊ぶのではなく、こうやってちょっと変わった遊びや体験を通じて仲良くなれたらいいなと思った。
「ククルアがあんなにも楽しそうに。ノクト様、ククルアのためにありがとうございます」
家の周りを仲良く走っている二人を眺めていると、ガルムが傍に寄ってきた。
畑仕事もすっかりと終わり、ククルアとハンナを眩しそうに見つめている。
俺とガルムの考えたククルアの友人作り作戦は成功のようだ。
「オリビアに仕事を頼んだ俺も悪かったしね。それに領民の相談に乗るのも領主としての務めだよ」
領主は領民に支えられてこそ生活できている。彼等のお陰で領地は繁栄していくのだ。
そんな領民の悩みに寄り添うのは当然だ。
「いつも本当にありがとうございます。ノクト様のいる領地にやってくることができて、本当に幸せです」
「そんな大袈裟な。恥ずかしくなるからやめてよ」
「いいえ、これからもきちんと言わせていただきますから」
俺は気恥ずかしさを誤魔化すために、楽しそうに走り回るハンナとククルアの方に視線をやるのであった。
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