ククルアの友人作り計画
ベルデナが鍬の扱いをマスターすると、俺は休憩をかねて散策をすることにした。
長時間立っていると中々に足にくるからな。少し歩き回って凝り固まった筋肉をほぐしたい気分だった。
ちなみにまだまだ体力のあるベルデナは今も空き地を耕してくれている。監督役としてメアをつけているので暴走することはないだろう。
体力に満ち溢れているベルデナが開墾に加わってくれれば頼もしいことこの上ない。
魔物の間引きや俺の護衛があるとはいえ、作業速度が段違いだからな。
人間の社会で生活する上でも是非とも慣れてほしいものだ。
そんな感じで領内を歩き回っていると、ガルムとククルアが木陰で座っていた。
いつものように農作業をしていたり遊んでいたりするのであれば、あまり気にしないのであるが、二人の表情はあまり優れているように見えない。
ククルアは三角座りをしていじけているように見えるし、ガルムもどこか困っているような雰囲気だ。
もしかして親子喧嘩だろうか? 他人の家庭に首を突っ込み過ぎてはいけないとは思いながら、どうしても気になってしまって声をかける。
「ガルム、どうかしたのかい?」
「ノクト様! これはその何というか……」
「もしかして、親子喧嘩かな?」
「いえ、そうじゃないんですよ」
どこか茶化しながら言うと、ガルムは少し困ったような顔をする。
「言いにくいことなら無理に聞かないけど相談にはいつでも乗るよ?」
そのように言ってみると、ガルムがこちらに近付いて小声で打ち明けてくれた。
「その、恥ずかしながらいつも傍にいたオリビアがいないもので、ククルアは寂しがっているようで……」
「あー……」
母親が大好きな子供であれば、一度は通る道のりなのかもしれない。
その原因を作ったのが俺なのでガルムも言い難かったのだろう。
「それは悪いことをしてしまったね。オリビアには俺から頼んで戻ってもらおう」
オリビアは俺が頼んだから宿の手伝いをしてくれている。
働き初めて早々で悪いが、領主である俺が言えばまたいつもの生活に戻ってくれるはずだ。
ククルアと過ごす時間も多く増えるだろう。
そのように思っての提案だったがガルムは首を横に振った。
「いえ、そこまでして頂く必要はありません。妻もノクト様から頼りにされ、役割を貰えて嬉しがっているんです」
「でも、それじゃあククルアが……」
領内に貢献してくれるのは嬉しいが、さすがに領民の家庭を壊すようなことはしたくない。
「ククルアはもう十歳です。母親が傍にいないだけで寂しがるようでは、これからの生活にも支障が出ますから」
前世なら十歳であれば、小学生高学年か。
まだ母親とべったりでもセーフかもしれないが、それでも学校に通っている間は会えないのが普通だ。
平和な前世の子供でもそうなので、成人年齢が早いとされるこの世界でべったりというのは甘えていると捉えられるかもしれない。
「そうか」
ガルムやオリビアがそのように判断してやっているのであれば、俺としては強くは言えない。
何せ俺はガルムのように子供を持ったことがないのだから。
「オレだけで寂しさを紛らわせることができればいいのですがね。なんだか恥ずかしい家庭事情を晒してしまってすみません」
「いや、気にしないでくれ」
母親と娘の仲の良さには父親には真似できない部分でもある。
母と娘は親子でありながらも親友のようなものだ。
普段は働きに出ている父親が埋めるというのは難しい。
過ごした時間や遊んだ時間も違うからな。
「本当はオリビアのように宿で働いて、他の人と交流を持てれば……までとはいいませんが、ハンナちゃんのような同じ年頃の子と仲良くなってくれればと思います」
「友人がいれば、寂しさを感じないかもしれないしね」
たとえ、大好きな母親と一緒にいれなくても仲のいい友人がいれば楽しく過ごせる。
ガルムはククルアにそんな風に過ごせるような友人を作ってほしいのだろう。
「ちなみにククルアに友人は?」
「オレの知っている限りで仲良くしているのはノクト様、ベルデナさん、メアさんくらいかと……」
自分がそこに含まれていることは嬉しいが、見事なまでに同年代の友人がいない。
確かに俺を除くとベルデナやメア以外に誰かと話している姿は見ないな。
「領地には他に子供もいるんですけどね。やはり、獣人だから避けられているのでしょうか?」
おっと、自らの娘のことを思うあまりガルムの思考がマイナス方面に向かっている。
「いや、そんなことはないよ。現にオリビアやガルムにはたくさんの人との関わりがあるじゃないか」
「そ、そうでした。つい、失礼なことを言ってしまいすみません」
「大事に思うあまり悪い方に考えちゃうこともあるものさ」
俺も領地のことを考えていると、つい悪い方に悪い方にと思考が向かってしまうことがある。最悪のケースを想定するのは悪いことではないが、常にその事ばかり考えていても前に進むことはできない。
「どちらかというと友人ができない理由は、ククルアの内気さにあるのかもしれないね」
「そうですよね。あの子はオレやオリビアと違って人間に慣れていませんから」
少し悲しそうな表情でガルムが言う。
ガルムたちは前に暮らしていた村で人間から迫害を受けていたと聞く。
大人であるガルムとオリビアはともかく、子供であるククルアが人間に対して強く怯えを抱いてしまうのも無理はないだろう。
人間に対して強い恐れと不信感を抱いていてもおかしくはない。
だけど、俺の領地にはそのような迫害をする者は一人もいない。とまで断定はできないが、そのようなことを起こす人物はいないはずだ。
ククルアがこれから生活していく上でも何とか乗り越えてもらいたい。
「……ちょっと俺がきっかけを作ってみようと思うんだけどいいかな?」
そう考えた俺は手を貸してみることにし、ククルアの友人作りのための作戦をガルムに伝えた。
「いいですね! 是非、お願いできますか?」
「任せてくれ」
結果としてガルムはそれを許可してくれて、俺は早速行動に移すことにした。
◆
ガルムのところから離れた俺は、再び宿屋に戻ってきた。
理由はククルアの友人になってくれそうな少女に会うためだ。
人間に慣れてもらう意味でも、手始めに年の近いハンナとでも仲良くなってほしい。
彼女は性格も明るく実にいい子だ。同じ年頃であるククルアと友達になりたがっていたようだし、俺の誘いに乗ってくれるのではないかと思う。
食事時を過ぎた宿屋はどこかまったりとした空気が漂っており、昼食を食べ損ねた領民がまばらに座っている程度。
フェリシーがカウンターに立ちながら皿を布巾で拭い、お客と談笑している。オリビアは空いてるテーブルを拭き掃除している模様。
宿の外庭に視線を向けると、そこにはハンナが丸太のイスに腰かけていた。
日光を浴びながら気持ちよさそうに鼻歌を歌って、足をプラプラとさせている。
見たところ何かの仕事をしているようには見えないな。
「やあ、ハンナ。今は休憩中かな?」
「領主様!? は、はい! お客さんがいなくなってきたので休憩していました!」
声をかけるとハンナが驚き、速やかに立ち上がる。
まだ領主である俺に慣れていないのか、ちょっと緊張気味の様子だ。
少女に緊張感を与えると申し訳ない気持ちになるが、こればっかりは慣れてもらうしかないな。せめて怖い人だと思われないように優しく接しよう。
「お母さんかお父さんを呼びましょうか?」
フェリシーかリバイに用があると思われたのか、ハンナがそのように言ってくる。
「いや、今回はハンナに用があるんだ」
「私ですか?」
「うん、実はククルアと一緒に遊ぼうと思ってね。ハンナが嫌じゃなければ一緒に遊んでくれないかな?」
「ククルアちゃんと! いいんですか?」
「勿論さ。ただククルアは内気だから反応が良くないかもしれないけど、それでもいいなら……」
「大丈夫です! 私、ククルアちゃんとお友達になりたいので!」
過去の事を話すわけにはいかないので濁した言葉になるが、それでもハンナは気にすることなく頼もしい台詞を言ってくれた。
「前からククルアのことを気にしていたもんね。やっぱり同じ年頃だからかい?」
「それもありますけど、ククルアちゃんってすごく可愛いじゃないですか! それにピンと立った耳にフワフワとした尻尾! 是非お友達になってモフモフ――じゃなくて仲良くしたいんです!」
ククルアと仲良くしたい理由を熱く語ってくれるハンナ。
獣人を忌避する可能性はまったくなさそうなので安心したが、その迸る獣人愛が少しだけ心配だった。
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