宿の食堂
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よろしくお願いします。
「まさかもう出来上がるとは……」
「ああ、予想外だ」
目の前にある商店と向かい合うように建っている宿屋を見上げて、メアと俺は呆然と呟く。
酒場の建設を約束したお陰か商店と宿屋はギレムとローグが速攻で組み上げて、俺の拡大で完成となった。
ドワーフの仕事が早い。というか早すぎる。いくら拡大があるとはいえ、一週間も経たずに出来上がってしまうとは予想外だ。
「ギレムさんとローグさんの仕事量がここ数日でグングンと上がっています。何かあったのでしょうか?」
メアが手元にある書類を見ながら小首を傾げた。
「二人にいずれ領内に酒場を作るって約束したんだ」
「なるほど。それで以前よりもやる気がみなぎってらっしゃったのですね」
俺の言葉を聞いて、メアが納得したように頷いた。
ドワーフが酒好きというのは、この世界では誰もが知っている一般常識だった。
彼らの酒への執着はすさまじく、酒が出汁になっているならば当然と理解できるものだ。
懸念しているのは二人がスピードを止めることなく、続々と武具や家庭用品の増産をし続けていること。
その黙々と生産を続けている二人の姿勢が、俺には酒場建設を急げと言われているようだ。
「メアに相談する前に約束してごめんよ」
「いえ、商店や宿ができれば人も増えます。それに最近は移民も増えてきて、そういった施設も必要だと思っていましたから」
よかった。どうやらメアも俺と同じ考えのようだ。
ここ最近は領民も増えてきたからな。
皆には色々と不便をかけているだろうし、オークの襲撃事件もあった。
そろそろ皆のストレスを発散させるような娯楽の場は必要だな。
まだ酒場の他に優先して作ってもらうべきものは多いが、頃合いを見て建設を頼むことにしよう。
「ひいいいい! なんで設計図を確認して三日後に店ができるんですか! もっと時間がかかると思っていたので準備ができてませんよ!」
「今、文句を言っても仕方がないだろう。店が早く開けるのはいいことだ。急いで準備を進めるぞ」
商店ではピコが悲鳴を上げて、ルノールが宥めている。
「商店の方は準備が大変そうだな」
「ノクト様とラエルさんがお店を作る約束をして、それほど日が経過してませんからね」
ぼんやりと商店を眺めてコメントすると、メアが苦笑する。
一から店を作るのにこんなに早くできるとは普通思わないよな。
ピコの気持ちも大いにわかるけど、俺たちのためにも頑張って一日でも早く開店できるようにしてほしいものだ。
ビッグスモール領で初めての商店とあってか、領民からの期待も多いに高まっている。
お店ができれば人も集まり、賑わう。俺としても開店するのはとても楽しみだ。
「反対に宿の方は順調そうだな」
一方、宿屋は俺が初期費用を投資したお陰か、既に開店できている。
「はい、今の段階では旅人がやってくることはありませんが、ラエル商会の従業員に利用してもらっているようです」
今までは商いにきてもらう度に、従業員たちは領民の家にお世話になっていたようだから。
それでも問題なかったかもしれないが、気を遣うことも多いらしかったので宿屋の建設は強く望まれていたそうだ。
今では利用してもらう中で問題点や見つけて改善したり、足りないものを買い足したりと順調に営業できている模様。
「宿の外まで並んでいる列は食堂目当てかな?」
「一階で食堂を開いており、領民たちの多くが利用しているそうです。料理上手のリバイさんとフェリシーさんに加わり、オリビアさんも加わっているので料理の評判はとてもいいようです」
「確かにあの三人の料理なら美味しいこと間違いなしだね」
「せっかくですし、今日の昼食は食堂で食べましょうか」
「賛成!」
開店準備の頃は忙しいだろうと思って顔を出していなかったので、メアの提案はとても嬉しいものだった。
二人の意見が一致すると、俺たちは宿屋の列の最後尾に並ぶ。
「ノクト様、俺たちのことはいいのでお先にどうぞ」
すると、並んでいた領民たちがこぞっと先を促してくる。
「いや、そういうわけには……」
「領主様を後ろに並ばせて食べるなんてできませんよ。ささ、どうぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えることにするよ。ありがとう」
仮に俺たちが気にしなくても、領民たちは気にするだろう。
俺は彼らの気遣いに甘えて前に進ませてもらうことにした。
先頭で待っていると、程なくしてハンナが出てくる。
「お次のお客様、どうぞ――って領主様!?」
俺とメアを見るなり驚くハンナ。
「やあ、せっかくだから今日はここで昼食を頂こうと思って」
「すみません、領主様をお待たせしてしまって!」
「大丈夫だよ。俺たちは今来たところだから」
「は、はい! すぐに案内しますね!」
ハンナは戸惑いながらも宿屋の娘としてしっかりと案内してくれる。
宿の中に入ると、一階には宿泊客の受付スペースがあり、その奥には多くの領民で賑わっている食堂があった、
食堂に入るとテーブルやカウンターにはぎっしりと領民が座っており、美味しそうに料理を楽しんでいた。
「こちらにどうぞ!」
「ありがとう」
ハンナが案内してくれたのは窓際のもっとも広いスペース。六人くらいは座れるようなまったりとした窓際のソファー席。
本来なら大人数の客を座らせる場所だと思うが、俺たちのために気を遣ってくれたのだろう。ハンナの気持ちがよくわかったので素直に礼を伝えておく。
「お母さん! 領主様がきてくれた!」
「ええっ! 本当!?」
「ノクト様が?」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません、領主様!」
まさか俺が来ているとは思わなかったのかフェリシーとオリビア、リバイが厨房から慌てて出てこようとする。
しかし、これだけの客がいる中でそこまでしてもらうのは申し訳がない。
「そこまで気を遣ってもらわなくていいよ。今日は様子見がてら、食事を楽しみにきただけだから」
「す、すみません」
やはり忙しかったのだろう。そう言うと、リバイとフェリシーは頭を下げるとすぐに厨房に戻っていった。
もう少し落ち着いた頃に来れば良かったかな。でも、普段の営業している感じも気になったし仕方がないか。
「ハンナちゃん、宿のお仕事はどうですか?」
「お客さんも皆優しいし、お仕事が楽しいです!」
メアが宿屋の様子を尋ねると、ハンナは実にいい笑顔でそう言った。
「それは良かったですね」
「うん!」
子供であるハンナが楽しいといえる状況なら良かった。
すぐに外からの客がやってくるかはわからないが、領民が十分と客として機能しているので問題ないだろう。
「ご注文は何にしますか?」
ハンナにそう言われて俺とメアは壁にかけられている木札を眺める。
色々な家庭料理やちょっと凝った料理も書かれているが、すぐに決めるとなると悩んでしまう。
「オススメはあるかい?」
「今日は鍋がオススメです。ノクト様に拡大してもらった大きなネギに、大きな豚肉が巻かれているので美味しいんです!」
「それは美味しそうだね。メアもそれでいいかい?」
「はい、それにしましょう」
「ということで、それを二人前でお願いするよ」
「かしこまりました!」
そのように注文するとハンナが元気な声を上げて厨房に伝えにいった。
そして、それが終わるとすぐに他のお客さんに呼び止められ、笑顔を振りまいて注文を受けている。
ハンナは既にこの宿で看板娘として活躍しているようだ。
「お待たせしました。今日のオススメ鍋です」
しばらく食堂の様子を眺めながら待っていると、ほどなくしてオリビアが鍋を持ってきてくれた。
結構な大きさの鍋なのでオリビアが代わりに配膳しにきたのだろう。
「美味しそうですね!」
「ああ」
鍋には大きなネギの豚巻きが浮かんでおり、白菜やキノコ、ほうれん草などが入っていた。
しっかりと出汁をとっているのか、鍋からは優しい香りがする。
「お注ぎしますね」
メアがお玉を手に取って、具材を茶碗に入れてくれた。
少し白菜やほうれん草が多いように感じるのはメアの優しさかな。
「それじゃあいただこうか」
「はい!」
メアが自分の分を入れるのを待ってから食べる。
まずはメインのネギの豚肉巻きから。
口に入れるとネギのシャキッとした食感。ネギの甘みとよく染み込んだスープの出汁が広がる。
「これ美味しいね!」
「ありがとうございます。ノクト様が食材を拡大してくださったお陰で存分に使えます」
素直に感想を述べるとオリビアが嬉しそうに笑った。
「……微かに生姜の風味がします」
「今日は少し風が強くて肌寒いので、身体が温まるように入れました」
「なるほど」
同じ料理を作る者として気になるのかメアは感心したように頷いていた。
ちなみに俺は一口食べただけじゃわからなかった。
言われてスープを飲んでみると、微かに生姜の味がするような気がする。
その日の天気や気温も参考にして料理の具材や味付けも変えているのか。
さすがだな。前世で一人暮らしをしていた時は、そんなことまったく考えずに料理を作っていたもんだ。
「豚の肉巻き以外の食材もとてもスープが染み込んでいて美味しいね」
「はい、食感が楽しいです」
白菜やキノコ、ほうれん草も柔らかくて美味しい。
味もとても爽やかなので次々と食べられてしまう。
「あ、あの、ノクト様」
夢中になって料理を食べていると、メアがおずおずと声をかけてくる。
「うん? どうしたんだい?」
「窓に……」
メアの指さした方向を見ると、そこにはベルデナが窓に張り付いていた。
その視線は俺たちの食べている鍋に向かっており、口から涎が垂れている。
うん、一緒に鍋を食べたいんだろうな。言葉にしていなくても表情だけでよくわかる。
「……オリビア、悪いけど彼女を中に入れてあげてくれない?」
「わかりました」
俺の頼みにオリビアはクスリと笑って外に出た。
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