毒にも薬にもなる
宿のことをオリビアに相談した翌日。
彼女は宿の働き手になってくれる人材に声をかけてくれたらしく、領地を歩いているとすぐに呼ばれた。
どうやら紹介するために家の近くで待ってくれているらしい。
オリビアに付いていって家に向かうと、そこには二十代くらいの男女と小さな女の子がいた。雰囲気からして家族だろう。
「ノクト様、こちらが宿の働き手を希望してくれた人たちです」
「はじめまして、ノクト様。リバイと申します」
「妻のフェリシーです」
オリビアがそう紹介すると、スッと前に出てきて丁寧に挨拶してくる男性と女性。
どちらもしっかりとした所作で見た物に好感を抱かせる。
こういった外向きの挨拶にも慣れている感じだ。
「こちらは娘のハンナです」
「ハ、ハンナです!」
父であるリバイに紹介されたハンナは、さすがに慣れていないらしくて緊張した様子だった。それでも精一杯挨拶しているのが微笑ましい。
「知っていると思うけど領主のノクトだ。リバイとフェリシーは宴の時によく料理を手伝ってくれていたね」
「ご存知だったのですか?」
「ああいった調理場に夫婦で手伝っているのは珍しいから」
俺がそう言うと、どこか照れくさそうにする二人。
領地を立て直すことで忙しくてまだ全員の名前こそ覚えていないが、顔くらいは覚えている。特にこの二人は宴をやる度に、率先して料理を手伝ってくれていたので印象が強かった。
「リバイとフェリシーは前に住んでいた村で宿の従業員をしていたんです」
「おお! じゃあ、経験者じゃないか!」
オリビアの推薦理由に思わず俺は驚く。
道理でオリビアがすぐに声をかけたわけだ。
「とはいっても、本当に田舎の村で客がたくさんくるようなところでもないので」
「それに私たちはただの従業員でしたし」
「それでも経験があるだけで頼もしいよ。宿に泊まったことはあるけど、実際にどう回しているか俺にはわからないし」
リバイとフェリシーはそのように謙遜するが、これだけ人となりも柔らかくて経験もあるなら問題はないだろう。
「あの働くにあたってお聞きしたいことがあるのですが」
「その、宿を建てる費用について……」
リバイとシェリーがどこか聞きづらそうに尋ねてくる。
確かにここにやってきた人たちはあまりお金を持っていない。
いきなり宿を建てる費用を請求したところで出せるはずがないだろう。
「そういった初期費用については俺がお金を出すから大丈夫だよ。宿をはじめるのに必要な物も言ってくれれば、こっちでお金は出すから」
「本当ですか!?」
「その代わり商売が軌道に乗ったら、いくらか売り上げを治めてもらうけど吹っ掛けるつもりはないから。これは領地を活性化させるのに必要な処置だからお金を出すのは当たり前だよ」
ラエルが売り捌いてくれたお金のお陰で領地の資金はいくらかあるのだ。それらを領地のために使うのであれば問題ないだろう。
大金も使うべきところで使わなければ意味がないからな。
お金を出すと言ったからかリバイとフェリシーは俄然やる気に満ちている。
まあ、ほとんど無償で宿が経営できるとなれば彼等からしても美味しいだろう。
働くのはリバイ、フェリシー、ハンナが中心で、オリビアがそのお手伝いでスタートし、足りなくなれば相談して従業員を増やす。
後の細かいことは作業に入って詰めていけばいいだろう。
「大体、こんな感じかな? 改めてだけど宿で働いてくれるかい?」
「ありがとうございます! それなら何とかやれそうです!」
「是非とも私たちを働かせてください」
「ありがとう。こちらこそよろしく」
改めて尋ねると、リバイとフェリシーから快い返事を貰う事ができた。
「ギレム達に話は通しておくから内装なんかはそっちで相談しておいてね」
「わかりました」
俺は商売人でも宿の経営者でもないので細かいことは口を出さないが、何かあれば相談になるし、それでも無理そうならラエルを頼ればいいだろう。
よし、これで宿の方もすぐに進められそうだな。
「こんにちは! あたしハンナ! 髪も綺麗だし、耳も可愛いね!」
大人たちが真面目な話をしている中、子供同士は小さな交流をしていた。
ハンナはククルアを見て話しかけるが、彼女は逃げて畑作業をしているガルムの後ろに隠れてしまった。
どうやらまだ慣れていない人が相手だと、ククルアは人見知りしてしまうようだ。
ハンナとは歳も近そうなので何とかなるかと思ったが、少し時間がかかるのかもしれないな。
◆
リバイたちと顔合わせをした俺は、宿のことを頼むためにギレムとローグの家にやってきていた。
「そういうわけで店が終わったら、次は宿の方を頼むよ」
「おう、次から次へと注文がくるな」
今はラエルの店を製作中なのか図面を書いているところだった。
それを元にして木材を組んで模型を作るのだろうな。
「仕事の途中にさらに仕事を追加してごめんよ」
「まあ、建物が増えるってことは人も増えるってことだ。そのくらい構わん」
「領主様が手伝ってくれるなら、ワシら二人でもどうとでもなるわい」
俺の遠慮など不要とばかりに明るく笑い飛ばすギレムとローグ。
腕のいい鍛冶師がいて本当に心強いな。
最近はオークキングの襲撃もあって、民家だけでなく防備を増強するために武器の増産もしてくれているというのに。
「……二人ともありがとう」
「そういや、領主様。商店、宿ときたらそろそろアレを出す頃合いじゃと思わんか?」
俺が礼を告げると、ギレムが重大な案件を提示する学者のような目で見た。
商店、宿と続いて建設するもの? なんだろう、わからない。それと並ぶほど重要な何かがあるというのか?
ローグの方を見てみるとギレムと同じように真剣な眼差しをしている。先程まで作業の手を止めていなかったというのに今は止めている。それほど大事なものがあるというのか。
「……アレってなんだ?」
「「酒場に決まっとろうが!」」
正直に言うと、ギレムとローグの怒鳴られてしまった。
「いや、まあ確かにそれもゆくゆくは建てるつもりだけど現状だとそこまで急ぐべきものじゃ――」
「ふあぁー、ダメじゃ。もう仕事なんてやってられんわい!」
「領民全員の建物に武器に生活道具。それらをワシらだけでやるなんて無理なんじゃ」
などと言った途端ギレムとローグが崩れ落ち、やる気のない声を上げた。
「おいおい、二人ともついさっき二人でもやってみせるとかカッコよく言っていたじゃないか!」
「そんなこと言ったかのうローグ?」
「思い出せんのうギレム」
物忘れの激しい老人のようにすっとぼけて見せる二人。
ドワーフということもあって、本当にそんな老人にしか見えなくなってきた。
先程の男前さはどこにいったというのだ。酒場をすぐに作るつもりはないといっただけで――いや、そう言ってしまったからこうなってしまったのか。
「……はぁ、わかったよ。できるだけ早く酒場も作るように進めるから」
「言ったの! 聞いたかローグ!」
「ああ、聞いたぞギレムよ!」
仕方なくそう言うと、先程のだらけた姿はなんだったのかローグとギレムの表情が輝いた。
「領主様、ワシらは聞いたからな! その言葉を!」
「なるべく早く酒場を作るのじゃぞ!」
「わかったから。商店と宿、他の仕事も頼んだからね」
「「任せておけ!」」
酒場を作ると約束したからか、ローグとギレムが物凄い勢いで作業を進めていく。
今のところ領民の中で一番負担がかかっているのはこの二人だ。
領民の娯楽として酒場もいずれは必要になるだろうし、そっちも進めておくか。
ドワーフにとって酒とは薬にも毒にもなりえるんだな。お酒を出汁にすれば、色々とやる気が引き出せそうだけど扱いには十分に注意が必要だな。
この二人の言動を見て、俺はそう心に刻んだ。
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『異世界ゆるり農家生活』
植物神の加護を得た主人公が異世界で樹海を開拓するスローライフです。
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