出店
二章開幕です
「私がいない間に大変なことがあったようですが、ノクト様がご無事でなによりです」
オークキングの襲撃から一週間。
大森林に逃げたオークの残党狩り、消耗した武器の確認、オークの遺骸処理がようやく一息ついたタイミングでラエルが戻ってきた。
「ああ、それはそうと随分都合のいいタイミングに戻ってきたな?」
「ええ、私共もその現場に鉢合わせていればお力になれたのですが残念です」
オークキングの襲撃の時に限っていなかったラエルをなじるも、彼はわざとらしく態度で流した。
まあ、ラエルは古い付き合いがあるとはいえ行商人で、領民でもなんでもない。
戦いに参加する義務もないし、俺がなじる権利などないのだが、あまりに都合のいいタイミングで戻ってきたことには思うところがあっただけだ。
「ですが、私とて呑気に商売をしていたわけじゃありません。以前、ノクト様に拡大してもらった宝石が高値で売れましたよ」
「だろうな。なんか馬車の数とか従業員っぽいのが増えているし」
前回は幌馬車一台だったというのに、今では四台になっている。
人員もピコだけではなく、見かけない顔の者が忙しそうに動いている。
それに馬車の護衛を頼んでいるのか冒険者らしい人たちの姿も。
「ええ、前回と今回の取引で大きな利益が出ましたので大きな規模で商いができるようになりました」
実にいい笑顔で言ってくるラエル。
「こちらが今回のノクト様の取り分になります」
「こ、こんなにですか!?」
視界の端ではピコから宝石の利益分を受け取っているメアがいた。
前回は金貨六十枚ものお金が入ってきたが、今回はそれ以上だろうな。
価値の高いやつをいくつも拡大して売り捌いたんだ。軽く金貨百枚以上はあるだろう。
「まあ、お金があれば俺の領地でやれることが増えるし、色々な物が買えて生活が豊かになるから助かるよ」
「ええ、そのお金を落として頂けるようにたくさんの品を持ってきてまいりました」
なんという嫌なお金の循環だ。
俺の領地とラエルのところでしかお金が回っていない気がする。
とはいえ、今のところビッグスモール領に商いをしにきてくれるのはラエルだけだからな。
文句を言えるはずもない。むしろ、こんな辺境まできてくれていることに礼を言うべきだろう。悔しいからそんな恥ずかしいことは言わないけどね。
「よし、じゃあ全部の商品を少しずつ買い取って俺が拡大しようかな。それで十分な数を揃えることができる」
「……なんですかそのえげつない方法はっ! それじゃあ、こちらの商売が上がったりじゃないですか!」
なんてことを言うとラエルが大声を上げて非難してくる。
おお、ラエルのそんな反応が見られて面白いけど、これはガチで困っているやつだ。
「冗談だって。さすがに全部はしないから」
「……やるなとは言いませんが、頼みますからほどほどにしてくださいね?」
さすがに俺もここまで商売しにきてくれているラエルの優しさを踏みにじるような真似はしない。
ちょっとお値段が高い香辛料や鉱石類でやらせてもらうだけだ。
◆
メアと話し合いながら領地に必要なものを買い付けが終わると、領民たちが次々と集まってきた。
近隣で手に入れた穀物や野菜、布製品、鉄製品、香辛料、雑貨などなど。幌馬車一台で商いをやっていた時よりも遥かに品揃えが豊富になっている。
豊かな品揃えを前に領民たちもワクワクしているようで、いつになく賑やかだ。
少しずつ安定してきたとはいえ、ビッグスモール領は田舎で足りないものも多い。
ラエルの持ってきた商品に心が躍るのは仕方がないことだろう。
「しかし、本当に大きくなったな。このままいけば店が出せるんじゃないか?」
「実は近いうち街で店を出せることになりました」
冗談半分で言ってみたら、ラエルがどこか自慢げな表情で言う。
「おお、王都でか?」
「いえ、さすがに王都で出すにはまだまだですが、シオールで出店する予定です」
シオールといえば、ビッグスモール領と王都の中間地点にある街だ。あちこちから人や物が集まり賑わう交易地点。
王都ほどではないがそれでも十分な街であり、そこで商売ができるのは十分に勝ち組だ。
「おめでとう。夢が叶ってよかったじゃないか」
行商人にとって自分の店を構えて商売をするのは夢だ。それはラエルも例外ではなく、行商人ではなく、自分の店をいつかは持ちたいと言っていた。
「ありがとうございます。ですが、これはノクト様のお力があってこそです。私自身の力とはいえないので精進していきたいと思います」
確かに俺が拡大した稀少価値のものを売って利益を出しているだけに見えるが、相手に高く売りつけ、買ってもらうのも中々難しいものだ。
決して俺ばかりの力ではないと思うが、ラエルは現状に納得していない様子だ。
「まだまだなのは俺も同じだな。スキルに頼った領地経営だ。いずれはスキルがなくても皆の力で上手く回るようにしないといけない」
「互いに歪な状況ですが、なんとか安定した経営に持っていきましょう」
「そうだな」
そのためにもお互いに頑張らなければ。やるべきことはたくさんある。
「だが、店を持つとなるとうちへの商いはどうなるんだ?」
ラエルが店を持てるようになったのは俺としても喜ばしいが、それでうちの領地に物を売りにこなくなるというのも困る。
なにせうちは辺境地で手に入らないものも多い。生活を向上させるためにも商品は必要だ。
「勿論、こちらでも継続的に商売をさせていただきます。それでご相談させていただきたいのですが、こちらにうちの商店を出させてもらってもいいでしょうか?」
ラエルの提案はまさに我が領地にとって喜ばしいことだった。
人が集まれば当然物も必要になる。最近は領民が増えたお陰で色々と足りないものも多く、定期の行商では不便に感じていたところだった。
人が集まり、物が集まる。領地を繁栄させるための第一歩が踏み出せる。
冷静を装っているが内心では今すぐ小躍りしたい気分だった。
「それは俺としても嬉しいことだがシオールで店を出すっていうのに、すぐに支店を出して大丈夫なのか?」
「そのために人材は確保しておりますので」
俺が心配すると、ラエルは人を呼んだ。
やってきたのはお馴染みのピコとやたらといかつい男性だ。
身長が二メートル近くあって筋肉がとても隆起している。
シャープな銀髪がどこか狼を想起させるな。
「主にこちらで店を取り仕切るのはルノールで、ピコが補佐に付きます」
ピコは何度も行商にきているし、人柄も知っているので改めて挨拶をするだけだ。
気になるのは店を仕切る者であり、今日初めてやってきた男だ。
「ルノールと申します。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
手を差し伸べられて握手をすると、がっしりとした手に包まれた。
商人というより冒険者と言われた方がしっくりくる見た目だが、可愛らしいエプロンのような従業員服を纏っている。
うーん、よくわからない。
「ルノールは店舗経営の経験もあり、腕っぷしもあります。見た目は少々怖いですが、信頼できる男です」
「……見た目が怖いは余計だ」
ラエルの捕捉説明にルノールが拗ねるように言う。
怖い見た目をしているが意外と冗談も通じて可愛げがある人のようだ。
面識のない人が店を仕切るのは不安であったがラエルがここまで言うのであれば信頼できる。
ラエルは優しい顔をしているが意外と厳しく、あまり人を褒めることはないからな。




