小さな太陽
進路を塞いでいたアースシールドが崩され、オークたちが散開していく。
領民と防壁に限りがある以上、戦線が拡大してしまうとそれだけでこちらが不利になるのは明らか。
このまま一か所を守り続けたとして、いずれは回り込んだオークが領地に入り込んでしまう。
戦える領民を連れて前に出して止めるべきか。ベルデナのお陰で大分数を減らしたとはいえ、オークたちの数は膨大だ。
「ノクト、前に出るよ!」
必死になって考えていると、ベルデナが決意のこもった表情で言った。
「ベルデナ、ダメだ。それは危険過ぎる」
「ノクトが一番身体を張っているのに何言ってるのさ。それにノクトが私たちを守りたいように私たちもノクトや領地を守りたいんだよ」
ベルデナはにっこり笑うと、縮小されたアースシールドを一気に飛び越えた。
「はあああああああああああッ!」
そして、腕にはめたガントレットを打ち鳴らしてオークたちの群れに拳を打ち込んだ。
巨人族の跳躍による一撃にオークたちが土と一緒に紙屑のように舞い上がる。
ベルデナがオークを蹴散らすと、群れの主であるキングの元に直進。
「君が王様だね! ノクトたちのために倒れてもらうから!」
オークキングは咆哮を上げると、長大な鉄の棍棒を振り回し進路上に存在する仲間を薙ぎ払って迎え撃った。
六メートルの巨人の拳と、四メートルの巨体を誇るオークキングの繰り出した棍棒が交差する。
その激しい金属音と衝撃の余波は防壁の上にいるこちらまで届くほど。
ベルデナの一撃を食らえば、さすがのオークキングも吹き飛ぶのではないだろうか。
そう予想したが、オークキングは後退したもののベルデナの拳を見事に受け止めていた。
まさか、巨人となったベルデナの一撃を受け止めることのできる相手がいるとは信じられない。これがキングを称する魔物の身体能力なのだろうか。
もしかすると、指揮系以外にも身体能力を強化するスキルを持っているのかもしれない。
「……やるね。私の攻撃を正面から止められたのは初めてだよ」
オークキングのパワーに驚きつつもベルデナは不敵な笑みを浮かべていた。
すると、オークキングはそれに答えるかのように唸り声を上げて、棍棒を振り払ってベルデナを後退させた。
ひとまず、オークキングが即座にこちらに突進してくることはなさそうだ。
ここの防壁はスキルを重ねることで頑丈にしてあるが、オークキングのパワーを考えると壊されない保証はない。
「ノクト様、南側のオークはリュゼたち弓兵が止めて、北側のオークは俺たちが前に出て止めます。許可を頂けますか?」
次の手を打つべきかと考えていると、グレッグをはじめとする腕自慢の領民が近付いてきた。
皆、それぞれの手に武器を握り締めて覚悟の決まった眼差しをしている。
どうやら、ふがいない俺の代わりにグレッグが動き出してくれたようだ。
彼らの覚悟を無駄にするわけにはいかない。
中央はオークの数こそ多いが、防壁の上から攻撃を加え続けるだけで撃退し続けることはできる。
分散したオークをグレッグたちに叩いてもらうのが一番だろう。
「ああ、許可する。前線に出て散開したオークを討伐してきてくれ」
「わかりました! おい、お前たち前に出るぞ!」
「おおっ!」
俺がそう命令すると、グレッグたちは勇ましい声を上げて防壁から降りて行く。
その背中を見送って、俺は自己嫌悪に陥る。
「……本当に俺はまだまだだな。父や兄であれば、大切な領民であろうとハッキリと前に出ろと命令できただろうに」
「そんな優しいノクト様だから、皆が力になりたいと思うのですよ。そう落ち込まないでください」
「……ありがとう。今は落ち込んでいる暇なんてないからな」
今はただ優しくて優秀な領民たちに感謝をしよう。くよくよする暇なんてない。
北側ではリュゼが率いる狩人たちが防壁の上から矢を射かけている。
散開するオークは矢の雨に次々と倒れる。
特にリュゼは走りながらでも矢を射かけることができ、次々とオークの急所を撃ち抜いて沈めていた。
難を逃れた個体は投擲スキルを持つ、領民の投げ槍で串刺しにされていく。
……前衛のあまりいないリュゼの方が心配だったが、思っていた以上に精強だな。
あれならば散開したオークが領地に入ることはなさそうだ。
一方、南側ではオークたちの群れに向かって、グレッグたちが武器を手にして斬りかかっていた。
グレッグ以外はただの農民だ。
誰もがグレッグのように鮮やかにオークを倒すことはできない。
それがわかっているからか領民たちは四人で一チームになってオークを一体相手取っていた。
とはいえ、間近でオークを相手取るのは領民には荷が重かったらしく、何人かの者が蹴散らされている。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
そんな中、蹴散らされた者の傍にいたガルムが狼のような遠吠えを上げた。
優しい声を発するガルムからは考えられないような力強い声。
ガルムはそのままオークに飛びかかり押し倒すと、長い爪でオークの首を掻き切った。
そして、ガルムは狼のような四足歩行で素早く移動すると他のオークにも襲い掛かり、足首を、手首を掻き切って次々とオークをダウンさせていく。
「ガルムさん、すごいですけど一体どうしたんでしょう?」
「【狂化】というスキルを使ってくれたんだよ。ガルムやグレッグがいれば、あっちもしばらくは大丈夫だと思う」
オークの群れを相手に一人で陣取り、翻弄している姿はまさに狂暴。
オリビアが心配してしまうのも無理はない様子だった。
それでも今ではそんなガルムに頼ってしまう他はない。
「グレッグ、これはガルムのスキルだ。巻き込まれないように援護してやってくれ」
「わ、わかりました!」
戸惑った様子を見せるグレッグたちに声を拡大して、命令を送った。
さて、最悪の状況にこそなっているが今のところ領民たちの奮戦によって何とかなっている。
とはいえ、このまま数の多いオークたちを相手にしていてもジリ貧だ。早急にオークキングを倒してしまう必要がある。
中央の戦場ではオークキングとベルデナが激しい攻防を繰り広げていた。
オークキングの長大な棍棒をベルデナがなんとか弾き、カウンターを加えようとするが棍棒に防がれてしまって有効打にならない。
長期戦の戦いになるとベルデナの動きが単純になっているような気がした。
そこに掛け引きやフェイントといったものはなく、純粋なパワーと速度によるごり押し。
ベルデナは確かに強い。その巨人族による圧倒的手足のリーチとパワーで並み居る魔物を蹴散らしてきた。
それは圧倒的な身体スペックのみで決着がついてしまうということである。
しかし、今回の相手はそれだけでは倒すことができない。経験の差というものが浮き彫りになっていた。
そして、それはオークキングも気付いている。
だからこそ、相手はベルデナが消耗するのを待っているようだ。
オークキングとの距離はちょっと遠いが、あれほど大きな対象であればスキルを使うことは可能だ。
「縮小!」
俺はオークキングが棍棒で防御しようとするタイミングで縮小をかけた。
すると、自身の身体を守る長大な棍棒が小さくなり、ベルデナの拳が顔面に突き刺さる。
オークキングが初めて地面に膝をついた。
そのまま俺はオークキングに対して縮小を試みる。
が、それは激しい抵抗により全く意味をなさなかった。
「チッ、やっぱり敵意の強い魔物を相手に縮小をかけるのは無理か……」
なら、ベルデナをさらに巨大にしてしまうか?
しかし、身長が変わると、それだけで身体の感覚は変わってしまう。そんな状態であのレベルの魔物を相手にするのはかなりリスクが高い。
「あっ! ちょっと!」
思考を巡らせていると、ベルデナの声で我に返る。
「こいつら邪魔!」
気が付けばオークキングはこちら目掛けて一直線に駆け出していた。
ベルデナが追いかけようとするが、オークの群れによって足を止められる。
どうやら今のスキルのせいで、ちょっかいをかけたのが俺だとバレてしまったらしい。
オークキングの鋭い眼光と殺気がこちらに向けられる。
その迫力に足がすくみそうになるが、守るべき領地や領民のことを考えて自分を叱咤する。
ここで俺が止めなければ防壁が破壊されて、オークキングの侵入を許してしまうことになる。それだけはさせられない。
「拡大!」
オークキングの進行ルートに合わせて、俺は地中に設置していた罠を拡大した。
地中に埋められていた杭が、隆起してオークの身体と足を貫く。
しかし、ダメージを受けていたのは相手だけではなかった。既にスキルの使用限界が迫りつつある俺の身体は悲鳴を上げていた。
「ノクト様っ! これ以上のスキルは……っ!」
「それでもここで俺が止めないといけないんだ!」
メアが泣きそうな顔をしながら抱き止めてくれるが、ここで止めるわけにはいかない。
オークキングは貫かれた杭を無理矢理砕き、引っこ抜いてしまっていた。
ベルデナはオークの群れに組み付かれていて、こちらに間に合いそうもない。
だったら、俺がやるしかない。領地を、皆を守るために。
疲労で息が荒れる中、俺は切り札を切ることにした。
試してみるにはあまりにも危険が多い方法だが今はそんなことを言っていられない。
「魔力、拡大」
己の体内に走る魔力を拡大する。
すると、体内に内包されていた魔力が一気に増大された。
全身の血管が一気に拡張されたような感覚。魔力や血の巡りが速くなってドクドクと音がする。
身体の中を流れる魔力が一気に増えたせいか、船酔いのような気持ち悪さを感じた。
恐らくこれ以上自身の魔力を拡大すれば死んでしまう。そんな危うさ。
溢れる魔力を押しとどめておくことはできず、それらの魔力を一気に放出するように魔法を発動。
それは魔法の才能がない俺でも扱うことのできる初級的な攻撃魔法。
しかし、拡大された魔力によって引き起こされた火魔法は直径五メートルほどの業火球となっていた。
しかし、あのオークキングをやるにはまだ足りない。
相手は兄を倒し、ベルデナと撃ち合うことのできるタフなキングだ。過剰なばかりの破壊力で叩き潰すべ
き。
「ファイヤーボールを拡大! 拡大! 拡大! 拡大! 拡大ッ……!」
俺はさらに業火球に対して拡大を施す。
一回拡大するごとにさらに大きさが増していく。
拡大する度に意識が遠のいていく感覚がしたが、メアが力強く反対側の手を握っていてくれたために何とか堪えることができた。
「ベルデナさんや領民の皆さんの退避はできています!」
そして、ギリギリまで拡大を施すと、メアが唯一の懸念事項を伝えてくれた。
「ファイヤーボールッ!」
安心した俺はオークキングにめがけて小さな太陽と化したファイヤーボールを放った。
どれほどの高温と炎を秘めているのか、火球の周辺の空気は揺らめき、歪んでいるようにすら見えるほど。
射線上にいたオークたちをあっという間に呑み込み、そして驚愕の表情を浮かべていたオークキングに着弾した。
光と熱と爆風が過ぎ去ると、大きなクレーターができあがっており、そこにあった巨大な破壊力を示している。
あれほどの存在感を漂わせていたオークキングの姿は見えず、射線上にいたオークの群れも全て焼き尽くされていた。
自分たちを率いる圧倒的な強者が倒されたことにより、スキルの補正がなくなったオークたちは慌てて大森林へと引き返していく。
もうオークたちに領地を攻めるような戦力も戦意もない。
「……オークたちが引き返していきます。私たち、勝ったんですよね?」
「ああ、この戦いは俺たちの勝ちだ」
俺たちの会話を聞いて、呆然とオークの背中を見送っていた領民たちが勝ち鬨の声を上げた。
……父さん、俺は領地を守ることができたよ。
そして、兄さんの仇は俺が取ってあげたからね。
遠ざかっていく意識の中で、父さんと兄さんが『よくやった!』と笑ったような気がした。




