オークとの攻防
「えいやー!」
ベルデナが威勢のいい声を上げて、投げ槍をオークの群れに投げていく。
十メートを越える長大な投げ槍が巨人族のパワーで投げられると破壊力はすさまじいもので、鈍重なオークたちが次々と弾け飛ぶ。
しかし、オークたちはそんな恐ろしい目に遭いながらも戦意を衰えさせることはない。いや、オークキングのスキルによって無理矢理高められているというべきか。
オークたちは狂ったように声を上げて涎を垂らしながらこちらに向かってくる。
それでもこちらには防壁があるので圧倒的に優位だ。
ベルデナが長距離からの投げ槍で群れを薙ぎ払い、うち漏らした僅かな個体はリュゼをはじめとする狩人たちが矢で仕留める。
領民への被害は皆無だし、物資もそれほど減ってはいない。減っていたとしても後衛の部隊が拡大した物資を使って、供給してくれている。
大森林からなだれ込んでくるオークたちがあとどれくらいいるかは不明であるが、このままのペースでいければ数日は保ちそうな気配だ。
しかし、そんな俺の思惑通りにはいかない。
遠くにいるオークキングが咆哮を上げると、一直線にこちらに向かってきていたオークたちがバラけるようになった。
ベルデナの投げ槍を見て、固まって攻撃を仕掛けては不利だと悟ったのだろう。
「ノクト様、戦線が広がります!」
「わかった。対処する」
慌ててグレッグが報告してくるのを聞きながら、俺はそれに対処するべく動いていた。
「アースシールド、拡大」
戦場に存在する自分の魔力を頼りにスキルを発動すると、北側の地面が次々と隆起してオークたちの進行を防いだ。
突如目の前に現れたアースシールドを前にオークたちがぶつかり、何体かが後続に踏み潰される。
同じように俺は南側にも設置していたアースシールドを拡大して、オークたちの進行ルートを塞いだ。
どうだ、オークキング。お前の考えることなんてお見通しだぞ。
そんな風に挑発の笑みを浮かべてやると、オークキングが苛立ったように身動ぎした気がした。
「すごい! ノクトって遠くにある土もあんな風に大きくできるの?」
「事前に準備を仕掛けておけば何とかね」
戦力が少なく防壁で領地の全てが覆うことができていない現状で、一番やられて困るのは多面的な戦闘だ。
ベルデナの破壊力を見せつければ必ずオークたちはバラける。
それを予想していたので俺は戦場に小さなアースシールドをいくつも設置しておき、それを拡大したというわけだ。
【拡大&縮小】スキルは対称が離れるほど扱いが難しくなるスキルであるが、自分の魔力で作ったものであれば離れていても認識しやすいので遠隔的な操作も何とかできる。
とはいえ、さすがにあれだけの数のアースシールドを連続で拡大するのは疲れるな。
しかし、今は戦時中だ。領主である俺が疲労を見せるわけにはいかない。
アースシールドによるルート塞ぎも万能ではないのだ。
既に後続にいる僅かな個体はキングの命令の元にアースシールドを回り込むようにして、散らばり始めている。
「グレッグ、こっちも戦線を広げて散らばったオークに対処してくれ。領地には一歩も入れるな」
「わかりました!」
そう頼むと、グレッグは声を張り上げて領民たちと防壁の上を移動していく。
アースシールドから漏れたオークの退治はグレッグに任せよう。こちらは依然として中央突破を図ろうとするオークたちの相手だ。
ベルデナの投げ槍でオークが吹き飛ばされていくが、それでもオークたちは仲間を盾にして、死骸を踏み越えて、数と言う名の物量で迫ってくる。
そして、遂に俺たちの防壁の下にまでやってきた。
オークたちはその拳や、手にしている棍棒で防壁を叩いてくる。
「ひ、ひいいっ! あいつら遂に足元まできやがった!」
遠くでしか見えなかったオークを間近で目の当たりにして、領民たちが恐怖の声を上げる。
オークという魔物はより近くでみると、想像していた以上に醜悪なのがわかる。何よりあれほど人間に対して敵意と悪意を剥きだしにする魔物はそういない。
「安心しろ! 落ち着いて行動するんだ!」
「え、ええいっ!」
俺がそう叫ぶと、後ろに控えていたメアが油の入った壺を落として、次に松明を投げ捨てた。
それを見た俺は落下していく松明の炎を拡大。
拡大された炎はまき散らされた油に引火し、巨大な炎となってオークたちを呑み込んだ。
火達磨になったオークたちは溜らず防壁から離れて転がり回る。
「皆、防壁は壊れない。落ち着いて練習した通りに行動するんだ! そうすれば、オークたちを簡単に倒すことができる!」
「お、おお、そうだな!」
「こんな真下にいるだけの奴等なんかただの的だ! 俺の投げ槍、見せてやる!」
意を決して行ったメアの一撃と俺の言葉で冷静さと自信を取り戻したのか、領民たちが戦意を見せて攻撃を仕掛ける。
「メア、ありがとう」
「皆さんの援護しかできない私ですがお役に立ててよかったです」
メアが勇気を出して動かなければ、領民は恐怖に呑まれていたかもしれない。
このタイミングで恐怖に竦み、対処が送れるのは非常にマズかったのでメアの勇気ある行動は称賛に値するものだった。
メアって控えめな性格をしているけど、意外と芯が強いところがあるんだよな。
領民の全員が逃げ出した時も、メアだけは頑なに拒んで残ってくれたみたいだし。
メアは自分のことを過小評価しているようだが、俺としては彼女にはかなり助けられていた。
この戦いが終わったら改めて礼を言わないとな。
感謝の言葉を告げるためにもしっかりと戦いを乗り越えなければ。
メアの行動に奮起させられた領民たちは油と火を落としてオークを燃やし、枝を拡大して作った投げ槍でオークたちを串刺しにしていった。
「拡大、拡大、拡大!」
俺は領民たちが投げた槍を空中で拡大させたり、落としていく油や火を、投げつけた石を、設置した罠を拡大して援護に回っていた。
強靭な身体を持つオークでも炎や槍の集中砲火には堪らない。そこに俺の拡大が加われば、ただの領民の攻撃ですら一撃必殺に変わる。
しかし、スキルを連続で使い過ぎたせいか、不意に身体から力が抜けてしまう。
傾いた俺の身体を傍にいたメアが抱き止めてくれた。
「ノクト様、スキルを使い過ぎです! これ以上、無理はされるとまた倒れてしまいます!」
「それでも俺のスキルが役に立つなら……皆を守れるならやらなくちゃいけないんだ!」
いつも後方で見ているしかできなかった。子供だからと戦うことができなかった。
でも、今は大人になったしビッグスモール領の領主だ。皆を支えることのできる力がある以上、無理をしてでもやり遂げないといけない。
「ノクト様! 敵の上位個体によって進路を塞ぐ防壁が壊されていきます!」
「なんだって!?」
領民からもたらされた情報に思わず驚いて、なんとか立ち上がる。
すると、俺が進路を塞ぐように立てたアースシールドをオークキングが長大な鉄の棍棒で殴りつけていた。
一撃、二撃と打ち付けられるにつれてヒビが入る、三撃目で崩壊した。
即席のルート封じだったとはいえ、そう簡単に壊せないように拡大しておいた。
それをいとも容易く壊してみせるとは。
「マズい、オークたちが散らばっていく」
崩壊したアースシールド目がけて、オークの群れが次々と入り込んでいく。
オークキングは先程の意趣返しをするように、こちらに醜悪な笑みを浮かべていた。
拮抗していた戦いが不利になった瞬間であった。




