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開幕の一撃


 オークの襲撃に備えて翌日。


 オークの群れは未だにやってきてはいなかった。


 それでも大森林内の近場で姿が確認された以上、気を抜くことはできない。


 ローグやギレムが徹夜で武器を作ってくれているが、前線に出ている領民全員の分を用意できるわけじゃない。


 防壁の強化や罠の設置、堀を作ったりと順調に備えは進んでいるが、時間は少しでもあるに越したことはない。


「もしかすると、今日もこないかな?」


 巨人となったベルデナが地面に腰を下ろしながら言う。


「それならそれで嬉しいんだけどね」


 とはいっても、前線にいる領民たちはオークに備えて常に準備をしていなければいけない。張り詰めた空気が漂っており、このまま時間が経過するのもするので精神が摩耗してしまいそうだ。


 入念な準備をするには時間がいるが、精神状態を考えると早く来てくれた方がいいのかもしれない。


 などと考えていると、大森林の方角で地響きが聞こえた。


 重くて巨大な何かが倒れる音。一瞬、防壁が崩されたのかと錯覚してしまったが、防壁の上には見張りの領民が何人もいるためにあり得ない。


 そこまで接近される前に必ず気付くはずだ。


「何が起こった!?」


「大森林の木が倒れています!」


 見張りの領民がそう答えると、遠くでまた木が倒れるような音がした。


 大森林の木をなぎ倒す存在がいる。


「もしかして、オークッ!?」


 察しのついたベルデナが立ち上がって臨戦態勢に入る。


「落ち着いて防壁に上ってくれ。オークはすぐにここまで近づけない」


 その声に反応して領民たちが武器を手に駆け出そうとしていたので、事故を防ぐために声を上げる。


 大森林から防壁までかなりの距離がある上に罠や堀も存在している。いくらオークでもそうすぐに距離を詰めることはできない。


 そのことを領民たちも理解したのか、落ち着いた動きで防壁の上に上っていく。


 石や投げ槍などの飛び道具は事前に防壁の上に置いてあるので慌てるようなことはない。


 領民に続く形で俺も防壁を上り、大森林の方角を見てみるといくつもの木々が倒れていた。


 砂煙が巻き上がる中、俺たちは固唾を呑んでその方向を見つめる。


 すると、砂煙の中から緑の体表をした人型の魔物――オークが姿を現した。


 それも一体や二体ではない。まるで、大森林にそびえ立つ無数の木々のような数え切れない程の数だ。


「オークだ! オークの群れがやってきたぞ!」


 オークの群れを目視して領民たちが気圧される中、グレッグが野太い声を上げた。


 恐らく、固まってしまった俺や領民に喝を入れるためのものだろう。さすがは元冒険者だけあって修羅場を何度も超えているみたいだ。


 そうだ。こういう時こそ領主である俺が引っ張っていかなければいけない。


「総員、戦闘準備だ!」


「「おう!」」


 自らを奮い立たせて叫ぶと、領民たちが頼もしい声を上げて答えてくれる。


 防壁という圧倒的に優位な状況がある以上、俺たちが前に出る必要性はない。


 奴等が無防備に近付いてきたところをゆっくりと叩いてやればいい。


「残っている領民たちには避難を開始するように伝えてくれ」


「わかりました!」


 これで非戦闘員も避難を開始することができる。俺たちがいる以上、すぐに追いつかれるようなことはないだろう。


 大森林から現れたオークたちは防壁の上にいる俺たちに気付いたのか、雄叫びを上げた。つんざく声は豚のようであるがおぞましく聞こえる。


 先頭に立っているオークの咆哮を皮切りに、続々と他の個体が走ってくる。


 その手には木材を加工した棍棒や、石のハンマーなんかを手にしている個体もいる。


 あのような巨躯から放たれる武器は、食らえばひとたまりもないだろうがそれはまともに戦ったらの話だ。わざわざ降りて相手をしてやる必要はない。


 狩人をはじめとする弓が得意なものは弓を構え、【投擲】のスキルを持つ僅かな者はスリングを構える。


 縮小をかけて小さくした防壁では、ベルデナが拡大した投げ槍を手に構えていた。


「いつでもいけるよ!」


 まだ防壁まで二百メートルも切っていないように見えるが、既にベルデナの射程圏内らしい。


 それほどの威力があるのなら引き付けて、一気に蹴散らしたい。


 今仕掛けることも考えたが、それをすると間違いなくオークはばらけて接近してくる。


 防壁は西側を中心としているし、何よりこちらの戦力が足りない。戦力の分散させるような戦いはできるだけ避けたかった。


「もう少し……もう少し……」


 大森林からオークが次々と現れて、こちらに向かって走ってくる。


 先頭を走るオークとの距離が近くなってくっきりと見えるようになってきた。


 そして、残りの距離が六十メートルになった時、リュゼが率いる狩人チームが手を挙げるのが見えた。


 どうやら彼女たちの射程圏内に入ったらしい。


 通常ならば六十メートルでもかなり遠いが、スキルの補正があるのだろう。


「よし、ベルデナ! やってくれ!」


「いっくよー! それッ!」


 俺がそう言うと、ベルデナが十メートルある投げ槍を大きく振りかぶって投げつけた。


 綺麗なフォームから投擲された投げ槍は、先頭を走っているオークを粉砕し、勢い止まることなく後続のオークも吹き飛ばしていく。


 オークの群れの真ん中がぽっかりと空いており、ベルデナの一撃でかなりの数を倒したことがわかった。


 これには雄叫びを上げていたオークも思わず足を止めて、後方を振り返っていた。


 その硬直を狙ってリュゼが率いる狩人たちが矢の雨を、投石隊が石を降らせていく。


 ベルデナの一撃と降り注ぐ矢と石にオークたちは完全に乱れていた。


 それもそうだろうな。たった一撃で何十体もの仲間が死んでしまったのだ。


 あんな破壊力を見せつけられたら、俺なら間違いなく撤退を選ぶ。


「うおおおおおおおおお! ベルデナすげえっ!」


「一撃で群れに穴を開けたぞ!」


「これならいける!」


 ベルデナのド派手な開戦の一撃に、領民たちの士気は最高潮に達していた。


 兄が『最初の一撃は華だ』なんてことを言っていて理解できなかったが、確かにこれは華だ。エースにしかできない鼓舞の仕方だ。


「もういっちょ! それー!」


 乱れたオークの群れにベルデナが次々と槍を投擲。


 可愛らしいかけ声と裏腹にかなりの数のオークが地に沈んでいく。


 強靭な肉体を誇るオークもベルデナの攻撃力を前には手も足も出ない様子だった。


 防壁から発射されるベルデナの一撃にオークが恐怖し、足をすくませる。


 その時、大森林の方から空気を震わせる咆哮が響いた。


 そちらに視線を向けると、通常の個体よりも二回り以上大きいオークがいた。


 浅黒い肌をしており、身体には全身を覆うように鉄の鎧を着込んでいる。


 他のオークとは違う明らかな存在感。


 ……間違いない、アレがこの群れを率いている上位個体だ。


 ということは兄の敵でもある。


 思わず怒りでカッとしそうになるが、グレッグやリュゼの声で我に返る。


「オークキングッ!」


「……ジェネラルどころじゃない。スキル持ち……厄介」


「オークキングとはどんな個体なんだ?」


 キングというのは稀に出現する上位個体の総称であり、魔物でありながらスキルを保持するという最大の強みを持っている。


 人間は成人して神殿で祈ることでスキルを得られるというが、キングを称する魔物がどこでスキルを獲得しているかは不明だ。


「その名の通り、オークたちの王ですよ。これだけの数を率いているのも納得です。恐らく、群れを指揮するスキルなんかを持っている可能性も――」


 グレッグの説明の声が止まったのは、足を止めていたオークたちから勇ましい咆哮が上がったからだ。


 ベルデナの一撃に足をすくませたオークたちが、戦意を奮わせてこちらに突撃してくる。


「くそっ、あいつのせいか……」


 オークたちに戦意が宿ったのはオークキングが出てきてからだ。


 グレッグの言う通り群れを指揮し、強化するようなスキルを保持しているのだろう。


 さっきの攻撃で瓦解してくれればいいものの。


 恐らく、この戦いはキングを倒さないと終わらない。


 開戦して間もない時間しか経過していないが、俺はそれを確信していた。




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― 新着の感想 ―
いやいや、自身がデカくなるか敵を縮小させればすぐに決着つくでしょうに
[一言] 邪神様書いてください
[一言] 防壁は五稜郭風にするとか 囮・敵集中させるためにあえて低くしてるとかもあるんだろうか?
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