レベッカ=アンセルム
私は王国徴税官のレベッカ=アンセルムだ。
今日はビッグスモール領の視察に向かっているところだ。
ビッグスモール領は土地こそ広いものの、凶暴な魔物が跋扈している大森林と隣接している辺境地。反対側は有力貴族で固められており、ハッキリ言って大森林の防波堤にされているような弱小領地だ。
そんな領地が大森林からのやってきた魔物に襲撃を受けて、領主と長男が死亡。
次男が家督を継いだが、領民は全て逃げ去ってしまったと聞いた。
これが本当であれば大惨事だ。
一つの領地が荒廃するというのは、すなわち王国の力の衰退を意味する。
それがどんなに小さな領地であっても見過ごすわけにはいかない。
領民が逃げ出したとあっては、もはやビッグスモール領に未来はないだろう。
家督を継いだ次男がいるらしいが、領地経営は一人でできるほど甘くはない。
領主といっても領民がいなければ収入を得ることができない。
この噂を聞いたのが一か月以上前なので、既に次男も根を上げているかもしれない。
あるいは最初から再興など目指さずに逃げ出している可能性もある。
その場合は王国貴族の責務から逃れたとして上に報告し、捕らえてもらう必要がるのでできればそうはなってほしくないものだ。
なんてことを考えながら馬で進むことしばらく。
私の視界に思いもよらない物体が目に入った。
「……なんですアレは?」
それは王都の城壁を思わせるような巨大なもの。全長にして二十メートル以上あるであろう防壁が築かれていたのだ。
もしかして、私はビッグスモール領とはまったく違う場所を目指してここまで来てしまったのだろうか。
しかし、そんな間抜けなことはしない。私は間違いなくビッグスモール領に向かって進んでいる。
有力貴族であるノルヴィス家の領地に入ったわけでもない。なぜならあの領地にはきちんと関所がある。私はそちらを通ってなどいない。
だとすると、目の前にそびえ立つ防壁はどこのものか?
まさかビッグスモール領のもの?
「……あり得ません」
衝撃で思わず口に出してしまったが、目の前にあるものは現実。
瞼を何度擦ってみてもなくなることはない。
ひとまず、あの防壁は誰が作ったものか調べる必要がある。
意を決して道を進むと、王都の城壁と同じような城門が作られていた。
しかし、そこには王都のように屈強な騎士はおらず、ただの村人らしい男性が槍を持って立っていた。
その立ち振る舞いから明らかに訓練された戦士ではないことがわかる。
「失礼、王国から派遣された徴税官ですが、ここがどこか教えてもらってもいいでしょうか?」
「えっ? あ、はい。ここはノクト様が治めるビッグスモール領です」
ここがビッグスモール領? あの土地が広いだけであり、魔物の襲撃で万年金欠だったあの……?
それがあのような見事な防壁を築いたというのだろうか。
「あの、どうかしましたか?」
あまりの衝撃に長考してしまったようだ。目の前の領民が不思議そうにしている。
「いえ、何でもありません。徴税官としてここの領主とお話ししたいのですが、中に入ってもいいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
私がそのように尋ねると、領民は訝しむようなこともなく許可して招き入れた。
立派な防壁を備えているとは思えないほどの警戒心の低さだ。
いや、そもそも領民全員が逃げ出したというビッグスモール領に人がいることがおかしいのではないか。
混乱していた私は遅れながらそのことに気付いた。
防壁を通り過ぎて領地に入ると遠くでは普通に民家が立ち並んでおり、領民が生活しているのが見えた。
ビッグスモール領の領民が逃げ出したということは嘘ではない。なぜなら、逃げ出した領民から話を聞いていたからだ。
現に民家から離れた大森林の方に進んでいくと、荒れ果てた田畑や破壊された民家が散らばっている。
最低限の処理はなされているが、ここで激しい戦闘があったであろうことは容易に想像できることであった。
となるとビッグスモールの領主は、絶望的な状況ながらも立ち上がり、領民を呼び込んで再興していると推測できる。
それは王国としても喜ばしいことであり、私としても好ましいことだった。
ひとまず領主から詳しい話を聞いてみよう。
民家のある方向に馬を進めていると畑仕事をしている獣人の家族を見つけた。
私が声をかけると父親獣人がその体躯に見合わない気弱そうな顔で返事をし、小さな娘がこちらを見て怯えるように母親の背中に隠れた。
私は生まれながらにして目つきが悪い方だと自覚しているが、このように小さな子供にまで怯えられると少しショックだった。
それでもめげずに私は父親の獣人に領主の元に案内してくれるように頼んだ。
獣人について行きながらも領内の様子を観察する。
領民の数こそそれほど多いものではないが、一か月足らずで新しい領民をここまで呼び込んでいることに私は驚いた。
新築らしい民家がたくさん並び、田畑にある作物が豊かに思える。
それに何より領民の表情が明かった。
領内の様子は領民の表情を見れば大体わかる。
それは徴税官として各地を巡った私の中の持論であった。
どれほど素晴らしいと言われる領主でも、そこに住む領民の表情が暗ければ何かしらの闇があるものだとわかる。
しかし、ここにはそのような闇の気配は感じられない。悲嘆にくれず、誰もが希望があると信じてやまない表情だ。
それはこの領地を治める領主が、領民の暮らしやすい政策を行っていることの証だ。
絶望的な状況ながら諦めず、ここまで立て直した領主に敬意を抱いた。
一体、新たに領地になってビッグスモール家の次男とはどのような者なのだろうか。
「あっ、ノクト様だ」
「あそこにいる男がここの領主か?」
「はい、そうです」
視線の先では黒髪の少年と、銀髪のメイドが作物を手にして話し合っていた。
獣人がノクト様と名を呼ぶと、黒髪の少年がいち早く振り返った。
「あなたが新しく領主になったノクト=ビッグスモール殿ですね?」
「はい、その通りです」
思っていたよりも幼い。いや、ビッグスモール家の次男というのだから当たり前か。
絶望的な状況を打開した様子から、私はもっと精悍な男性だと思い込んでいてしまった。
互いに自己紹介を軽く済ませて要件に入ろうとしたが、ノクトがメイドを下がらせないのが気になった。
「既に領地の噂はご存知だと思いますが、現状では彼女しか家臣がいませんので……」
どうやら傍にいるメイドはただの使用人ではなく、領地に貢献している家臣らしい。
ノクトが一瞬ムッとするような表情を見て、私は言い方がマズかったかもしれないと反省した。
そこからノクトがビッグスモール領で起きた出来事を語り、私は要所をメモしながら耳を傾ける。
「そうですか。ラザフォード殿やウィスハルト殿は亡くなられたのですね。辛いことを聞き出してしまい申し訳ありません」
「……いえ、これも徴税官様のお仕事ですから仕方がありませんよ」
私がそう言うと、ノクトから驚くような雰囲気が感じられた。
仕方がない。徴税官の中には数字でしか物事を見られない者も多いから。
それにしても、傷口を抉るようなことを聞いたというのに、彼の態度は落ち着いている。
そこに家族の死すら乗り越えて、立て直してきた彼の強さの一旦を感じた気がした。
ノクトの話を聞いたところで、私は早速ビッグスモール領の気になる点を尋ねた。
「……なんですか? あそこに並んでいる巨大な防壁は?」
そう、大森林側を中心に建てられた見事な防壁。
ノクトの話を聞いてみると、やはりあのような物ができあがった経緯が気になる。
あのような防壁を作るには何年、何十年もの時間がかかる。話を聞いた状況ではとても着手できるわけもないし、どう考えても時間が足りない。
「大森林の脅威に備えて頑張って建造しました」
「ふざけないでください! あんな王都の城壁に匹敵するようなものが一か月足らずで出来上がるわけがないでしょう!?」
意味がわからない。あのような物が頑張った程度でできるならば、どの国や街も魔物の被害に怯えるようなことはないだろう。
私がその後も問い詰めてみるも、ノクトはのらりくらりと適当なことを述べて煙に撒こうとする。
おかしい、絶対におかしい。あのような物を一か月足らずで作れるはずがない、
その不可能を可能にする唯一の方法といえば、スキルしかない。
「……もしかして、特別なスキルを手に入れたのですか?」
「ご想像にお任せします」
スキルだと当たりをつけてみるも、彼が口を割る様子はない。
徴税官であることをチラつかせても、ノクトは怯むことはなかった。
それもそうだ。他人のスキルを、ましてや貴族のスキルを開示するような権利はただの徴税官である私にはないのだから。
悪事を働いていたり、加担していればできなくもないがノクトはそのどちらでもない。
スキルについて問いただすことはできないので、仕方がなく私は今年の税についての話をする。
幸いにも領地の立て直しができているで、いくばくか税の徴収ができるかと思ったが、ノクトはのらりくらりと言い訳をして税の引き下げを要求してくる。
家族が亡くなり、魔物の襲撃によって多大な被害を受けた、そこから立て直しを図ったので、今年の税は限りなく少なくしてほしい。
ノクトの言っていることは何も間違っていない。
むしろ、領地を荒廃させなかったことを考えると当然の要求であろう。
徴税官である私もそのようにしてあげたいが、この領地には引っ掛かるところがあり過ぎる。
「…………ハッキリと言っていいですか?」
「なんでしょう?」
「この領地は明らかに怪しいです。ざっと領民の数を数えてみましたが、畑を見たところ明らかに全員を賄えるほどの数も広さもありません。それなのに領民たちの表情は満たされているかのように明るい。こんな歪な領地は見たことがありません」
この領地はあまりにもちぐはぐだ。いくつもの領地を見てきたが、そのどれにも当てはまらない。
そこにはノクトのスキルが関係しているのだろう。
しかし、あのような防壁を作り出したり、領民を安定して生活させる方法。私のしているスキルにはどれも見当がつかなかった。
しかし、最後の最後までノクトはスキルを明かすことになかった。
結局、私はビッグスモール領の状況と成果を加味して、今年の税は免除とした。
領地を立て直したノクトの手腕とスキルは認める、
認めているからこそ不可能を可能にするスキルを明かしてくれないのが残念であった。
これらの力があれば王国は比較的力を伸ばすことができるというのに。
しかし、いつかはその秘密を暴いてみせる。それが王国にとっての飛躍になると私は信じているからだ。
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次のお話も頑張って書きます!




