今は時間を欲する
「徴税官ですか!?」
「あの制服を身に纏っているんだ。間違いないよ」
父が領主をしていた頃も、あのような軍服を思わせる衣服を纏った人が出入りしていた。
その人が来ると、決まって父や兄は苦い顔をしていたものだ。
「しかし、徴税官がどうしてここに?」
「多分、領地が襲撃されて領民が逃げたのを噂で聞いたんだろうね。徴税官はきちんと税が取り立てられるかを把握しないといけないから」
「な、なるほど……」
領主は領地で得た収益、あるいは作物の何割かを国に治める必要がある。
徴税官は納められるものが領地の収益に見合っているものか見極めたりするのが主な仕事だ。
しかし、いくら貴族が納める領地といえど、天候による災害や不作、魔物の襲撃による被害は抗いようがない場合もある。
作物が全滅したというのにいつ通りの税を納めろというのも無理な話だ。
そういう時は今回のように徴税官を派遣し、領地の様子を確かめて税を減らしたり、免除したり、別のものを納めさせたりと判断するのである。
つまり、この徴税官の判断次第で今年の納税が楽になるか厳しくなるか変わってしまうのだ。
幸いにして今の領地は俺のスキルによって復興しているが、それが砂上の楼閣なのには間違いない。
領民の生活のためにもこの徴税官には慈悲を頂きたいものだ。
「案内ご苦労様です。戻っていいですよ」
「はい、はい。それでは失礼いたします」
徴税官の言葉に同意するように俺も頷くと、ガルムは丁寧に頭を下げて戻っていく。
徴税官は軽やかな動作で馬から降りると、俺の目の前に立った。
鮮やかなピンク色の髪を後ろで編み込んでおり、瞳は深い知性を表すような青い瞳をしている。
が、その瞳は酷く険しく睨みつけられているように思える。
「あなたが新しく領主になったノクト=ビッグスモール殿ですね?」
「はい、その通りです」
「私は王国徴税官のレベッカ=アンセルムです。本日はビッグスモール領についてお話を聞きにきましたが……」
レベッカと名乗る徴税官は、そこで言葉を切るとメアへと視線を向けた。
「傍にいるのは私の大切な家臣です。話に同席させて頂きますと幸いです」
「ただのメイドですよね?」
メアを見下すような言い方に少しムッとしてしまうが、徴税官を相手に喧嘩を売るようなことはマズい。
それに通常時はこういう込み入った話になると使用人をはけさせることが多いのだ。レベッカがそう言ってしまうのも無理もないことだった。
「既に領地の噂はご存知だと思いますが、現状では彼女しか家臣がいませんので……」
「そうでしたか。ならいいでしょう」
これに頷くということは領民が逃げ出したこともバッチリ把握しているようだな。
「この領地が魔物に襲撃されたというのは噂で聞きましたが所詮は噂です。ノクト殿の口から詳しい経緯をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、勿論です」
噂を聞いているっぽいので面倒な説明を省けないかなーと思っていたが、やはりそうはいかないよな。きちんと本人から聞いた情報でないと、彼女も上司や国に報告ができないであろう。
メモとペンを片手にこちらの目を真っ直ぐに見据えてくるレベッカに俺は領地を引き継ぐことになった経緯や、領民に逃げられてしまったこと。そして、一から立ち直しを図っていることを大まかに説明した。
とはいえ、ご丁寧に【拡大&縮小】スキルのことを話したり、それを頼りに施策を行っていることは馬鹿正直に話したりしない。
スキルというのは、その人の強みなのだから。
「そうですか。ラザフォード殿やウィスハルト殿は亡くなられたのですね。辛いことを聞き出してしまい申し訳ありません」
「……いえ、これも徴税官様のお仕事ですから仕方がありませんよ」
真摯に頭を下げてくるレベッカに少し驚いた。
徴税官というのは数字ばかり目にしている人が多いので、そういう気遣いはしない人が多いと思っていたからである。
どうやらこれは俺の偏見だったらしい。
「……しかし、話をお聞きしていくつか不可解な点があります」
「なんでしょう?」
柔らかく尋ねると、レベッカはビシッと大森林側にそびえ立っている防壁を指さした。
「……なんですか? あそこに並んでいる巨大な防壁は?」
「大森林の脅威に備えて頑張って建造しました」
「ふざけないでください! あんな王都の城壁に匹敵するようなものが一か月足らずで出来上がるわけがないでしょう!?」
「人は自らの命に危機が迫れば頑張れるものなのです」
「はぁっ!?」
俺の言葉を聞いて、レベッカが何言ってんだコイツみたいな表情をしている。
俺だって同じ気持ちであるが、馬鹿正直にスキルの力で作りました。などと言えば、面倒なことに巻き込まれるであろう。
俺が適当に誤魔化そうとしたのがわかっているのか、レベッカは考え込んだ末に問いかけてくる。
「……もしかして、特別なスキルを手に入れたのですか?」
「ご想像にお任せします」
経緯を説明する上で王都にスキルを授かりに行ったと説明してしまったのだ。
少し考えればわかりきったことであった。
自分のスキルの万能さはよくわかっている。
この力があれば、王国の抱えている問題のいくつかが簡単に解決してしまうだろう。
しかし、俺にとって大事なのは父や兄が守ってきたビッグスモール領を発展させることだ。
特別なスキルを持っているからといるって、王都に連れていかれるわけにはいかない。
「徴税官の私に黙っておくつもりですか?」
「別に私は脱税をしたり、税を誤魔化しているわけではありません」
いくら徴税官が相手でもスキルを開示する義務はない。
徴税官には税のことだけを考えてほしい。
まあ、脱税はしなくても節税はさせてもらうんだけどね。
しばらく黙っているとレベッカは何も聞きだせないと悟ったのか切り替えるようにため息を吐いた。
「……いいでしょう。ひとまずこの話については置いておいて、今年納めていただく税の話をしましょう」
「そうですね。今年は魔物による被害で父や兄も亡くなり、多くの田畑や民家が被害にあってしまいました。何卒、王国と徴税官様にはご慈悲を賜りたいものです」
「ノクト殿はそうおっしゃいますが、領地を見る限り田畑はまだしも民家にそれほどの被害はないように思いますが?」
ここに来るまでにある程度領地の様子を見て回っていたのだろう。レベッカがそのように指摘してくる。
それは俺のスキルと皆の力で乗り切ったんです! と声を大にして叫んでやりたいが、素直に言ってやる必要はない。
「皆で必死になって復興作業に取り組みました。特に移民してくれた力自慢の獣人やドワーフが頑張ってくれたのが大きいです」
別にガルムやギレムだけが突出して働いたというわけでもない。領民の全員が全力を尽くしているからこその成果だ。
その成果だ。
彼等だけを持ち上げる意味はないが、人間よりも優れた力を持つ他種族が加われば説得力になるというもの。
俺の言葉を聞いたレベッカは神妙な顔つきになる。
「…………ハッキリと言っていいですか?」
「なんでしょう?」
「この領地は明らかに怪しいです。ざっと領民の数を数えてみましたが、畑を見たところ明らかに全員を賄えるほどの数も広さもありません。それなのに領民たちの表情は満たされているかのように明るい。こんな歪な領地は見たことがありません」
「そうなのでしょうか? 何分、辺境から出ることがあまりないもので……」
それでもシラを切り続ける俺を見て、レベッカは諦めたようにため息を吐いた。
「…………もういいです。ビッグスモール領は状況を加味して、今年の税は免除とします」
「レベッカ殿のご配慮に感謝いたします」
「ただし、この件は上に報告させていただきますから」
「ええ、どうぞご自由に」
レベッカの鋭い視線が向けられる中、俺は飄々とした態度を崩さずに答えた。
この件というのは俺の領地の違和感についてだろう。
どちらにせよこの領地を守っていくのに現状では俺のスキルが必須だ。
あれほど巨大な防壁を作っている以上、遅かれ早かれ周囲に違和感を抱かれるのは当然であった。
スキルをぶっちゃけてしまう方法もあるが、今領地を離れさせられるのは非常に困る。
後ほど王城に呼び出されるようなことがあったとして、それは当分先のことだろう。
仮にそうなってもスキルで取引を持ち掛ければ、切り抜けられる自信はある。
「わかりました。私はもう少し視察をしてから帰還します」
「私が案内いたしましょうか?」
「結構です」
などと提案するもきっぱりと断られてしまい、レベッカは馬に乗って離れて行ってしまった。
どうやらレベッカに嫌われてしまったようだ。
彼女の背中を見送っていると、隣に控えてくれていたメアは心配そうに言う。
「ノクト様、これでよかったのですか?」
「これでいいんだ。今は領内を安定させるまでの時間が何より欲しいから」
レベッカの言うことは正しい。俺のスキルだけで成り立っている現状の領地はまさに歪だ。
だからこそ、そこを脱出できるように皆で頑張らないとな。




