徴税官
「ノクト、ここに置いてある肉を大きくしてほしい」
領地にある畑に向かって歩いているとリュゼが頼んできた。
テーブルの上には解体されたシカの肉らしきものが並べられていた。
また山で仕留めてくれたのだろう。
「わかったよ、拡大」
解体された肉にスキルを発動して、テーブルに乗るギリギリまで大きくする。
「助かる。これで今日もお肉を食べられる」
「お肉もいいけど、ちゃんと野菜も食べてね」
「……善処する」
エルフ族は森や山で暮らしているからか山菜や野菜、木の実を好む者が多いがリュゼは肉が大好きだ。そういうところもちょっと変わっているな。
「あっ、それとオリビアがノクトを探していた。干し肉を作ったから、拡大して保存食の数を増やしたいって」
「おお、それは助かるな。ありがとう、今から向かうよ」
リュゼの言葉を聞いて、俺は畑からオリビアの家の方に進路を変更して歩く。
「あっ、ノクト様!」
「リュゼから話は聞いたよ。干し肉を拡大すればいいんだね?」
「はい、お忙しいのにすいません……」
「気にしなくていいよ。保存食ができれば領民の皆が喜ぶことだから」
それに最初の三か月は俺のスキルによる食料補給をする約束だ。
ちょっとスキルを使うくらい何てことはない。
「では、いつも通りの大きさでお願いします」
オリビアがまな板をテーブルの上に載せて、それを拡大。
テーブルと同じくらいに大きさになったまな板の上で持ってきてくれた干し肉を次々と拡大していく。
手の平サイズの小さな干し肉がドンドンと大きくなって折り重なっていく。
まるで肉の座布団ができていくようだ。
「ありがとうございます。領民の皆さまにお配りしてきますね」
「いつもありがとうね」
本来であればこういった事は領主である俺やメアがやるべきだろう。
しかし、オリビアをはじめとする領民は率先として、こういう作業をやってくれている。
それは人手が圧倒的に足りない状況ではかなり有難かった。
「いえいえ、これくらいメアさんやノクト様に比べれば大したものではありませんよ」
礼を言うと、オリビアがはにかむように笑った。
グレッグやリュゼ、ベルデナが山に入り、獣の肉や魔物の素材を持ち帰れるようになって領地の生活レベルが上がった。
俺のスキルもあってか、今では毎日のように肉を食べることも可能だ。
ローグとギレムにガントレットを作ってもらったベルデナは、山だけでなく大森林にも潜り込み、凶暴な獣や魔物の駆除も行ってくれていた。
現状は浅いところまでしか行っていないらしいが、領地を襲撃したオークの集団は見つかっていないとのこと。
恐らくオークは大森林の奥に生息をしているか、他のところに流れていったか。
楽観的に考えることは危険なので襲撃に備えて体制を整えてはいるが、ここ数日で領地の安全性が飛躍的に高まったのは事実だ。
ベルデナの持ち帰ってくれたナデルも俺とメアのスキルのお陰で栽培に成功している。
今では収穫したナデルでジャムを作ったり、ワインの製造に取り掛かっていたりもする。
俺とメアのスキルで作物はすぐに育つし、住み家や食料の保証もされているので領民たちの表情は非常に明るいものだ。
そんな状況をどこからか聞きつけたのか、最近はラエルの紹介以外でも人材がやってくるようになった。
人が集まれば物も集まり、より発展する。
それはとても素晴らしいことなので、基本的に俺は受け入れることにしている。
今のビッグスモール領は荒れ果てた領地から小さな領地と言っても問題ないくらいに再興され、活気が出てきていた。
とはいえ、それらは俺のスキルを使うことによって成り立っている部分が多い。
俺一人のスキルを頼った領地経営は将来的に危険だ。
生活は順調ではあるがまだまだ課題はたくさんある。今後、それをどれ程改善していけるかが豊かな生活に繋がっていくだろうな。
■
オリビアのところで拡大を済ませると、俺は当初の予定通り畑にやってきていた。
しかし、それは領民たちの畑ではなく、俺とメアが試験的に運用している畑だ。
「こちらのオレの実は、成熟してからノクト様が三回縮小をかけて育てたものです」
「普通に育てたものと味が違うのか……確かめてみようか」
今回の実験は普通に栽培したものと、縮小を何度もかけて育てたものと味に差異があるのかの検証だ。
何故、こんな何倍も時間もかかるような無駄なことをしていると理由がある。
作物の中には温度の変化、状態の変化で成長をするものがある。
木の実を取られたり、葉野菜のように外側の葉を取られると、作物自身が自身の成長を促し始めるのだ。
それと同じような原理を利用し、成熟したオレの実に縮小をかけてみた。そうすることで、オレの実はまだ実が成長しきっていないと錯覚して栄養を与え続ける。
それを利用すれば、通常のオレの実よりも栄養や旨味が強いものが栽培できるのではないかと思ったのだ。
だ。
もし、これが成功し、他の作物にも運用できるようであれば領地の強みとなるはずだ。
ビッグスモール領で栽培した作物は、他の領地のものよりも格段に美味い。なんてことになれば、噂を聞きつけた商人が買い付けにくることもあり得るし、美味しい食材が食卓に並んで領民たちも喜んでくれるだろう。
俺のスキルに頼った施策ではあるが、やってみる価値はあると思った。
そして、それを確かめるべくメアがオレの実をカットしてくれる。
「こちらが普通に育てたものです」
「わかった」
まずは普通のオレの実を口に運んでくる。
皮は食べられるけどあまり美味しくないので果肉だけを食べてみる。
粒のような果肉が弾けて柔らかい甘味が広がった。
「うん、普通にオレの実だね」
「そうですね」
前世の食材でたとえるなら味の薄いマンゴーみたいな感じだ。いい風味をしているけど、甘みが少し足りない。
「こちらが縮小をかけて育てたオレの実です」
次にメアは縮小をかけて育てたものを差し出してくれた。
先ほど食べたオレの実と見た目に違いはない。だけど、若干こちらの方が風味が強い気がする。
いや、それは先程食べたオレの実が口の中に残っているからだろうか? ちょっと判断しにくい。
育てあげた時間が違うから自分の目論見通りにいってほしいものだな。
少し緊張しながらも俺とメアは同じタイミングで食べてみた。
「美味しい!」
「甘いです!」
俺とメアは瞬時に叫んでいた。
食べてみてすぐにわかった。内包されている果肉の甘みや風味が全然違う。
まさに前世で食べたマンゴーのようなフルーティーな風味と上品な甘みがオレの実に備わっていた。もはや物足りないなどとは感じない。
「普通に育てたものとは段違いだ!」
「ノクト様の考えていた通りになりましたね!」
「思い付きでやってみたけど上手くいってよかったよ」
通常の栽培より手間も時間もかかっているので上手くいってくれて本当によかった。
成功したことに喜びと安心が五分五分の気持ちだ。
「これなら他の作物でも同じような結果が得られるかもしれませんね」
「そうだね。ゆっくりと他の作物でも試してみよう」
ひとまず、このオレの実はビッグスモール領の新しい特産品になりそうだな。
今度、ラエルがやってきたら売っていけるか相談してみよう。
「ノクト様ー! お客人がきていますー!」
などと考えていると、後方からガルムの声がした。
振り向いてみるとガルムの隣には馬に乗っている鋭い目つきの女性がいる。
王国の紋章のついた帽子にカッチリとした制服を纏っている姿を見て、俺はその者がどのような人物なのか理解した。
「ノクト様、あちらの方は?」
「……徴税官だね」




