巨人族のパワー
ガルムやグレッグ以外にもベルデナを連れていくと、変わりように驚いたものの領民は慌てることなく受け入れてくれた。
俺としてももっと騒ぎになるのではないかと懸念していたが、意外にも領民たちは非常に落ち着いたもの。
気になって尋ねてみると宴の時に俺が拡大で大きくなったので、その逆もできるとは思っていたらしい。
まあ、日頃から領民たちは俺のスキルを見ていることだし、領主様ならそういうこともできますよねーって感じだった。
領民たちの肝が据わっているというか、妙に器が大きいところを改めて実感したな。
そんな感じでベルデナの顔見せが終わって翌日。
「ノクト、肉を取りに行ってくる!」
ベルデナが早速とばかりに狩りに行こうとしたので、俺は慌てて引き留める。
「待って。不安だから俺とグレッグも付いていくよ」
「えー? 別に私一人で大丈夫だけど?」
「そうかもしれないけど、魔物や獣と戦うベルデナを一度も見たことがないしさ」
ベルデナが凄まじい身体能力を持っていることは知っているが、それは人間相手の話だ。
魔物との戦闘経験があると言っているが、可能であればしっかりと戦えているかこの目で見たい。
「ふーん、ノクトは私が心配なんだ?」
そのことを必死になって説明すると、難色を示していたベルデナがちょっと嬉しそうに言った。
「そうだよ。心配で仕方がないから一度だけ付いていかせてくれないかい?」
「しょうがないな。ノクトがそこまで言うなら付いてきていいよ」
「ありがとう」
なんだかんだ俺に構ってもらえることは嬉しいらしく、下手に出てみるとすんなりと許可してくれた。
ただこの手を使うとメアが何か言いたそうな顔をしているのが気になる。
ベルデナのことを甘やかしていると思われているのだろうか。
ベルデナなら心配ないとわかっているけど、彼女は俺が誘って領民にしたのだ。
領民になって二日や三日で怪我をしたりしたら申し訳がないから、しっかりと面倒を見てあげたいのだ。
そういうわけで今だけは大目に見てもらえると助かる。
ベルデナと山に入ることを決めた俺は、準備をしてグレッグの家に向かった。
グレッグの家はローグやギレムの近くの家だ。
ローグたちの家からは今日も何かしらの物を作っているのか、金属の音が鳴り響いていた。
「グレッグ! ノクトだ。ちょっといいかい?」
「あっ、はい! ただいま!」
扉をノックすると、中からすぐにグレッグの返事がした。
昨日は二日酔いだと言っていたので少し心配だが大丈夫だろうか。
「おはようございます、ノクト様。今日はどうしました?」
不思議そうにこちらを見やるグレッグに、俺はベルデナの狩りに同行してもらいたい旨を説明する。
「わかりました。付いていきましょう。ベルデナの嬢ちゃんがどれだけ動けるか、同じ狩人の仲間として気になりますからね」
「助かるよ。ちなみにだけど、二日酔いの方は大丈夫だよね? 治りきっていないなら日を改めるけど」
昨日、グレッグは二日酔いになって苦しんでいる様子だった。
まだそれが残っているというのであれば、今日は諦めて別の日にするのがいい。
「大丈夫ですよ。オリビアから貰った薬のお陰ですっかり元気です」
「なら、よかった」
グレッグの顔色もいいし、声にも張りがある。
オリビアの薬はどうやらしっかり効いたようだった。これなら問題ないな。
「どうせならリュゼも連れていきますか?」
「いや、リュゼには薬草の採取を頼んでいるから大丈夫だよ」
昨日、ベルデナと顔合わせをした時に頼んでおいたのだ。オリビアが備蓄の薬を作れるように採ってきてもらいたいと。
恐らく、既に薬の材料になる素材を採りに山に入っていることだろう。
「わかりました。では、準備しますので少しお待ちください」
グレッグはそう言うと引っ込んで、速やかに狩りに出る準備を整えて出てきた。
「それじゃあ、行こうか」
「うん!」
グレッグの準備が整うと、俺たちは山に向かって歩き出すのであった。
■
領地の北側にある山道を歩いていると、グレッグがふと尋ねた。
「ところで、ベルデナの嬢ちゃんは武器はどうするんだ?」
ベルデナを見ると、最低限の防具をつけているだけで装備品らしいものは何もつけていない。
「拳だよ!」
「拳でって……ガントレットもつけてないみたいだが大丈夫なのか?」
「うん! へっちゃら!」
グレッグが心配するが、ベルデナは特に気にした風もない。
「もしかして、戦う時は元の大きさに戻ることを想定してる?」
元の大きさであればそのままであろうとパワーで押し切ることができるだろう。
その前提ならば納得できる。
「え? 嫌だよ。せっかく皆と同じ大きさになれたのに!」
しかし、ベルデナは元の大きさに戻ることを前提としていないようだ。
「別に元の大きさになったからって言って、また小さくなれないわけじゃないからね?」
「それでも嫌なの! 私は皆と同じ今のままで戦いたい!」
巨体だったが故に皆と同じ生活ができなかったベルデナは、どうやらあまり巨人の姿に戻りたくないようだ。
それも無理はない。まだこの姿になって二日程度なのだ。人間サイズに戻れるとわかっていても、彼女がこの姿に拘るのも仕方がないことだろう。
「わかった。ベルデナがそう言うなら、このまま行こう」
「ノクト様がそう言うのなら……」
「ありがとうノクト!」
まあ、人間サイズでもあの身体能力を誇っていたベルデナだ。
たとえ、魔物が現れたとしても簡単にやられることはないだろう。何かあっても俺とグレッグが手を貸してあげればいい。
「あっ! 早速、敵がきたみたい!」
「本当?」
ベルデナが緊張感のない元気な声を上げるお陰で、緊張感がまったく感じられない。
というか、俺とグレッグはまだ気配を捉えることすらできていなかった。
それでもベルデナが視線を向けている方向に意識を向けると、微かな足音や気配が感じられた。
「……リュゼ並の感知能力ですね」
つまり、ベルデナは知覚に優れているエルフ並の感覚を持っているということになる。
山で生活していたからこそ、鍛えられた能力なのかもしれない。
頼もしく思いながら敵がやってくる方向を注視していると、やがて木々の間から二つの影が見えた。
輝く白銀のような毛を持つ狼。真っ赤な赤い瞳は敵意を剥き出しにしており、獰猛な唸り声を上げながらこちらに直進していた。
「シルバームーンか!」
山に生息する中でも危険度の高い魔物だ。
高い機動力で接近され、噛みつかれでもしたらひとたまりもない。
もう少し弱い獣やゴブリンなどで様子見したいところであるが、想像以上に厄介な魔物が出てきた。
俺とグレッグは剣を構えて応戦しようと構える。
しかし、ベルデナはシルバームーン二体を目にしても怯むことなく、まるで自分の庭を散歩するかのような足取りで前に出た。
「見ててね、ノクト! 私が強いってところ見せてあげるから!」
「ベルデナ、こっちより前を!」
呑気に後ろを向いているベルデナに一体のシルバームーンが飛びかかった。
しかし、ベルデナが即座に振り返って拳を振り下ろした。
ベルデナの拳はシルバームーンの背中を見事に捉え、そのまま地面に叩きつける。
その衝撃で地面は深く陥没し、もろにパワーを受けたシルバームーンは血を吐いてペシャンコになっていた。
「……な、なんてパワーだ」
「小さくなっても巨人族の力は健在ってことですかね?」
砂煙と木の葉が舞い上がる中、俺とグレッグはただただベルデナの生み出したパワーに圧倒されていた。
縮小をかけたというのにベルデナの力は健在なのか。
「うーん? 小さくなったせいか思ったより力が出ないや」
違った。どうやら縮小をかけた影響で力も弱まっているらしい。
それでもあの速度と力を発揮できるとは、巨人族のスペックはどれほどなのか。考えるだけで恐ろしい。
「キャインッ!」
「あっ! ちょっと逃げないでよ!」
仲間が凄まじいパワーで瞬殺されたからか、もう一体のシルバームーンが甲高い声を上げて一目散に逃げる。
しかし、ベルデナは逃走を許さず、シルバームーンを上回る速さで追いかけて一撃をお見舞いした。
ベルデナはクレーターの中に沈んだシルバームーンを拾い上げると、誇らしげな表情でこちらにやってく
る。
「どう? ノクト? 私、このくらいの魔物なら余裕だよ!」
まるで収穫した畑の食材を見せにくるような無邪気さだ。
ベルデナにとってはこの程度の魔物は、作物を収穫するのと同じような作業感覚らしい。
俺たちが心配するのが逆に失礼なくらいの実力だ。間違いなくベルデナは今の領地のトップ戦力。
「想像以上で驚いたよ。今後、よかったら魔物退治もお願いしてもいいかい?」
これだけ突出した戦闘力なら山の狩りは勿論、大森林の魔物の間引きをお願いすることもできる。
たとえ、実力があろうと深くまで行かせる気はないが、調査をしてほしい気持ちもあるのだ。
「うん、いいよ! 私に任せて! ノクトと領地の安全は私が守るから!」
おずおずと尋ねた俺の言葉にベルデナは快く頷いてくれた。
これが終わったら、ローガンかギレムに人間サイズのガントレットでも頼んだ方がいいかもしれないな。
やっぱり、素手で魔物を潰してしまうと手が汚れしまうから。
なんて考えていると、ベルデナの腹部からぎゅるるるると音がした。
「ノクト、お腹空いちゃった!」
「もう?」
「なんかこの身体、動いたらすぐにお腹が空くんだよねー」
どうやら巨人族の内包されたパワーを使うとエネルギー消費が激しいのかお腹が空いてしまうらしい。
なんとも可愛らしいことでクスリと笑ってしまう。
「わかった。もう少し狩りをしたら少し早いけど昼食にしよう」
「本当!? じゃあ、もうちょっと頑張る!」




