狩人兼護衛
「よし、この辺にしようか」
朝食を食べ終わった俺は、ベルデナの実力を見るために屋敷の庭に移動した。
今は使用人がいないために芝の手入れがなっていないが、ここならば転んだりしても怪我は最小限で押さえられるはずだ。
「ベルデナはどうやって山で戦っていたんだい?」
「うーん、その辺にあるものを棍棒にして使ったり、石を使ったり。あとはそのまま拳とか!」
ブオンと右ストレートを放ちながら答えるベルデナ。
今の拳圧や自信満々の態度から見るに結構な実力がありそうだ。
となると、剣での戦いはあまり慣れていないのかもしれないな。
「わかった。なら、最初は組手をしよう」
「組手って?」
「武器を使わずに体術で戦うことさ」
「わかった! それでいいよ!」
大体の戦い方がわかったのか、ベルデナは笑顔で了承する。
まずは体術で身体の動きを見てみよう。それである程度の実力はわかるはず。
「メア、開始の合図を頼むよ」
「わかりました」
メアに審判役を頼むと、俺は腰を低く落として構えを見せる。
対するベルデナは身体を軽く捻ったりするも、特に構えを見せる様子はない。
自然体といった感じで突っ立っている。
武芸を嗜んでいる風はしないが、山で魔物や狂暴な獣を退治していたので油断はできない。
「それではいきますよ……始め!」
メアによる合図の声が上がった瞬間、前方にいたベルデナの姿が消えた。
視界から一瞬にして消え去ったベルデナを探して視線を巡らせると、不意に視界が斜めになって、気が付くと俺は空を眺めていた。
「えっ?」
遅れて自分が倒れたのだとわかり、頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
あれ? 一体、どうなったんだ? 気が付けばベルデナがいなくなって流れるように倒された?
「……ノクト、もしかして手を抜いた?」
俺が戸惑っていると、ベルデナがこちらを覗き込むように見ていた。
その表情には純粋な疑問と不満のようなものが混じっている。
もしかして、俺が手を抜いていたのだと誤解されているのかもしれない。
「いや、そんなことはないよ。ベルデナはあの山で生活していたほどの実力者だ。手を抜いたり、舐めてかかるようなことはないさ」
「じゃあ、ノクトは今ので本気なの?」
ただ、事実を確かめるための純粋なベルデナの言葉。
「あ、はい。今のが基本的な実力になります」
筋肉を拡大していたりすれば純粋な力は上がるが、それがあったところで彼女の速さに対抗できたわけでもないので言い訳にもならない。
たとえスキルで対抗しようが、その前にやられてしまえば同じことだ。
恥ずかしいことであるが、俺の実力ではベルデナにまったく歯が立たなかったのである。
素直に事実を述べると、ベルデナは難しい顔をして腕を組む。
「……うーん、ノクトって人間の中では特別に弱いとか?」
「確かに冒険者や騎士などの一流の戦士に比べると弱いだろうけど、そこまで弱いはずじゃないと思うよ」
「は、はい。ノクト様は決して弱い方ではないと思います」
やられて尻すぼみがちになっている俺をメアがフォローしてくれる。
グレッグやリュゼのような経験豊富な冒険者や狩人には引けをとるかもしれないが、昔から剣の稽古や体術の稽古は受けていたし、魔物と戦った経験もある。
ベルデナの思うような特別に弱いような枠ではないと思いたい。
「そうなんだ。でも、これじゃあノクトが心配だよ」
「逆にベルデナが強すぎな気がするけど……」
ベルデナが接近したことを全く知覚できなかった。恐らく、俺の反応速度を上回る速度で接近してきたのだろう。
そんなことができる相手は見たことがないのだが。【身体強化】のスキルを持っていた兄より速かったような?
「決めた! 私、ノクトの護衛をする!」
「俺の護衛?」
「うん、だって私が傍にいないとノクトがあっという間に死んじゃうから」
ベルデナからすれば、そこまで心配してしまうほど俺が弱いのだろうか。
仮にベルデナが魔物だとしたら、俺は一瞬で殺されてしまっていたわけだけどそんな魔物が山や大森林にいるのだろうか。
「確かに護衛はいるに越したことはないけど、現状ではベルデナを護衛だけに縛り付けておくのは勿体ない気がするな」
「それでしたら狩人兼ノクト様の護衛とするのはいかがでしょう? ノクト様のお気持ちもわかりますが、私としては護衛は必要だと思います。ノクト様に頼り切りな現状、ノクト様の身になにかあれば領地が破綻してしまいますから」
そうだな。メアの言う通り、今の領地は俺のスキルによって立て直しができている状況だ。
ここで俺がスキルを発動できないような状態になってしまえば、せっかくの努力も無駄となる。
スキルがなくても生活していけるようになるまで、俺の安全を確保しておくのが重要か。
「そうだな。じゃあ、狩人をやりながら、必要な時は俺の護衛として働いてもらうことにしよう」
「それがいいと思います」
「そんな感じでいいかいベルデナ?」
「うん、いいよ! 肉もとってくるし、ノクトも守る!」
◆
ベルデナが狩人兼護衛として働くことになったのが、領民たちはそもそもベルデナがどこに住んでいるかすら知らない。
少なくとも巨人の頃と今のベルデナを紐づけるのは難しいだろう。
身長だけでなく、身なりを整えることで印象も変わったからな。
そういうことで俺はベルデナの領地案内も兼ねて、領民たちに顔見せをすることにした。
屋敷から領地の中心地に向かうと、今日もガルムとククルアが畑作業をしていた。
「ノクト様、おはようございます!」
「おはよう」
ガルムとククルアは俺たちの足音に気付いたのか、振り返って挨拶をしてくれた。朝から挨拶を交わすと気持ちが前向きになっていいな。
「オリビアはどうしたんだい?」
周囲を見渡してみたが、彼女の姿だけが見えなかった。
ベルデナを紹介しにきたので、紹介するなら一度にしてしまいたいのだが。
「オリビアならグレッグに薬を渡してーーああ、ちょうど家から出てきましたね」
ガルムの視線の先を見てみると、そこには頭を痛そうに押さえるグレッグとにこやかに笑うオリビアがいた。
「ノクト様、おはようございます」
「んん? 領主様ですか。おはようございます」
「おはよう。グレッグは二日酔いかい?」
「ええ、ちょっと久し振りにはしゃぎ過ぎたようです」
やはり二日酔いのようだ。グレッグが少し恥ずかしそうに笑う。
「にしても、オリビアは薬も作れるのかい?」
「ええまあ。とはいっても、ちょっとした風邪薬や傷薬といった軽いものしか作れませんが」
俺が期待を寄せるのがわかったのだろう、オリビアが少し慌てたように謙遜する。
「それでも十分だよ。よかったら材料をいくつか供給するから、空いた時間に作ってくれないかい?」
この世界では怪我は回復魔法やポーションといったもので治し、病気は薬やスキルで治すのが一般的だ。
治療系のスキルや回復魔法を使える者はかなり稀なので、基本的に薬を頼ることになる。
メアのスキルと俺のスキルを組み合わせれば治療も可能かもしれないが、病気への対抗はできない。
領民たちの健康も考えて、薬の増産は是非とも取り組んでもらいたい問題だった。
「わかりました。ノクト様がそこまで言うのであれば」
「忙しい中、仕事を増やしてごめんよ」
「いえ、ノクト様ほどではありませんから」
そう謝るとオリビアが苦笑した。
俺ってそんなに働いているだろうか? 農業や子育てをしているオリビアの方がよっぽど忙しいと思うが。
「それにしてもノクト様の隣にいるのはベルデナさんですよね? 随分と印象が変わりましたね」
「ベルデナ、小さくなったの?」
「そうだよ! えへへ、ノクトがここで生活しやすいように小さくしてくれたんだ」
会話がひと段落してベルデナを紹介しようと思っていた矢先に、オリビアやククルアに看破されて驚く。
「あれ? 一発でベルデナだってわかるの?」
「この綺麗な女の子がベルデナだって!?」
俺が戸惑う隣で、グレッグが目を剥いて驚愕していた。
そうだよね。これが普通の反応だよね? 俺だけが鈍いんじゃないかと不安になるところだった。
「オレたち獣人は鼻が利くので匂いで判別できますよ。同じ匂いに髪色をしていれば、昨日のノクト様のようにスキルで小さくしてもらったのかなーって」
「なるほど」
確かにどれだけ大きさや見た目が変わろうとも匂いまでは変わらない。オリビアやククルアがすぐにベルデナだとわかったのも納得だった。
「いやいや、そうは言いましてもまさか他人の身長すら変えられるなんて。本当にノクト様のスキルは規格外ですね」
「まだあまりわかっていないことも多いし、条件もあるけどね」
なんてグレッグと話していると、いつの間に近くにやってきていたのかククルアが袖を引っ張った。
最初は人間ということで怖がられていたけど、最近でじゃ随分と懐いてくれたものだ。
こうやって彼女から話しかけてくれることが嬉しくて、思わず頬が緩んでしまう。
「どうしたんだい?」
「ねえ、ノクト様。私も大きくすることができる? 私、早く大人になりたいの!」
無邪気な瞳でそんな可愛らしい頼みごとをしてくるククルア。
その気持ちは非常にわかる。大人たちが働いている中、自分は子供故に力になれなかったり、足手まといになってしまったり。そんな歯痒い気持ちを俺も味わってきた。
ガルムやオリビアの力になりたいと思う、ククルアの気持ちもよくわかる。
「ククルアが一刻も早く皆の力になりたい気持ちはわかるけど、焦らなくていいんだよ。大人になったらできないこともたくさんあるんだから今はゆっくりと色々なことを経験して学ぶといいさ」
「‥‥うん、わかった」
何となく俺の言いたいことはわかってくれたのだろう。ククルアはちょっと残念そうにしながらも頷いてくれた。
ククルアのように子供が焦らなくてすむような環境を作ってあげないとな。
ククルアと会話をして、俺は改めて決意するのであった。




