ベルデナの役割
ベルデナがやってきた翌朝。
屋敷の寝室で今日も目を覚ましたのであるが身体が妙に重い。
もしかして、風邪を引いてしまったのだろうか?
「んん……」
寝起きでボーっとした思考の中そんなことを考えていたが、不意に聞こえた僅かな吐息に意識が覚醒する。
恐る恐る右側を見てみれば、そこには見た事のない少女が眠っており俺に抱き着いていた。
絹のような金色の髪に綺麗な白い肌。顔立ちはとても整っており、紛れもない美少女である。
頭の中で知り合いや領民の全てを思い浮かべるが、このような少女は知り合いにいない。
「うわっ! 誰っ!?」
「ん、んん……もう朝?」
驚きながらも身を起こして離れると、ベッドに入り込んだ少女が寝ぼけながらもそう呟いた。
少女は眠そうに瞼を擦ると、パッチリとした青い瞳を向けた。
「ノクト、おはよう!」
そして、元気よくそう叫ぶと再び俺に抱き着いてくる。
女の子特有の良い匂いだったり、柔らかい感触だったり、ベッドの上だったりと色々と状況がマズい。
「お、おお、おはよう! でも、君は誰だい?」
「ええ、ノクトってばどうしてそんな酷いこと言うの?」
改めて尋ねると、少女は酷く傷ついたような顔をする。
そんな様子を見ると、こちらが酷く悪いことをした気になるが、知らない人に名前を尋ねただけで特に悪いことはしていない。
しかし、目の前の少女は今にも泣いてしまいそうで一体どうすればいいのか。
「ノクト様、失礼いたします。こちらに――」
などと戸惑っているとメアが控えめなノックをしながら入ってきて固まった。
今の状況を俯瞰してみると、見知らぬ美少女とベッドの上で抱き合っている俺という構図だ。
「ち、違うんだ、メア! この子が――」
「あっ、メアだ!」
ドラマで見るような不倫現場のような言葉を出してしまったが、それを遮るように少女が元気な声を上げた。
俺だけでなくメアも知っている?
もしかして、目の前にいるこの子は――
「ベルデナさん! こんなところにいたんですか。ちゃんとベッドで寝てくださいって言ったじゃないですか!」
「だって、ベッドって慣れないし一人じゃ寂しかったんだもん!」
俺の予想通り、目の前にいる金髪の少女は巨人族のベルデナであった。
「本当にベルデナなんだよな?」
「そうだよノクト。急に知らないフリなんてするから傷ついたよ! 俺の領地に住まないかって誘ってくれた癖に」
おずおずと尋ねると、ベルデナが不満を露わにしながらそう言った。
「ごめん。でも、昨日と全然違うからわからなかったんだ」
昨夜、就寝の前にベルデナをお風呂に入れてあげることになった。
そうなると、男性である俺に役目はないわけで、その後も寝室で寝るだけ。
後のことはメアに任せて俺は先に就寝したのである。
「そう思ってしまうのも無理ないですね。お風呂に入って、身なりを整えるとベルデナさんすごく綺麗になりましたから」
「うん、なんというか別人かと思っちゃうくらいだよ」
肌の汚れは落ち、ボサボサだった髪は見事に艶を取り戻している。
昨夜、覗き見た段階でも綺麗な顔立ちをしているかもしれないと思っていたが、想像以上であった。この変化には領民もビックリするだろうな。
「本当? 私、綺麗?」
「うん」
「綺麗?」
俺がハッキリと言わなかったからだろう、ベルデナが求めるように強調してくる。
「うん、ベルデナは綺麗になったよ」
「えへへ、そっか!」
俺にも綺麗と言ってもらえて嬉しいのかベルデナは満足そうに笑っていた。
そんな風に素直に喜ばれるとこちらまで照れてしまいそうだ。
「それにしても、ベルデナさんはいつまでノクト様に抱き着いているんですか。そろそろ離れてください」
「えー? なんでー? 別にいいじゃん?」
「よくありません!」
まさか平然と切り返されるとは思っていなかったのだろうメアが狼狽えながらも反論。
「あー、わかった! メアってば羨ましいんだ!」
「ち、違いますから!」
ベルデナにからかわれてメアが顔を真っ赤にして叫ぶ。
どうやらベルデナは色々と学ばなければいけないことがあるようだな。
これからしばらくの間は生活が賑やかになりそうである。
◆
それぞれが朝の身支度を済ませると、ダイニングルームで朝食を摂る。
今朝のメニューは宴の残りの肉と野菜のスープにパンだ。
三人揃ってイスに座ると、俺たちは朝食を食べる。
「んー、美味しい!」
山でロクな料理を作ってこなかったベルデナにとって、ここでの料理は全て新鮮に思えるようだ。食べている時の彼女は本当に幸せそうだ。
「ノクトたちは毎日こんな美味しい料理を食べてるの?」
「メアの腕がいいのもあるけど、さすがに毎日こういう料理を食べることは難しい状況だね」
「なんで?」
「このスープにはたくさんの野菜や肉が入っているからね。特に肉は中々手に入る状態じゃないから、毎日食べるのは難しいんだ」
残り物とはいえ、たくさんの野菜と肉が入っているためにこのスープは豪勢なもの。
さすがに肉の旨味なしでは、これと同じくらいの味を再現するのは難しい。
「ええ? ここにはお肉を取る人がいないの?」
「いるにはいるんだけど数人しかいないからね」
現状ではグレッグやリュゼが主な狩人であり防衛戦力だ。他にも数人の農民が兼業で狩人をやってくれているが、まだまだ足りているとはいえない。
グレッグとリュゼがやってきてくれたのは本当に最近だったので、ようやく昨日山に入れたというわけである。
まだ山に慣れるまで時間がかかるだろうし、一日活動しても成果がないという場合もある。
昨日のように安定して肉が食べられるかというと微妙だった。
「だったら、私がお肉をとってくる!」
「ええっ、ベルデナさんがですか?」
「うん!」
メアが思わず驚きの声を上げるが、ベルデナは気にした様子をみせずしっかりと頷いた。
「……ベルデナ、山に入るってことは、魔物や狂暴な獣と遭遇することもあるんだよ?」
「それなら毎日のように戦ってたよ」
それもそうだった。ベルデナは山でずっと一人暮らしていた強者だった。
しかも、魔物を相手にしても返り討ちにして食料にしていたと聞く。
思わず口にした問いかけであるが、愚門だったのかもしれない。
「いや、でも今のベルデナは巨人族の姿とは違うんだ。今もそんな風に戦えるかはわからないじゃないか」
「確かにそれはそうですね」
身長が六メートル以上あった時であれば、ベルデナの体躯をいかして獣や魔物を倒せたかもしれない。
しかし、今は俺たちと同じくらいの身長をした女の子だ。とても、以前と同じように戦えるとは思えない。
「そんなことないよ。身体は小さくなったけど、多分前と同じように戦えるよ?」
グッと拳を握り締めながら根拠もなしにそう告げるベルデナ。
もしかして、縮小されても内包された巨人族のパワーが残っていたりとか?
自分の身体で試した時は縮小されると力も声も下がっていたように思えるが……。
でも、他人に施したのは初めてだし何ともいえないな。
ベルデナは子供っぽいところはあるが、強がりで嘘を言うようには見えないし。
「わかった。今日はベルデナが森に行けるような実力があるか試してみることにしよう。それで十分な実力があれば、狩人として働くってことでいい?」
「うん、わかった!」
俺の提案に文句はないのかベルデナは素直に頷いた。
ひとまず、実力を測ってみてそれからベルデナがどうしたいか改めて尋ねてみることにしよう。




