ベルデナ
「ふあー、美味しいものをお腹いっぱい食べて幸せー」
「満足してもらえてよかったよ」
たくさんの料理を食べたベルデナが満足そうにお腹を撫でた。
巨人族だけあってか彼女の食欲はすさまじいもので、料理をかなり拡大した。
明日から普通に食べる料理のスケールに物足りなさを感じてしまいそうだ。
「さて、夜も更けてきたしそろそろ片付けるか」
「そうですね。あなた、手伝ってください」
「んん……?」
長く続いた宴もお腹が膨れて満たされると終わりへと近づく。
領民たちはどことなく眠そうにしながらテキパキと後片付けをにとりかかる。
子供たちは大半が家に戻っており、残っていた元気な子供もこくりこくりと船をこいで、母親に連れ帰られていた。
大きくなったままの俺は、迂闊に動くと迷惑がかかるので拡大したテーブルやイスに縮小をかけるだけにとどまった。
そして、あっという間に後片付けが終わり、領民たちは家に帰ることになる。
「じゃあなー! ベルデナちゃん!」
「また、遊びにきてくださいね」
「う、うん! 皆、ありがとう!」
グレッグやオリビアたちが手を振り、ベルデナもそれに元気よく応えた。
そして、皆が家の中に入っていくのをベルデナは寂しそうに見つめていた。
俺たちはここに住んでいるが、ベルデナの住み処は山の中だ。
同じ場所に帰ることができないのを寂しく思っているのだろう。
ベルデナは巨人族というだけで、俺たちと変わりない人間だ。
山で生活をしていたせいか世間知らずなところはあるが、すごく性根も真っ直ぐで優しい。
現に突然現れたにも拘わらず領民たちと仲良く過ごしていた。
彼女のことを領民たちも気に入っているのは明らかだった。
俺は少し考え込んだ後に、勇気を振り絞って言ってみる。
「……ベルデナ、ここに住まないか?」
俺の言葉にベルデナは驚いたように目を開いた。
既に俺の領地でもある山に住んでいるベルデナに言うのはおかしいが、彼女であれば一緒に生活できると思った。
「……すごく嬉しいよ。ここの人間たちはすごく優しいし、私を見ても攻撃してこない。ノクトだっているし、私も皆みたいにここに住んでみたい。でも、私は巨人族だから皆と一緒に過ごすのは難しいよ」
シュンと顔を俯かせながらどこか諦めたようにベルデナ。
宴の時は明るく、屈託のない表情を見せていた彼女であるが、どうやら過去に人間と色々とあったようだ。
そうだよな。そうでなければ、ベルデナは山で生活なんてせずにどこかの村か街に降りて人間と共に生活していただろう。
「私は皆よりも大きいから、皆と同じ目線で話して、食べて、笑って……そういうことができないんだ。家にも入れない」
青い瞳を潤ませながら吐露するベルデナ。それは彼女の願望のように思えた。
それは誰もが普通に皆と共有できることであるが、巨人族である彼女にはできない。
同じ空間にいることすら難しく、家に入ることすらできない。
しかし、それが無問題であればどうだろうか?
まだ自分にしか試したことはないが、俺のスキルは人体にも作用する。
ベルデナに縮小をかけて、俺たちと同じ大きさになれば問題ないんじゃないだろうか?
魔物であるスライムだっていけたんだ。ベルデナだってできる可能性は十分にある。
「じゃあ、俺のスキルでベルデナが小さくなれるとしたらどうだい?」
「え……?」
驚くベルデナをよそに、俺は自分の身体に縮小をかけて元の大きさに戻る。
「俺たちと同じ大きさになれば、ベルデナが思うような問題もなく皆と生活できると思うんだ」
「……でも、そんなことできるの?」
「確証はないけど、試してみないかい?」
「……うん、お願い。やってみて。私もノクトたちと一緒に暮らしたいから」
そう提案すると、ベルデナは力強く頷いて目を瞑った。
了承がとれたので俺はベルデナに手をかざして縮小をかけてみる。
「んっ!」
すると、ベルデナがうめき声を上げて身体を強張らせた。
スライムの時よりも大きな抵抗を感じる。
僅かにベルデナの身長が縮んでいるように思えるが、劇的な効果は出ていない。
かけられたスキルに無意識にベルデナの心と身体が抵抗してしまっているのだろう。
「このスキルを人間に施すには、恐らく相手との信頼が大事なんだと思う。ベルデナ、俺のスキルを怖がらずに受け入れてくれ」
「わかった。ノクトを信じる」
ベルデナはそう言うと、身体をリラックスさせた。
すると、スキルの抵抗があっさりとなくなり、ベルデナの身体がみるみる小さくなっていく。
そして、ベルデナは俺と同じくらいの身長になった。
「ベルデナ、もう目を開けてもいいよ」
俺がそう言うと、ベルデナはゆっくりと目を開ける。
目の前に俺やメアと目線が合う事に驚き、自分の手足をしきりに確認する。
「ノクトやメアが大きくなったわけじゃなく、私が本当に小さくなったんだよね?」
「ああ、そうだよ」
確かめるように尋ねてくるベルデナの言葉にしっかりと頷いてあげる。
「これが人間の世界。普通の皆の目線なんだ……」
ベルデナは改めて自分の状況を理解したのか、嬉しそうに青い瞳から涙をこぼすのであった。
◆
ベルデナが落ち着くと、俺たちは屋敷へと戻る。
小さくなったとはいえ、ベルデナは今まで山でしか暮らしたことがない。人間の一般的な生活経験は皆無に等しい。
そんな状態の彼女を民家に放り込むのはさすがに可哀想なので、俺とメアが屋敷でしばらく面倒を見ることにしたのである。
「うわー、人間の歩幅って本当に小さいんだ。歩いても歩いても進まないや」
そんな本人であるが特に落胆した様子はない。
むしろ、小さくなってしまった現在を心底楽しんでいるように思える。
自分の足や周囲の光景が楽しくて仕方がないといった感じだ。
「うわっと!?」
「おっと、危ない」
周りの景色に気を取られているベルデナが躓いたので、慌てて俺が支えてあげる。
「急激に身長が変わると今までの間隔とズレが出るから足元には特に気を付けてね」
「えへへ、ありがとうノクト。これからは、転びそうになってもこんな風に受け止めてもらえるんだね」
などと注意するが、ベルデナは受け止めてもらえたことが嬉しいのかにこっと笑っていた。
あんまり忠告が頭に入っているような気がしないが、今日くらいは大目に見てあげることにしよう。
俺かメアが注意してみてあげれば済むことだ。
などと思っていると、後ろを歩いているメアの顔がどこかむくれている気がする。
「どうかしたメア?」
「……なんでもありません」
気になって尋ねてみるも、メアはぷいっと顔を逸らして言う。
いや、唇が尖っているしいかにも不満そうなんだが。
まあ、女性については深く尋ねると何が起こるかわからないし、あまり深く尋ねないでおこう。
そうやってベルデナの面倒を見ながら歩いていると、俺たちの屋敷にたどり着いた。
「ここがノクトの家?」
「そうだよ」
「皆の家よりも大きいね!」
「まあ、仮にも領主の家だからね」
「領主って?」
「皆のリーダーみたいなものだよ」
「そうなんだ!」
まあ、メアには色々と足りない知識があるが、そえはおいおいと教えていってあげればいいだろう。
それよりも今はやってやりたいことがある。
屋敷の門をくぐると、俺とメアは玄関の扉を開ける。
そして、二人で速やかに燭台に火をつけて玄関で呆然と待っているベルデナを迎え入れた。
「それじゃあベルデナ、俺たちの家にようこそ」
「これからは私たちの領地で暮らしませんか?」
「うん、うん! ノクト、メア! こちらこそ、よろしく!」
俺たちの言葉に感極まったのかベルデナは嬉し涙を流しながら抱き着いてきた。
人間ながら巨人族のパワーは健在なのか、俺とメアはあっけなく押し倒されたのであった。




