巨人族の女の子
「う、うわああっ! なんだお前はっ!?」
尻餅を突いたグレッグの視線の先にはキャンプファイヤーの炎に照らされた巨大な女の子がいた。
「お、大きいっ……」
「こいつはたまげた」
隣にいるオリビアとローグが息を呑む。
何よりも特徴的なのはその大きさだ。俺たちと同じ姿をしていることから人間なのは間違いないが、単純なスケールが違い過ぎる。
目の前にいる彼女の身長は軽く五メートルはありそうだ。男性でも比較的大柄なグレッグが子供のように見えてしまう。
長い金色の髪をしているが、あまり手入れをしていないのかボサボサで無造作に伸びている。体に纏っている布も人間の服というよりも、野生動物の毛皮を纏っている程度だ。
野生児という言葉が思わず出てしまうほど、巨大な彼女は俺たちと違っていた。
俺たちと同じように顔があり、身体があり、手足も生えている。
しかし、大きさが違い過ぎるが故に、領民たちはどうしていいかわからないようだった。
大きいというのはそれだけで武器だ。
彼女の巨木のような大きさを誇る腕に捕まれば、俺たちはなすすべもなく握りつぶされてしまう。巨大な足で踏みつぶされれば、とても受け止めることはできないだろう。
そんな想像をしたのは俺だけでなく、グレッグをはじめとする領民が恐れをなして下がる。
その瞬間、どこか巨大な女の子が悲しそうな表情をした。
もしかして、俺たちと話でもしたいのだろうか。
領民がすっかりと怯えてしまっているなら、ここは代表者である俺が話をするべきだろう。
「ノクト様、危険です」
前に出ようとすると、メアが俺の手を握って引き留める。
「いや、きっと大丈夫だよ。もし、襲うつもりだったなら彼女はとっくにそうしているはずだ」
「そうかもしれませんが……」
「大丈夫。俺も対策だってするから」
「……わかりました。無茶だけはしないでください」
俺が自信を持って言うと、メアは手を離してくれた。
領主である俺が前に出ていくと、領民だけでなく彼女からの視線が注がれる。
どことなく警戒しているように見える。俺になにかされると思っているのかもしれない。
ボサッとした髪の毛の奥から見えるのは、宝石のように綺麗な青い瞳だった。
しかし、視線一つ合わそうにも彼女は見下ろし、俺は見上げなければならない。
それではまっすぐと向かい合って話をすることも難しい。
だから、俺は自分に拡大を施した。
身体の頭身は崩さないように彼女と同じくらいの身長に。
ぐんぐんと身体が大きくなっていき、遂に俺の視線が真っ直ぐに彼女を捉えた。
領民たちの驚いたような声が上がり、小さくなった。
皆、目を丸くして口元をポカンとさせてこちらを見上げている。
目の前にいる女の子も同じで目を見開いていた。
やがて、女の子は我に返ると、ゆっくりと口を開いた。
「……私と同じ巨人族なの?」
きちんと彼女が喋れることに安堵しながら、俺はできるだけ優しい口調で話す。
「いや、違うよ。ちょっと変わったスキルのお陰で普通の人間さ」
「そ、そうなんだ。でも、同じ目線で話すのは久しぶりで嬉しい」
そう言うと、女の子は心底嬉しそうな笑みを浮かべた。
自分と同じ目線で話せる人が安心したのか、どこか緊張感が解けたみたいだ。
「俺はノクト=ビッグスモール。君の名前を教えてくれるかい?」
「ノクト…………私はベルデナ」
俺の名前を反芻するように呟くと、彼女は名前を教えてくれた。
「ベルデナはどこからやってきたんだい?」
「あそこの山」
ベルデナが指さしたところは俺が昼間に調査に赴いた北側の山だった。
あの山で目撃された巨大な陰……もしかすると、この子がその正体なのかもしれない。というか、そうなのだろう。
「いつの間にかデカい壁ができているのが見えて、やってきたら楽しそうな声といい匂いがした」
どこか消え入るような声を発しながら、ぐうぅと盛大にお腹を鳴らすベルデナ。
想像していた以上に可愛らしい理由に空気が和らぐのを感じた。
「そっか。ベルデナは宴に混ざりたかったんだな。料理ならたくさんあるし、ベルデナも食べていくか?」
「いいの? 私、巨人族だからいっぱい食べるよ?」
「俺のスキルを使えば、料理も巨人族サイズになるよ」
そう言って、俺はテーブルにあるシカ肉のステーキを皿ごと拡大した。
それを手にして、もう一度ベルデナの目の前で拡大してみせる。
すると、ステーキはさらに大きくなって、巨人となった俺たちでも一口では食べられない大きさになった。
「うわぁっ! ノクトってすごい力を持ってるんだね! 食べていいの?」
「勿論だよ」
俺がそう言うと、ベルデナはステーキを手に取って一口食べた。
「~~ッ!! ……こんなに美味しい食べ物は初めて!」
ベルデナは喜びを表すかのようにバタバタと足を動かした。
メアやオリビアたちが作ってくれた料理が相当気に入ったらしく、もはや俺たちのことを忘れて無心で食べている。
「なんだ、ビックリしたけどいい子みたいだな! 美味しそうに食べている姿を見ると、また食いたくなってきたな!」
「あらあら、料理を追加しようかしら?」
ベルデナの無邪気な様子に癒されたのか、グレッグやオリビアをはじめとする領民たちが宴を再開しだす。
最初はその大きさに驚いてしまったが、ベルデナは俺たちと変わらないただの子供だ。
そう思えば、別に怖がる必要もない。
「酒も随分と減ってきたようじゃの。領主様、ワシらの杯も大きくしてくれ!」
「ん? 杯を大きくすると酒も増える? ……ということは、領主様は酒を増やすことのできるってことになるのぉ! 酒の神じゃっ!」
「こりゃ、いかん! この領地にドワーフが押し寄せることになるわい!」
目をクワッと見開いて興奮した様子を見せるローグとギレム。
酒が入り過ぎて酔ってしまったのだろうか。などと現実逃避をしているが、彼等の酒への執念を考えると十分にあり得る話だった。
酒を増やせるということを大々的に宣伝してドワーフの鍛冶師を募る。悪くない方法にも思えたが、飲んだくればかりが集まりそうでちょっと頭が痛いな。
「おーい、ベルデナの嬢ちゃん。こっちのホロホロ鳥のソース野菜炒めも食ってみろよ!」
「こっちのウサギ肉の塩焼きも美味しいですよ」
「本当?」
グレッグやガルムが料理を持ってくると、シカ肉のステーキに夢中になっていたベルデナが興味を示す。
他の料理にも興味を示すので、俺が拡大してあげるとベルデナはもりもりと食べた。
「……なんだか餌付けしてるみたいで楽しいな」
「ですね」
ベルデナを見ながらそう呟くグレッグとガルム。
ベルデナは俺たちの料理をかなり気に入ったらしく、とても美味しそうな表情を浮かべているからな。
彼女の様子を見て、オリビアやメアも追加で料理を作り始めている。
これだけ美味しそうにしている姿を見ると、料理人も気持ちがいいよな。
「ベルデナ、美味しいかい?」
「うん! 皆の作った料理、すごく美味しいよ!」
「普段、ベルデナは料理とかするのかい?」
山に住んでいたというベルデナの食生活がちょっと気になった。
「んー、適当に動物とか狩って丸焼きにしたり、果物とか木の実とか食べてた!」
山で生活していただけあって、あまり文明的な生活はしていなかったようだ。
「あと、森からフラッてやってくる魔物とかも食べてた!」
「へ、へえ、そうだったんだ」
まるで普通の食生活かのように語るベルデナの言葉を聞いて、俺は表情が強張る。
大森林の魔物が山にあんまり行かないと思っていたら、ベルデナにやられていたようだ。
魔物を倒して食べるような巨人族がいれば、魔物も恐れをなして大人しくするのもわかる気がした。
俺たちの領土は人知れずベルデナに助けられていたのかもしれないな。




