肉の宴
肉の宴を開く。
突然の思い付きで口にしたものであるが、その情報は瞬く間に領民へと広がり、全員が動き出していた。
領地の中心部では男性たちが次々とイスやテーブルが設置していき、メアを中心とした女性たちが食材を持ち寄って、料理を作り始めている。
「ノクト様、こちらで解体しますので獲物を大きくしていただけますか?」
「ああ、わかった」
グレッグにそう言われて、俺は縮小をかけていたシカ、ウサギ、ホロホロ鳥に拡大をかけてやる。
すると、台の上に乗せられた獲物が元の大きさに戻った。
さすがに小さな状態では解体するのが難しいので、元の状態でするようだ。
「ありがとうございます。解体が終わったら、大きくしてもらえると助かります!」
「是非、オレたちよりも大きな肉をッ!」
グレッグだけでなく、解体を手伝っているガルムもそう言ってくる。
かなり興奮しているのか尻尾がブンブンと揺れていた。
狼系の獣人だけあって、肉が大好きなのかもしれない。
「まあ、そう焦らない。基本的に拡大するのは焼き上がってからだから」
大きな肉になると、それだけ火を通すのに時間がかかってしまう。なので、肉を焼いてから拡大する方がより効率的だ。
「ああ、そうでしたね」
窘めるように言うと、ガルムがどこかシュンとする。
「とはいえ、全部そうするつもりはないよ。いくつかは拡大して大きくなった肉を丸焼きにしてもらうつもりさ」
「本当ですか!」
シュンとしていたガルムの尻尾がピンと立った。
全てを効率良くやれば人生は楽しくなるというわけではない。
視覚的に楽しめるように、いくつかは拡大した肉を丸焼きにしてもらうつもりだ。
非効率的であっても、自分よりも大きな肉が焼ける姿にはロマンを感じるな。
「領主様、コイツを大きくしてくれるかの?」
そんなことを考えると、ちょうどローグとギレムが解体した肉を持ってきた。
「わかった。拡大」
「おお! これで食べ応えのあるモモ肉になったわい!」
「すぐに焼いていくぞ!」
俺がシカの肉を拡大してやると、ローグとギレムは大きな肉焼き器にセットして肉を焼き始めた。
いつの間にあんなものを用意していたんだ。肉の宴をやると言って、それほど時間は経過していなかったというのに。やはり、肉の力はすごいな。
「やばっ! お皿がないわ!」
「私の家にあるから使っていいよ」
「ありがと!」
肉を焼いたり、解体して喜んでいる男性の傍ら、女性たちは忙しく民家を出入りして次々と準備を進めていた。
その中でも突出した働きを見せているのはメアとオリビアだ。
二人は拡大されてバカほど大きくなった食材を難なく下処理していく。
そして、解体された肉が到着するとステーキにしたり、野菜と炒めたり、スープの具材とされて、どんどんと肉料理が出来上がった。
「せっかくだから全部並べられるようにしよう」
そう思って俺は並べられているテーブルに拡大を施す。
勿論、脚まで高くしないように調整してだ。
すると、ただの四人用テーブルが十メートルを越える大テーブルになった。
女性たちはその光景に驚きながらも、笑顔で料理を並べていく。
大きなテーブルに次々と料理が並んでいく姿を見ると気持ちがいいな。
なんて風に料理を眺めていると、フラリと吸い寄せられるようにリュゼがやってきた。
女性たちが料理をしている中、手持ち無沙汰にしている様子を見ると料理の腕前はお察しのものだったのだろう。
苦笑しながら眺めているとリュゼは焼き上がったホロホロ鳥をぱくりと食べた。
「……美味しい」
「ズルいぞ、リュゼ! お前だけつまみ食いしやがって!」
「……これは味見」
グレッグが批難の声を上げるが、リュゼはどこ吹く風。
旅するエルフだけあってリュゼは本当に自由だな。
俺が仲介しようかと思ったがその必要はなく、グレッグに連行されて木材の組み立てを鉄合わされていた。
どうやらキャンプファイヤーをするらしい。
俺がいなくても衝突することなく、領民同士で行動できている。
これはいい雰囲気だな。
「ノクト様、出来上がった料理の拡大をお願いします」
「わかった。拡大していくよ」
メアに頼まれて頷いた俺は、出来上がった料理に次々と拡大を施していく。
ホロホロ鳥の肉がたっぷりと入ったスープの鍋が、巨大な寸胴鍋になって百人単位を賄えるようになった。
シカ肉のローストステーキが拡大されて、一抱えできるほど大きなものになった。
串焼きになっているウサギの肉が長大になる。
「お肉が大きくなった! 夢みたい!」
「ああ、これは美味しそうだ」
肉料理が次々と大きくなっていく姿を見て、ククルアも大はしゃぎだ。
冷静を装っているが、俺もククルアと同じくらい興奮していた。
こんなに大きな肉を食べるなんて前世でも経験がなかった。
食べても食べてもなくならないであろう量の肉があるのはそれだけで幸せだ。
ククルアの声につられて見に来た他の領民も、巨大なステーキなんかを目にして興奮していた。
そうやって次々と作られる料理に拡大をしていくと、あっという間にテーブルは埋め尽くされた。
「そろそろ、宴を始めようか」
「そうですね。これ以上、お待たせするのも可哀想ですから」
俺がそう言うと、メアが苦笑いしながら頷いた。
まだ出来上がっていない料理はたくさんあるが、巨大なステーキを目の前にお預けというのは可哀想だからな。
領民にテーブルの傍に集まるように声をかけると、皆速やかに移動していく。
お腹が空いているといつも以上に従順だ。
日が傾いて暗くなってくるが、グレッグたちが用意してくれたキャンプファイヤーのお陰で煌々としている。
「……これって俺が何か言わないといけない感じだよね?」
「勿論ですよ」
念のためにメアに尋ねると、しっかりと頷かれてしまった。
ガルム、オリビア、ククルア、グレッグ、ローグ、ギレム、リュゼをはじめとした領民たちの視線が突き刺さる。
あまりこういう場で話すのは慣れていないが、領主として感謝の言葉を告げないとな。
「突然の宴にもかかわらず協力してくれてありがとう。俺とメアしかいなかった領地にこんなにもたくさんの人が増えたことを嬉しく思う。これからも皆と頑張ってよりよい領地にしていこうと言いたいところだけど、たまには息抜きも必要だ。今日は思う存分、食べて飲んでくれ! 乾杯!」
「「「乾杯!」」」
俺の音頭に合わせて、領民たちが手に持った杯を掲げて叫んだ。
最初は何もないビッグスモール領にきてくれてありがとうだとか、日ごろ助けられていることのお礼を言おうとしたが、たくさんの人が増えたことをの辺りから皆がソワソワし始めたのでやめておいた。
伝えたい感謝の言葉はたくさんあるけど、このような場で長々と話すのは無粋だ。
今は皆と一緒にここまでこられたことを祝い合おうじゃないか。




