山の調査
「おい、領主さんよ! コイツを大きくしてくれ!」
ラエルが人材を連れてきてくれて二週間。
家の拡大を頼まれて領地にやってくると、ローグとギレムの周りにはいくつかの小さな模型が並んであった。
それは俺がローグとギレムに家をすぐに建てられるように命じて作ってもらった、小さな家だった。
一見すると玩具のようであるが実際にはスキルで拡大して、人間が住むために間取りやバランスはしっかりとしていた。
「おっ、また新しい家ができたのか! 場所はどこにするべきか……」
「建てる場所なら、メイドがこの場所なら問題ねえって言っていたぞ」
ふむ、どうやらこの辺りに建てておけば畑への影響はないようだ。
まあ、仮に問題あったとしても縮小してやって場所を移せばいいだけだ。
「わかった。じゃあ、ここに建てよう。拡大」
手をかざしてスキルを発動すると、小さな家の模型はぐんぐんと大きくなり、やがて人が十分に入れる大きさになった。
玩具のような物が家に変化したというのに、違和感がまったくないのはローグとギレムの腕の賜物だろう。
一つの家を拡大し、続いて二つ目、三つ目と間隔を空けて模型を拡大していく。
拡大が終わると、家に異常がないか外側からくまなく確かめる作業だ。
歪みは勿論のこと、どこかに穴や隙間があっては風や雨が入ってきてしまうからな。そこをしっかりと確認しないといけない。
外側に問題がないことを確かめると、次は家の内側を隅々まで確認。
「……ふむ、どこも問題はなさそうじゃの」
「後は実際に経過を見て、何かあれば修正って感じで進めようか。いやー、まさか家が半日もしない内に建っちゃうとはね」
前世でも事前に全てを用意して、組み立てるだけですぐに完成。という、建築の仕方はあったが、ゼロから作り上げてここまで最速で建てられるのは無理だろう。
俺のスキルがあるからこそできる技だ。
「まあ、作業としては小さな模型を作るだけじゃからな」
「小さい故に造りが単純になりがちなのが問題じゃがのう」
家の中にあるドアノブや窓を眺めながらしげしげと呟くローグとギレム。
小さな模型で作るが故に、細かい作業はそれだけ難しくなる。だから、小さくても作業しやすい単純な構造になりやすいのが今の欠点だ。
「多少、凝ったものを作りたい場合は模型を大きくすればいいんじゃないかな?」
「そうすると、資源や時間も少しかかるが?」
「資源に関しては俺のスキルで増やすことができるから気にしないでいい。時間に関してはドンドンと家が建って余裕もあるから問題ないよ。勿論、他の仕事が滞るのは少し困るけど」
ラエルが新たに人材を連れてきてはいるが、現状ビッグスモール領で鍛冶師は二人だけだ。
他にも武器の製造や、修理、包丁の手入れ、家具の製造とやってもらうことは山ほどある。
しかし、二人も鍛冶師の前にドワーフでありクリエイターだ。単調で同じものばかり作っていては飽きてしまうだろう。
多少時間がかかっても楽しく仕事に取り組んでもらいたいと思う。
「……領主様はなんちゅう素敵なことを言うんじゃ」
「資源は増やすから気にしなくていい。ドワーフからすれば、最高に男前な言葉じゃわい」
ローグとギレムが恍惚とした表情を浮かべながら言う。
それだけ今の言葉はドワーフにとって殺し文句だったのだろうか。
これが綺麗な女性であれば華やかになるが、目の前にいるのはずんぐりとしたおっさんだ。それだけが残念でならない。
ドワーフの男性を口説く趣味はないのだが、今の言葉が相当な殺し文句であれば、職人を募集する時に使えるかもしれないな。
「じゃあ、お言葉に甘えて次は凝った家を作ってみるわい」
「同じような家ばっかりで飽きていたからのぉ」
「あまり差を付け過ぎないようにほどほどにしてくれよ」
意気揚々と次の家を作りに向かう二人に、念のために釘を刺して見送った。
ローグとギレムの作ってくれた模型の拡大が終わると、次は山の調査だ。
領民が住んでいる中央地に急いで向かうと、そこには戦士風の男性と弓を背負っているエルフの女性が立っていた。
「ごめん、ちょっと待たせたかな?」
「いえ、俺たちに比べると領主様は忙しいので仕方ないですよ」
人懐っこい笑みを浮かべながらそう言ってくれたのは、最近やってきてくれた冒険者のグレッグだ。
茶色い髪を刈り上げた、三十歳前半のナイスガイだ。
以前は冒険者をしていただけあって、ガタイが良くてしっかりと鍛え上げられている。
分厚い鎧や長剣を佩いていることから前衛タイプの戦士って感じだ。
「まあ、待ったのはほんの十分程度。気にしなくていい」
涼やかな声でそうぶっちゃけたのはエルフであるリュゼ。
足元には砂をいじっていたのか、妙な模様が描かれてある。
背中には弓や矢筒を背負っており、装備は動きやすさを追求したもの。
リュゼはラエルが連れてきた人材ではなく、フラリと一人旅でやってきて住み着いた変わり者のエルフだ。
弓の腕が良く、狩りが得意なのでここでは狩人になっている。
「それじゃあ、ノクト様。予定通り山の調査と採取に向かいましょうか」
ビッグスモール領には西側に大森林が広がり、東側には大貴族であるハードレット家の領地があるが、北側には山々や鉱山がある。
今回はそこにある山々の調査に加え、採取なんかをするつもりだ。
「ああ、よろしく頼む」
グレッグとリュゼと一緒に俺は北側の山に移動を開始した。
◆
北側の山に入ると先頭をグレッグ、後方をリュゼが位置についてしっかりと俺を守るような体勢に入る。
「ノクト様、足元に気を付けてくださいね」
「ああ、ありがとう」
やや急な斜面を登りながらもグレッグが振り返って声をかけてくれる。
冒険者としての経験があるからだろう。慣れない土地であるにもかかわらず、グレッグはスイスイと足を進めていた。
それでいてしっかりと俺の方にも意識を割いているのだから凄いものだ。
俺も剣の稽古をしていたし身体も鍛えている。スキルの力で戦闘に幅ができたのでそれなりに戦えるが、グレッグやリュゼは経験の数が違う。
もしもの時は二人に従うのが賢明だな。
「しかし、うちの防壁は凄いですね。ここからでも見えますよ」
グレッグの視線の先には西側にそびえ立っているアースシールドがあった。
二十メートルを超える防壁は、木々の隙間からもハッキリと見える。
「毎日、地味にやっているからな。結構な幅になってきたよ」
「……領主様のスキルはちょっとおかしい」
満足げに答えると、後ろにいるリュゼも会話に交じってきた。
一応、呑気に話しているように見えるが視線はしっかりと動いており、周囲を警戒しているようだ。
「正直、大森林の傍というのが一番ネックでしたけど、あれがあるならいざという時に時間を稼ぐことはできそうですね」
「いざという時はしっかりと戦えるように砦にしているしな。だが、肝心の控える人材が足りない」
俺のスキルで籠城できるのはいいが、地の利を利用して魔物を倒せる人材が少ないのが問題だった。
領民は増えているが、まともに戦えるのはここにいる三人程度。
早急に戦力を増やす必要がある。
「これだけしっかりとした保証があれば、嫌でも人は集まってきますよ」
「そうかな?」
「最初に聞いた時は、私は耳を疑った」
「三ヵ月も食料をくれる上に、家と畑までくれるんだもんな。一番生活がきつい時期にしっかりとした援助があるってのは有難い事だ」
「大森林という危険はあるけど、魔物の脅威があるのはどこも同じ。新しく生活を始めるには悪くない領地」
地」
「そうか。新しくやってきた二人にそう言ってもらえると嬉しいよ」
領民にそう言ってもらえると、こちらも頑張ってやっている甲斐があるというものだ。
二人だけでなく、他の領民がもっと満足してもらえるように頑張らないとな。




