子供の笑顔
ガルムたちの家が決まったので、俺はローグやギレムの様子を見に来ていた。
「ローグとギレムの家は決まったかい?」
「鍛冶設備のある家はここだけじゃからな。迷うことはないわい」
切り株に座っているローグが後ろの民家を顎で示す。
確かに鍛冶設備が残っている家はここしかないので、彼らが作業する場所はここになるか。
「とはいっても、ここは作業場だよね? これとは別にそれぞれが家を持ってもいいんだよ?」
「ワシとギレムは兄弟じゃ。わざわざ離れることもないし、この家だけで十分じゃ」
ローグの言葉にしっかりと頷くギレム。
この二人兄弟だったんだ。
ローグは典型的なドワーフのように髭を生やしているが、ギレムは禿頭をしている。
全然、雰囲気が違うので兄弟だとは思っていなかった。
「わかった。二人がそう言うならここに住んでいいよ」
「住み家が決まったら早速仕事じゃ。ワシらに何を作ってほしい?」
切り株から立ち上がってお尻をパンパンと叩いたローグが、こちらを見上げてくる。
まさか、初日から働こうとするとは驚いた。
「旅を終えたばかりで疲れていないのかい? 別に今日くらいは休んでもいいんだぞ?」
「長旅のせいで身体が凝って仕方がないんじゃ」
「それにこの領地ではそんな事を言ってる暇もないじゃろう?」
そう言われると、ぐうの音も出ないのが今の領地の現状であった。
正直、職人である二人にはやって欲しいことが山ほどある。
「二人は家を作ることはできるかい?」
「フン、当たり前じゃ。ワシらドワーフは積み木感覚で家を建てて遊ぶもんじゃからな。それくらい当然できる」
「勿論、武器を作ることもできる」
確かめるための質問をするとローグとギレムが胸を張って自慢するように言う。
まじか。ドワーフって積み木感覚で家を作って遊ぶのか。さすがはモノづくり大好き種族だな。
家や武器も作れるとは心強い。
「じゃあ、まずは家を作ってくれるかな。ただ作るのは小さなものでいい」
「……もしかして、お前さんのスキルで大きくするのか?」
俺のスキルを先程見たお陰だろう、ギレムが意図を察してくれた。
「そうだよ。家を一つ建てるとかなりの時間や材料がかかるけど、この方法を使えば少ない人数と材料ながらも短時間で建てられるでしょ?」
これからラエルに頼んでドンドンと人材を連れてきてもらう。
そうなると、ここにある家だけでは不足してしまうだろう。
二人にはオークの襲撃によって破砕してしまった家をドンドンと新しく作り直してほしい。
「ふむ、確かに一刻も早い立て直しが必要なら、領主様のスキルを借りた方が早いな」
「じゃが、大きくした時にちゃんと家として機能するようにするのは意外と難しそうじゃの」
「……もしかして、できない?」
「「そんなわけないわい!」」
考え込む二人におずおずと尋ねると、唾を吐くような勢いで怒鳴られてしまった。
「こんなの模型を作るのと一緒じゃ! すぐに作って、お前さんをひーこら言わせてやるわい!」
「首を洗って待っておれ!」
ローグとギレムはムキになってそう言うと、ラエルの馬車から荷物をとってきてすぐに行動をはじめた。
どうやら職人である二人にとって、さっきの言葉は挑発と受け取られてしまったらしい。
俺としては心配の言葉をかけただけなのであるが、二人がやる気を出してくれたのなら、それはそれでいいだろう。
◆
領民たちがやってきて、ラエルが再び商いに戻った二日後。
俺は領民たちの生活を視察しにきていた。
屋敷からのんびりと歩いてガルムたちの家に向かうと、家族総出で畑仕事をしているところであった。
オリビアとククルアは畝に種をまいており、ガルムとメアが何かを話し合っている模様だ。
「やあ、おはよう。調子はどうだい?」
「おはようございます、ノクト様。お陰さまで安心して畑仕事ができています」
俺が声をかけるとガルムだけでなく、オリビアとククルアもぺこりと礼をしてきたので、しっかりと頷いてから手ぶりで作業に戻っていいことを伝える。
「そうかそれはよかった。何か相談しているようだったけど何かあったのかい?」
「ラエルさんからいくつか野菜の苗や種を頂いたので、何を育てようか相談していたんです」
尋ねてみるとメアが答えてくれる。
現在のビッグスモール領で育てられている主な作物は小麦、きゅうり、大根、レタス、ニンジン、オレの実、ネギ、いんげん、玉ねぎといったものだ。
そのどれもが割と育てやすいし、メアと俺のスキルの加減でいつでも収穫できるものが多い。
これからのことを考えると、食べられる種類は少しでも多い方がいいだろう。
「なるほど、畑に関してはメアたちの方が詳しいから任せるよ」
「わかりました」
完全なる丸投げであるが大して経験のない俺が口を出しても困るだけだろう。
経験者に任せた方がいい。
メアがいれば、ある程度の俺の意向に沿って決めてくれるだろうしな。
「それと提案なのですが、季節外れの野菜を私たちのスキルで実験的に育ててみるのはどうです?」
「季節外れというと、夏や冬に植えて育てるものを春である今植えてみることかい?」
「そうなります。普段ならば気温などで上手く育たないものではありますが、メアさんとノクト様のスキルがあれば、そういうものでも関係なしに育つのではないかと思いまして」
俺が小首を傾げると、ガルムが遠慮しながらもしっかりと意見を述べてくれた。
なるほど。俺とメアのスキルを使えば、収穫までは一瞬なのでその時の気温なんかは関係がなくなる。春なんかは虫に食べられやすいと聞くが、それも関係ない。
理屈的にはある程度芽吹きさえすれば、そこからのスキルの補助で育て上げることができるのだから。
「いいね。もし、それが成功すれば、どのような作物でも年中食べることができる。これは領民たちの大きな潤いになるし、領地の強みになる。やってみる価値はある。是非、やってほしい」
「ありがとうございます。では、空いている畑で秋の野菜と冬の野菜を植えてみますね」
「ああ、ある程度芽吹くことができたら声をかけてくれ。俺とメアで成長を促してみるから」
まさか、このような提案が来るとは思っていなかった。
失敗する確率もあるだろうが成功すればかなりデカいな。
時間があれば、普通に育てた作物とスキルによって育てた作物なんかの味の違いを確かめてみたいな。
育て方による味の変化も気になるところだからな。
そんなことを考えていると、すぐ傍からか細い声がかけられる。
「の、ノクト様、今日は大根とニンジンを大きくしてください」
ふと視線を落とすと、そこには大根とニンジンを抱えたククルアがこちらを見上げていた。
その表情には微かに怯えがあり、勇気を出して声をかけてくれたことを感じた。
後ろではオリビアが見守ってくれている。
このまますぐに拡大を済ませてしまうにも勿体ないな。きちんと領民たちとコミュニケーションをとりたい。
俺は腰を落としてククルアと視線を合わせる。
「わかったよ。どのくらいの大きさがいい?」
俺がそう尋ねると、ククルアはちょっと戸惑ったような反応を見せた。
「え、えっと、どれくらい大きくできるんですか?」
「うーん、試したことはないけど、その気になれば家くらい大きくできるかも」
「じゃあ、それで!」
ククルアの興味を引くように冗談を言ったのだが、本気で頼まれてしまった。
さすがは子供、無邪気だ。
「こーら、ククルア。そんなに大きくしてもらっても食べきれないでしょう? ちゃんと食べきれる分だけ大きくしてもらいましょう?」
「はーい」
オリビアに窘められてククルアが残念そうな声を出す。
なんだろう。これはこれでククルアの期待を砕くことになった気がする。
「いや、やってみるよ」
「えっ? いや、子供の言ったことですので、ノクト様の手を煩わせるわけには……」
「大きくした後にすぐ小さくすればいいだけだから」
オリビアが慌てて遠慮するが、ククルアの瞳は見事に輝いていた。
その期待を裏切るわけにはいかない。
俺はククルアからニンジンと大根を受け取って、離れた場所に移動して地面に置く。
「拡大」
そして、離れた場所で拡大をかけると、大根とニンジンがみるみる大きくなった。
まるで道に倒れ掛かった巨大な樹木のようだ。
「うわー! すごい! お家よりデッカい!」
拡大された大根とニンジンを見て、ククルアが大はしゃぎしていた。
「すいません、ノクト様。ククルアが……」
「いいよ。ククルアの笑顔が見られたんだから」
「ありがとうございます、ノクト様」
先程とは打って変わって元気なククルアが見られたのだ。それだけでやった価値はある。
子供の笑顔は幸せの証。
俺たちの領地も、常に子供の笑顔で溢れている場所になってくれればいいな。




