#6絶望
「何故、私がバズってる……?」
おかしい。私は光莉をアイドルにするために動画投稿をやっていたはずだ。それなのに何故。いや、そもそもこの歌は撮影なんてしてなかった筈だ。一体、どうしてこんなことに。
いや。しかし。何度見ても事実は変わらない。若年の天才現るだの、私には分不相応な文言がコメント欄に溢れかえり、勝手に私を祭り上げ囃し立てる。
……眩暈がする。悪口で気分を悪くしたことなんてしょっちゅうだったが、見る目のない人々の歓声と熱狂が、こんなにも気持ち悪いだなんて。思いもしなかった。
「あっくーん!! 見て見て!! あっくんのうたってるところ!! こんなに皆見てるよ!!」
「……光莉、これは一体どういうことなんですか」
「んーとね。ほら、あっくんまえに言ってたでしょ。バズらせないとって。それで、店長さんがたまたまさつえいしてたあっくんのうたをおねがいしてどうがにしてもらったの!!」
そういえば、前に言っていた。ネットでバズるのがアイドルへの近道だと。
でも、それは私ではない。私では、意味がないのにっ!!
「どうして!!」
「……あっくん?」
彼女はアイドルになるべき人間だ。私のような凡庸な人間じゃ手が触れられない、触れてはならない高嶺の花だ。なのに、どうしてこんな私が!! 彼女を差し置いて!!
「うぷっ……」
余りの嫌悪感に吐き気を催し、堪らずその場で嘔吐する。
「あっくん!?」
色付いていたはずの世界は色を失い、平衡感覚すら曖昧になる。
私は今、立っているのだろうか。それとも膝を付いている? 或いは倒れている?
ああ、神様。こんなのあんまりじゃないか。世界は往々にして不条理で、理不尽で。……でも、ようやく、ようやく少しだけ楽しいと思えるようになったんだ。たとえそれが大人になれば泡沫のように消えてしまう一瞬の煌めきだったとしても、それでも心の底から楽しいと思える一瞬は確かにあったのに。
なのに、この仕打ちは何なんだ!! ようやく見つけた一筋の光を、私の、下品で、下賤で、下劣なものが汚し!! 犯し!! 貶めた!! この私が!!
「あんまりじゃあないか……こんなの、あんまりじゃあないか」
際限なく涙が零れ落ちる。
神様がいるなら、きっと私を見てゲラゲラと笑っていることだろう。だって彼らは、残酷で、無慈悲で、サディスティックだから。
「あっくん」
「私に触れないで。……私に触れれば、貴女は汚れてしまう。……汚物の後始末は、自分でやります。それでは失礼します」
「あっくん!!」
今日ばかりは、彼女の声を聞きたくなかった。
もう、本当に勘弁して欲しかった。
♪ ♪ ♪
あれから、数日経った。
味覚がなくなった。何を食べても無味で。ただでさえ色彩に乏しい世界から、また色が消えた気がした。
……ああ、そう言えば、光莉のお母さんが光莉を伴ってうちに謝りに来た。光莉は沢山怒られたのだろう。泣き腫らした跡があった。
光莉は謝った。私は許した。それでいつも通りの関係に戻った。
でも、相変わらず味覚は戻ってこない。今ならまたシリアルとカップ焼きそばの生活に戻ってもなんの支障もないな、なんて。そう思った。
♪ ♪ ♪
高学年になった。毎晩DTMの勉強をしたり打ち込みをしていたら視力が悪化して、眼鏡をつけるようになった。
……一方の光莉はさらに可愛らしく、美しくなったらしい。女性らしい丸みを帯び始めた彼女は、本当に高嶺の花になった、と聞く。
……全部、伝聞だ。
今の私は、人の顔がうまく認識できない。なんとなくの雰囲気しか分からない。黒板の文字は分かるから、これは恐らく心因性のナニカだろう。
男子たちが口を揃えて良いと賞賛する彼女の顔は、どんなものなのだったか。分からない。思い出せない。
私の世界から、とうに色は消え失せた。
けれど。彼女をアイドルにする。しなければならないという思いだけは、変わらない。
だから、曲のつくり方とか、只管勉強した。
だが挫折した。コード進行の基本的な概念は理解できた。バッキングとか、アルペジオとか、初歩的なことは分かる。
けど、光莉のバズに繋がる気は、まったくと言ってよいほどしなかった。
そんなこんな苦悩していたら。
無料で作曲できるAIが出てきた。簡単なプロンプトで、クオリティーの高い楽曲を出力するそれに対して、私はなすすべもなく敗北。光莉のオリジナル楽曲の作成を、諦めた。
……本当は、光莉の誕生日にプレゼントするつもりだった。それで、バズってアイドルになってって。
そんなの、妄想だ。分かっていたはずだ。分かっていたはずなのに……。
どうしてこんなに、私は無力なのだろうか。
怠惰な無力に身を委ね、無味乾燥な日常を空費する。
そんなことをしているうちに――私は、中学生になった。




