#5小学生
あれから、私と光莉は順当に小学生となった。二人揃って黒のランドセルを背負って通学する光景が日常と化しつつある今日この頃。
ただ、なぜ彼女が黒いランドセルを所望したのか。その理由が、未だに分からなかった。
なんでも光莉の母親曰く光莉の強い希望だったとのことらしいがそのことに関して彼女はずっと黙秘している。ただ。
「おとこのこだからこう、とか。おんなのこだからこうとか、そういうのちょっときらい」
なのだそうだ。私ではよくわからないが、彼女なりのジェンダー観が醸成されつつあるのだろう。自己形成が既に終了している身としては彼女の人格が成長しているということは素直に喜ばしいし微笑ましく思う。
さて、変化するものもあれば変化しないものもあるというのもまた道理。
そう、私だ。私は……正直、あんまり変化がないのだ。肉体も、精神も。
毎晩のように見る悪夢のせいでクマは常時出っぱなし。睡眠時間が短いせいで成長ホルモンが出ていないのか身長は同世代と比べるとかなり小さい。そのくせ、女顔には磨きがかかって低身長も相まって一目で私を男だと認めるのは困難を極める。変声期前だし、一人称が私だから猶更。
そのせいで男女と揶揄された事が何度あったことか。
さて、そんな風に変わったり変わらなかったりな私たちだが、生活は着実に変化していた。
「あっくん、おうたうたいにいこっ」
「そうですね。行きましょうか」
下校してランドセルを置いた私たちが向かうのは個人経営のカラオケ屋だ。
昼間は演歌を歌うお爺ちゃんお婆ちゃんでそこそこ賑わっているのだが、下校時刻近くなると閑古鳥の様相だ。そんなわけで店長のご厚意で人のいない時に限りカラオケを使わせて貰えることになったのだ。
「お、今日も来たか歌姫たち」
「おじさん、きたよ!!」
「お邪魔致します」
因みに歌姫たち、というのは当然ながら私たちの事だ。私は男だというのに。
脱線した。現状光莉の歌唱力は既にずば抜けている。聞く人を魅了する甘い歌声はカナリヤが鳴くが如く。ルックスも含め同世代でなら実力負けすることはまずありえないだろうと断言できる。
だが、アイドルになれるかと言えば……残念ながらそれは難しい。
第一にも第二にも、私たちには伝手もコネクションがないのだ。
アイドルの世界について学のない私にでも、それらの重要なんてことは分かる。
既に実力はある。だから、必要なのは繋がりだ。
だからこそ、歌う。
「それじゃあ、いっくよー!!」
今の時代は超情報化社会。ネットを制するものが人生を制するといっても過言ではない。
ネット出身の歌手なんてのは今どき珍しいものじゃない。メインストリーム、とまでは言えないが、少なくともサブカルチャーの枠を飛び越えつつあるように思う。
だから、歌ってみたを作って、バズらせて、コネクションを掴む。それが私のプロデュース案だった。
「はぁはぁ、あっくん。どう? どうだった?」
「今回もいい歌いっぷり。お見事です」
交じりっけない賞賛を彼女に送るが、彼女はむくれて不満そうだった。
「でも、あっくんわらってくれない」
「この顔は生まれつきですから」
「でも、はじめてあった日、わらってたもん」
「そうでしたか? ……いえ、そうだったかもしれませんね」
そんなやりとりをしていると店長が「そっちの嬢ちゃんも歌ってかねぇのかい?」なんてことを言ってくる。
「お心遣い痛み入ります。けれど、私はあくまで付き添いですので。謹んで……」
「えーやろうよ、あっくん!! あっくんのおうたわたしききたーい!!」
「そうだぜ、ウチの店の歌姫は二人なんだ。遠慮せず歌った歌った」
そこまで言われてしまうと、弱い。
特に、幼馴染の放つ上目遣いは魔性だ。この目に頼まれたら、私はもうだめだ。
「分かりました。じゃあ、一曲」
光莉からマイクを受け取ると、前世で良く歌っていた曲を選ぶ。前世では音域の都合で高音を歌う時には一オクターブ下げなければならなかったが、この体ならば問題ない。
問題があるとすれば肺活量だが、そこは気合でカバーするしかない。
「ふぅ……」
一抹の不安を感じながらも、細く、長く息を吐く。
「うん? この曲って確か……」
次いで大きく息を吸い込み―み前奏が聞こえた瞬間、一気に吐き出して思いっきりシャウトする。
「ッッッ!!??」
もってくれよ、肺活量。お前は何のために前世で禁煙を保ってきた。今この時彼女の期待に応える為だろう。あるだけのリソースを吐ききったら次だ、一フレーズが短い上に音を取るのが難しい部分の連続。そこが終われば早口のラップパート!! ……ああ、久しぶりだけれど、これ、滅茶苦茶。
「あっくん、凄くたのしそう……!!」
そして、畳みかけるようにサビを歌う。私に技巧はない。しかし幸いなことに声量自体はある。
競馬好きな先輩に倣って言えば、スタミナはないが脚はキレる。現状の私はスプリンターって奴だ。理解が合っているかは甚だ怪しいが。だからこその、アニメサイズ。フルなんて、とてもじゃないが歌いきれない。
ここで、一気に――!!
♪ ♪ ♪
「……はぁ、はぁ、はぁ」
何とか歌い切った。喉はそこまで消耗してないが肺を酷使したせいか息が苦しい。
「あっくんすごい!! すごくすごい!!」
「お、お褒め頂き恐悦です……」
「にしても驚いた。選曲もそうだが、あれを歌いこなすなんてな」
「せんきょくー?」
「アレ、結構前の深夜アニメの曲だ。一時期は結構話題になってた。……正直、あれを歌いこなす小学生がいるとは夢にも思わなかった。こりゃ、もしかしたらバズるかもな」
「ばず……?」
「ああ、なんでもねぇこっちの話だ」
♪ ♪ ♪
もしも、もしも一回だけ過去に戻れるとしたら。
私は迷わずここに戻るだろう。そして、入念に喉を潰し、二度と歌えないようにしてやる所存だ。
何故か。
ああ、口にするのも気持ち悪いが、あえて言おう。
バズってしまったのだ。
光莉を差し置いて、この、私が。




