#14 それをラブソングって、言うんだよ
神は「光あれ」と言われた。すると光があった。
……ある日寮に凸して来た怪しげなおばさんがそんな事を言った。私はクソくだらないなと思った。あの頃の私は何事にもクサクサしていて、私が「光あれ」と言いながら電源のスイッチ押せば光が灯る程度のことを何を大仰に言うのだこのおばさんは、と見当違いな事を考えていた。
違った。
本当に、光はあったのだ。
相変わらず顔は分からない。けれど彼女の穢れない輝きは、真っ直ぐに私を、僕を射抜いていた。
そして彼女は言った。
「私の歌、聴いて?」
おねだりするように、甘えるように。
それに対する私の返答なんて、そんなの一つしかない。
「ええ、喜んで」
♪ ♪ ♪
そして、私はあっくんと家を抜け出して馴染みのカラオケ屋に来た。
暫くぶりのカラオケ屋は、どことなくさびれているような。そんな気がした。
……足取りが、少し重くなる。
だってここは私の罪のありか。無知な私があっくんを傷付けた場所でもあるのだから。
「それで、本日は最後の練習……ということになりますでしょうか?」
「うーん、練習というか。気分的には私のソロコンサート?」
「しかし光莉はアイドルにはなりたくないのでは?」
「うん。その通り。色んな人を笑顔にするって思うと何か違うなって。だってその色んなにはあっくんを虐めてた人も含まれるんだよ? 善悪隔てなく笑顔に。なんて、私は嫌だから」
「……社会とは往々にしてそんなものです。悪だろうが善だろうが、経済活動を止める理由にはなり得ない」
「そこだよ、あっくん」
「そこ?」
「確かに社会はそうかもしれない。けど、私達はまだ子供だよ? なのに何でそんなに将来を悲観するの?」
「……それが、真理だからです」
「なら、私がもう一つ真理を教えてあげる」
ドアに手を伸ばす。
あっくんが何を以て真理とするのか、その理由を私は知らない。
けど、私もたった一つだけだけど、真理を知っている。
それは、私はーーどうしようもないくらい、彼が大好きなのだと。
受付を済ませると、急に心拍数が高まるのを感じる。ドキドキする。生きてるって、そう思える。
きっと昔テレビで観た彼女達もこんな気持ちだったのかもしれない。今にも胸が爆ぜてしまいそう。
でも、爆ぜるだけじゃダメ。重要なのは伝えること。この想いを。
だから爆ぜるだけじゃないーー咲いてみせる!!
「それじゃあ、一曲目行くよ」
「……はい」
歌い慣れた曲。
あっくんに何度も聴いて貰って、その度に試行錯誤してきた思い入れの深い曲。
私の、始まりの曲。あっくんは、どう感じるかな。
どこを修正したらもっと良くなるとか、そんな事考えてるんだろうな。
……あっくんは、鈍感さんだからなぁ。
でも言ったよね? これはソロコンサート。
一曲なんかじゃ伝わらないって分かってる。だから、伝えられるまで歌い続ける。そう決めたから。
「どう? あっくん」
「お上手です。努力した成果がよく出ていますね」
そう言ってあっくんは拍手する。けどそれは何処か事務的にも聞こえる。耳に届いても、きっと心には届いてはいない。そう直感する。
「まだまだ行くからね!! 次の曲は……これ!!」
気持ちを切り替える。
次の曲は……あっくんがバズった時の曲。歌い切るには肺活量と体力とテクニックを要求してくる難関曲。……私の、罪の証。
デンモクを操作していると胸がチクリと痛む。あっくんを苦しめた私がこれを歌う資格があるのかと。
……でも、知らない。関係ない。資格だの何だの言うのは大人だけで良い。私は我儘な子供だから。不都合は全部この際横に置いておく。
あっくんはこの曲を練習してたなんて夢にも思わないだろうな。
表示された曲名を見て、あっくんの目が驚愕で見開かれる。
次いで大きく息を吸い込み――前奏が聞こえた瞬間、一気に吐き出して思いっきりシャウトする。
「っ!?」
難しい!! 難しい!! 難しい!!
でも、あの時のあっくんがイキイキした顔してた理由がよく分かる。この曲すっごい楽しい!!
でもね、それだけじゃない。それだけじゃないよ、あっくん。
だって今回はアニメサイズじゃなくて。
「フルで……!?」
小さいながらも驚きの声を捉える。
あの頃はお互いに未熟だった。今もまだ未熟なんだろうけど。それでも、昔よりも確実に前に進んでる。フルサイズで歌い切るのだって、不可能じゃなくなってる。
「ーーーー!!」
私の歌、まだまだアガるよ……!!
♪ ♪ ♪
それから、沢山歌った。
けどあっくんは変わらなかった。……変えれなかった。
もう喉は限界。技巧なんて皆無。
見込みが、甘かった。
伝えたかった。頑張ったのに……それでも届かないっ!!
目尻に涙が浮かぶ。もう、こんなのじゃ……。
「……少し、思い出しました」
「どう、したの?」
「ずっと貴女は必死な顔をしていた。けれど、出会ったばかりの頃は、違かった。ずっと笑っていた。下手な歌で、それでも関係ないとばかりに」
「?」
「必死だからこそ、見えないものもある、のでしょうね」
必死だからこそ……。あっ。
「そう、だね。じゃあ、次で本当に最後」
得意のアイドルソング? ヤメヤメ。
上手に伝えたい? それは勿論。でも、上手じゃなくたって良いんだ。別に。私がそうしたかっただけ。私のエゴでしかないんだし。
だから、この曲だ。
不恰好な私を、生写したような音色を、君に。
もう技巧もへったくれもなくて、息も絶え絶え。今配信したところで誰もが無視するような、下手っぴな歌。
でもね。
現在進行形で溢れてるこの気持ちを残さず吐き出すそれをラブソングって、言うんだよ。
「好きだよ、あっくん!!」
「……途中から、痛いくらい察してましたよ」
「……へ?」
「分からないと思ってましたか? 僕も人の子です。人並みの感情はある……筈」
にしても、と彼は続ける。
「無茶しましたね。どうして僕にそんなに入れ込むのか、分からないですが……いや、これを言うのは野暮ってものですか」
目と目が合う。
焦点の合わない澱んだ瞳は、人並み……よりやっぱりちょっと濁ってるけど。それでも、うん。
私の大好きな、目だ。
「ありがとう。愛は地球を救えませんが、馬鹿な男一人は救えるみたいです」
「捻くれ過ぎだよ、あっくん」
「でも事実です。チャリティーと称しておきながらしっかりとギャラは発生するイベントとか、こう……こう。ああいう感動ポルノの歌ってなんだか……」
「あっくん!! ライン超えちゃう!! 抑えて!! 抑えて!!」
憑きものが落ちたような顔の彼をした彼の言葉はいつもの二割り増しでキレキレだ。ジャックナイフって奴かもしれない。
あお一人称も変わって、キャラ崩壊が凄い。
けど、そんな彼はイキイキしていて。
「さて、光莉がここまでしてくれたんです。なら僕も返答しないといけないですね」
あっくんがデンモクを操作する。入った曲は。
「ハイ喜んで、でも良いですけど、やっぱり捻りのないラブソングで返答としましょう」
「……!!」
あっくんは、相変わらず上手かった。
ちょっと妬けちゃうけど。
でもそれ以上に思った。
ああ、幸せだなぁって。
エゴまみれで、問題まみれでも、今この瞬間は。
本当に、ハッピーエンドだ。




