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#13 貴方へ

 古部敦也君は壊れていると、パパは言った。


「彼を見ているとどうにも……中学生を見ているようには思えないんだ。どちらかと言うと、病んで会社を辞めた社員を見ているような気分になる」


「病んで……?」


「光莉、悪い事は言わない。彼とは距離を取るべきだ。子供の人間関係に親が口を出すのはナンセンスなのは承知だが、それでも彼は余りにも危う過ぎる」


 悪影響があるかもしれないとパパは言った。

 私はそれを酷く冷めた面持ちで聞いていた。

 あっくんの顔は、仕事で疲れ切ったパパによく似ている。けど、それでもとその表情を隠そうとするのも一緒だ。

 だから何だ、と言うかもしれない。

 けれどその時私は思った。そこにこそ救いはあるのかもしれないと。

 だからパパのありがたいお言葉を一切無視して訊ねてみた。


「ねぇ、パパが今まで仕事でされて嫌だった言葉責めってどんなの?」


「!!??」


 そう訊ねたら、パパはひっくり返ったっけ。



♪ ♪ ♪



 あっくんの自殺未遂を助ける事は出来た。あっくんのママからは泣きながらお礼を言われた。別に大層な事をした訳じゃないのに。

 ただ、本当に困ったのはここからで、あっくんを転校させるなんて話が出てきてしまった。

 ……判断としては、多分それは正しい。けれどそれを飲み込めるかは別問題だ。

 私はあっくんと一緒に卒業したい。いや、私はずっとあっくんの隣に居たい。

 虫の良い話だって分かってる。あっくんを一番傷付けたのは私だってことも、重々承知。でも。

 それでも側に居たいと、そう思ってしまうのは。

 きっと私がとんでもなく我儘で……自分でもドン引きしちゃうくらい、彼が好きだからだ。

 ……ただ、そう思ったところで現実は非情だ。私はまだ子供で、何の権限もなくて。あっくんの自殺未遂を止めれたのだって結局は大人の真似事。私が出来ることなんてたかが知れてる。

 あまりにも限られた手札の中で、私に出来ること。

 強引にでも、私にとってのハッピーエンドを引き寄せるには。


「……これしか、ないよね!!」


 今度は真似事なんかじゃない。私自身が、私の言葉で伝えるんだ。この想いを。



♪ ♪ ♪



 私は転校する事になった。

 それもまぁ、仕方ない。何せ中学生が一人、真夜中にダムを目指して一直線に歩いていたのだ。そこで何をするつもりだったのかなんて察するに容易い。

 ……いい大人が、なんてみっともない。

 自嘲しながらモノクロの部屋から空を見上げる。……いっそ憎らしい程に、青い。

 衝動的に悪態と共に唾を吐きかけたくなったがそれこそ空に唾を吐く。自分に帰るだけだ。

 ……あぁ、虚しい。心に大きな穴が開いているみたいだ。

 そう言えば労災になった奴が言ってたっけ。特別休暇の二日目までは普通だったけど三日目から急に何もやる気がしなくなって。あれだけ欲しかった休暇にも関わらず一日の大半をベッドの上でただ無為に時間を浪費してしまったと。今ならその気持ちが分かる気がする。何も、やる気がしない。

 ひたすらな空虚だけが部屋に充満して、私は窒息しそうだった。


「……」


 だからこそ。死にたい。消えたい。

 だってこの胸にはもう、何もない。熱量の消えた私は燃え滓だ。

 鬱々とした思考がループする。なるほどこれが輪廻って奴か。クソッタレが。

 思考するほどにノイズは増える。思考するほどにドツボに嵌まる。思考を止めたら、それはゾンビと変わりない。

 青い空さえ、黒い思考の濁流に呑まれてーー


「来たよ、あっくん」


 私は再び光を見た。

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