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第40話 追放参謀は打ち上げをするようです

「お疲れ様でした」


「お疲れ様でした」


 チリンと音がして、ワインの入ったグラス同士がぶつかり合った。善哉とアケカはそれに口をつけ、中身を一気に飲み干す。同時にぷはあと息を吐き、彼と彼女は揃って座椅子に体重を預ける。

 ノルトライン要塞司令アイマン中将が降伏勧告を受け入れ、すでに三日が経過していた。善哉の予想通り、アテナ艦隊の撤退は要塞防衛隊の士気に致命的な打撃を与えた。増援という名の希望の星が一瞬にして墜ちた事実は、帝国将兵の気力を根こそぎ奪ってしまったのである。

 こうして、一つの戦いが終わりを迎えた。しかし、善哉にもアケカにも、それを無邪気に喜ぶような暇は与えられなかった。戦後処理というある意味戦闘以上に厄介な仕事が、彼と彼女の前に立ちふさがったのだ。

 降伏した部隊の武装解除、占領地の掌握、損耗した部隊の再編制……さまざまな仕事が、疲労困憊の善哉に襲い掛かった。彼は不眠不休で働いてそれらになんとかひと段落つかせ、そしてベッドに飛び込んだ。丸一日寝こけ、もぞもぞと部屋から這い出してきた善哉の前に、アケカが現れる。彼女は彼に、個人的な慰労会を開こうと提案してきたのだった。


「いや、もう、本当に疲れましたね」


 顔をくしゃくしゃにしつつ、善哉はアケカのグラスにワインのお代わりを注いだ。本来であればこんな仕事は給仕がやるのだが、この場に居るのは善哉とアケカの二人きりだ。自然と、お酌は善哉の方がやることになった。

 慰労会の会場になったのは、《北溟》にあるアケカの私室だった。善哉としては、二度目のアケカの私室訪問である(もっとも、前回訪れたのは斗南要塞にある方の部屋だが)。大貴族の寝室といえば豪華な調度や天蓋付きのベッドなどが想像されるが、この部屋にはそんなものはない。あるのは畳と、小さなちゃぶ台と、大きなディスプレイと、そして部屋の隅に置かれた布団だけだ。貧乏学生向けの安アパートの一室と言っても通用するほど質素で素朴な部屋である。


「本当にね……」


 くだんの小さなちゃぶ台を挟んだ対面側に座るアケカは、普段と異なる柔らかな口調で答えた。唇を尖らせつつ、ワインを口に運ぶ。そして、皿の上に乗ったチーズを口に放りこんだ。酒の肴として供されているのは、サラミやチーズ、そして厨房からちょろまかしてきた握り飯など。部屋に負けず劣らずの質素ぶりだが、アケカいわくむしろこれが良いのだという。気を抜きたいときは、こうした素朴な空間や食べ物に囲まれている方が良い、というのが彼女の持論なのだ。


「もう一週間くらい部屋に籠って酒とアニメに溺れたぁい……」


 ダメ人間そのものの台詞を吐きつつ、アケカはちゃぶ台につっぷした。一見完璧超人そのものにしか見えない長身の麗人がそんなことをやるものだから、違和感が尋常ではない。

おもわず目をぱちくりさせる善哉だったが、すぐにほほえみを浮かべて受け流した。彼女ほどの相手に、この人の前ならば気を抜いても構わない、などと思われるのはむしろ光栄ですらある。この戦いを通し、善哉はすっかり彼女に尊敬を向けるようになっていた。


「気分は分かりますね。……まあ、実際はそういう訳にはいきませんが」


 この後にも、二人の前には激務が待ち受けている。休んで居られる期間はそう長くはなかった。


「あはは……まあ、勝ったからこその苦労だしねぇ。あんまり文句を言っていたら、リコリスに怒られちゃうかも」


 緩い苦笑を浮かべつつ、アケカはゆっくりと身を起こした。ちなみに、ヴァンベルク艦隊との通信が回復したのが昨日の話だ。戦況が落ち着いたことで、中継基地の敷設が進んだのだ。

 たいへん幸いにも、作戦に成功したのはクスノキ艦隊だけではなかった。ヴァンベルク艦隊側も、見事に任務を果たしたのだ。しかしもちろん、それは容易い戦いではなかった。

当初の予測通り、クスノキ艦隊の出撃を知った皇帝艦隊は斗南基地に強襲を仕掛けた。その防衛を担ったリコリスのヴァンベルク艦隊は、ミサイル艇を多用した巧みな戦術で皇帝の猛攻に耐える。それでもジリジリと後退を強いられていたようだが、ある日突然皇帝艦隊は撤退した。ノルトライン要塞落城の一報が届いたからだ。

 ノルトライン要塞を突破すれば、同盟側はフリーハンドで皇帝領を荒らしまわることができる。それを阻止するためには、皇帝艦隊が本領まで退いて再度防衛線を引きなおすしかない。つまり、善哉の作戦通りに事態が進んだわけである。それを聞いた彼は、当然ながら得意満面になった。


「ヴァンベルク様にお小言を貰うのは勘弁願いたいですね」


 あの口うるさい貴族の少女のことを思い出しながら、善哉は苦笑した。


「やっぱり苦手? リコリスは」


「ええ、まあ」


 苦笑を深くする善哉。もちろん彼もリコリスが単なる性悪ではないことは承知しているが、どうにもあの偉そうな態度がソフィーを連想させてしまうのだ。やはり、苦手ではないと言えばうそになる。


「まあ、自分の場合は《いなば丸》さえ直っちまえばあの人ともオサラバできますが。しかしクスノキ様はそういうわけにもいきませんから、気が重いでしょうな」


 そう語る善哉の声はまるで他人事のように気楽だった。


「気が重いのは確かだね」


 ふっと笑ってから、アケカは善哉をチラリと見る。


「でも、オサラバというのは聞き捨てならないなぁ。ここまで来たんだから、最後まで付き合ってもらいたいんだけど。戦争が終わるまでね」


「……」


 その言葉に、善哉は無言をもって答えた。実際のところ、こう来るのは分かっていた。だからこそ、わざとらしく別れについての話題を出したのである。

 彼の役割は、あくまで期間限定の相談役だ。ノルトラインの一件が終われば、もうお役御免。《いなば丸》は優先修理を受け、それが直り次第運送会社稼業を再開……そういう予定になっている。あくまで、契約の上は。


「ヘッドハンティングですか」


「うん、そう」


 あっさりと白状してから、アケカは身を乗り出す。部下の前に居る時の彼女は厳格で武断的な指導者だが、二人きりの時は近所のお姉さんのような気安い態度を取ってくる。それがどうにも、善哉の心をかき乱した。いわゆるギャップ萌えというやつだ。意識的にやっているとすれば、なかなかどうして大した策士じゃないか。善哉は心の片隅でそうボヤいた。


「御覧の通り、私はストライカーに乗って暴れまわることしかできない。頭の回る軍師は絶対に必要なの。……素の自分を出せる友達もね」


 にっこりと笑い、アケカはこれ見よがしにウィンクする。


「ベストな相方を射止めるためなら、散財は厭わないよ。そうだな……まず手始めに貴族位なんか、どう? 序列もあるから、最初は法衣貴族だけど。でも、いずれはきちんとした領地もあげる。たとえば、このノルトライン要塞とか」


「思ってたのより百倍デカい手土産が来たんですが」


 思わず苦笑して、善哉はワインを一口飲んだ。


「言ったでしょう? 散財は厭わないって。……それに、個人的には君は今運送会社に戻るのはやめた方がいいと思うし」


「どうしてです?」


「タチの悪いストーカーに追い回されてるみたいだから」


 アケカの答えは端的だった。しかしその目には、うっすらと怒りと独占欲が浮かんでいるようにも見える。


「アテナ艦隊だっけ。アレの司令官との通信ログ、聞いたよ。ずいぶんと厄介な女に目を付けられてるね」


「え、ええ、まあ」


「ああいうのを放置しておくのはマズいよ。身を守る準備をしておかないと。……その点、私の下に居れば安全だよ? 正面戦闘でも、非正規戦でも、ある程度は対応できるし」


「……」


 そう言われると、黙り込むしかない善哉だった。戦場でソフィーと再会したときには運命のいたずらを感じずにはいられなかった彼だったが、実際に彼女と言葉を交わしてみると、その認識はいささか牧歌的に過ぎたような気もした。もしやあの高慢な女は、おれを追い回してでも強引に屈服させる気ではなかろうか。内心に浮かぶそんな想像を、彼は急いで打ち消した。


「ま、確かに《いなば丸》に乗船している時にあの女と遭遇したら、ロクなことにはならんでしょうがね」


「でしょ?」


 ニコリと笑って、アケカは軽く頭を振る。なかなかに可愛らしい動作だ。今さらながら、善哉は自らが彼女の術中にはまっていることに気付いた。ノコノコ彼女の部屋にやってきたのは失策だったかもしれない、そんなことを考えつつ、自らの顎を撫でる。


「もちろん、いますぐ結論を出せとは言わないけれど。でも、検討する価値くらいはあると思うよ? 契約延長」


「……ま、考えておきますよ。社員共とも相談しなくちゃならないし」


 面倒なことになったと、善哉は内心ぼやいた。もちろん、彼女のもとで働くのが嫌なわけではない。アケカは上司としては理想的だし、そもそもからして彼は好きで民間人をやっている人間ではないのだ。正式に軍人の立場に戻り、艦隊を率いて見たいという気分は確かにある。

 だが、ここで頷いてしまえばきっと彼はズルズルとずっと同盟に付き合い続けることになるだろう。もちろん、生半可な報酬ではそのような要求には答えられない。アケカはこの要塞をくれてやるとも言っているが、地球育ちの彼には領地の下賜だのなんだのという封建制特有の褒賞はあまりピンとこない部分があった。もらえるならば、もっと即物的な報酬が良いのだが。


「……ひとつ、ご提案があります」


 しばし考えて、善哉はゆっくりと口を開いた。短期ならともかく、長期にわたってアケカの下で働くならば、ある程度確かめておきたいこともある。彼女がどれほど信頼できる相手か、という一点だった。これまでの彼女の姿は擬態で、実はソフィーと大差ない手合いでした、などということになっては目も当てられない。


「なにかな」


「クスノキ様は、おれのことを友と呼んでくださいましたね?」


「うん。家中には私と趣味を共有してくれる相手もいないからね。君と話しているのは、とても楽しいよ」


「……」


 善哉の心臓が跳ねる。彼は何とも言えない心地で口を引きつらせた。学生ではあるまいに、この程度で試みだされるとは。美人という奴は卑怯だな、などと思いつつ、アケカから少しだけ目を逸らす。


「ならば、私的な空間では貴方のことを呼び捨てにしても良いでしょうか? もちろん、敬語もなしで。友を相手に畏まるのは、おれの趣味ではないのです」


「……」


 今度はアケカが黙る番だった。もっとも、それは嫌な沈黙ではない。むしろ彼女の頬には紅が差し、口元の笑みはより深いものに変化していた。実際のところ、彼女自身も善哉の“クスノキ様”呼びは他人行儀で気に入らなかったのである。機会を見て呼び捨てでも構わないと言おうと思っていたところに、この提案。まさに渡りに船だと、アケカは心の中でガッツポーズをとっていた。


「……ん、いいよいいよ。どんどん呼び捨てにしちゃって。むしろ、それはこっちから頼もうと思ってたくらいだから」


 その答えは、善哉も満足のいくものだった。……彼も健全な地球男子だ。美女にお近づきになりたい、などという不埒な気分も当然あったのである。


「ありがとう、アケカ」


「どういたしまして、ゼンザイ。……さあて、難しい話はこれくらいにして、飲みますか。せっかくの休みなんだから、羽を伸ばさなくっちゃ……ね?」


 満面の笑みを浮かべつつ、アケカは善哉のグラスにワインを注ぐ。とても上機嫌な様子だった。これ、脈ありだよな。ここで退くのは惜しい、藤波の奴を説得せねば……内心でそんなことを考えつつ、善哉はそれに応じる。こうして、楽しい宴が始まった。

 ……しかし、善哉は一つ致命的な思い違いをしていた。ワンチャンを狙っているのは、彼だけではなかったのである。なにしろ、ヴルド人は圧倒的に男女比の偏った種族。大貴族ですら、結婚には苦労する。アケカ自身、今だに婚約者も恋人もいないのだ。おまけに男日照りの軍隊生活だから、溜まるものもたまる。つまり……獲物はアケカではなく、善哉のほうだった。彼は今や、肉食獣のナワバリにノコノコと入り込む間抜けな草食獣になりつつあった。


第一章ノルトライン編はこれにて終了です。原稿が仕上がりしだい第二章の投稿を開始いたしますので、いましばらくお待ちください

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面白いし続きが気になります。もっと読まれるべき ただ、1話内で視点が変わる場面が何度か有りましたが、もう少し線引きするなり行間開けるなりしていただけると読み手に優しいかもとは感じました。
[良い点] くっころ騎士(ハーメルン)から来ましたが面白かったです。重い女はいくらいてもいいですからね。
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