表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/40

第39話 追放参謀は最後の賭けに勝利したようです

「第三防衛ライン突破されました!」


 《北溟》の艦橋に悲痛な声が響く。防空艦による多重防御陣が、とうとう突破されてしまったのだ。空いた穴からは、重量級のミサイルを抱えた宙雷戦部隊がウヨウヨと侵入してくる。最初は防空艦に狙いを定めていた彼女らだったが、今やその手の艦はまったく眼中にないようだった。この期に及んでは、もはやそのような雑魚に目を向ける必要はない。狙いはただ一つ。一番の大物……戦艦である。


「第三副砲、電路の故障で停電中! 復旧には三十分はかかるそうです!」


 しかし、このような相手を迎撃するために設けられているはずの副砲・高角砲は沈黙したままだ。敵戦艦との至近距離での殴り合いをつづけた結果、《北溟》は満身創痍の状態にあった。もはや、迎撃弾の一発を撃つことすらままならない状況だった。

 しかしそれでも、《北溟》は他の艦に比べればまだマシだ。一命をとりとめたハズの《鹿鳴》は曳航していた《草破》ともども集中砲火を浴び、撃沈の憂き目にあっている。そのほかの戦艦も、沈んではいないもののギリギリの状態だ。

 もっとも、同盟艦隊ばかりが一方的にやられているわけではない。アテナ艦隊の戦艦隊もひどい有様で、沈没艦は同盟側より多い三隻。それ以外の戦艦も、軍艦なのかスクラップなのかわからない様相を呈している。


「アッハハハ! 最ッ高の気分だわ!」


 だが、《ラ・ピュセル》の艦内には歓喜の笑い声が響いていた。もちろん、声の主はソフィーである。戦艦同士の殴り合いは互角でも、補助艦の戦いではアテナ艦隊のほうが優勢を取っている。このまま宙雷戦隊を同盟戦艦部隊にぶつけてやれば、間違いなく勝利は彼女の物になるだろう。


「このまま何もかもメチャクチャにしてあげてもいいけれど、それでは趣がないものね? 降伏勧告くらいはしてあげましょうか……敵艦隊に通信を繋ぎなさい」


「はっ」


 通信オペレーターがコンソールを操作し、レーザー通信が《北溟》に向かって飛ぶ。


「軍使殿、敵艦から通信です。相手方は軍師殿を指名されておりますが……」


「わかった、こっちに回せ」


 こんな時まで軍師殿呼びは流石に恥ずかしいな。善哉は心の中でいささか場違いなことを考えつつ頷いた。一応彼の役職は主席参謀のハズなのだが、クスノキ艦隊内では軍師、あるいはゼンザイ呼びがすっかり定着してしまっていた。もはや、訂正するのも馬鹿らしいほどの普及ぶりである。

 軽く肩をすくめ、善哉はシートに備え付けになった受話器を取った。もちろん、その向こうに誰が居るのかはわかっている。


「おれだ」


「第一声がそれ? 相変わらずね、善哉」


 受話器から返ってきた声は、予想通りのものだった。小鳥のさえずりのような、気品と美しさを兼ね備えた声音。しかしそれは、善哉の心に不快なさざ波を引き起こしてやまない。


「お前こそ、全く変わってないようだな。親の七光りで得た椅子が、よほど座り心地が良かったと見える」


 ソフィーは善哉と同い年だ。そんな彼女がアテナ艦隊の司令官という肩書をぶら下げているのは、もちろん彼女がアテナ・インダストリの御令嬢だからである。善哉はそんな彼女がまったくもって気に入らない。それゆえ、口を開けばまずイヤミが飛び出してしまう。

 彼がぶっきらぼうなのはいつものことだが、ここまで嫌悪感を露わにするのは流石に珍しい。シンと静まり返っていた《北溟》の艦橋のあちこちで、にわかにささやきが交わされ始めた。ミゾレも少しばかり驚いた様子で善哉の方を見ている。そして少し考えこんでから、視線を藤波の方へむける。メガネの彼女は無言で首を左右に振った。


「うふふ、こんなやり取りも一年ぶりともなると何だか懐かしいわ」


 しかし、そんな直球の罵倒もソフィ―には暖簾に腕押しだった。彼女は奥ゆかしく笑い、そして言葉を続ける。


「一年ぶりの再会だから、出来れば旧交を温めたいところだけど……悲しいかな、ここは戦場ですものね。そんなことをしている暇はないでしょう?」


「良いんだぜ、おしゃべりに付き合ってやっても。今なら出血大サービスで一時間でも二時間でも付き合ってやらぁ」


 善哉としては、何としてでも増援が到着するまでの時間を稼ぎたいのである。吐しゃ物でも飲み込むような表情で、そんなことを言い返す。隣の藤波が目に手のひらを当て、それじゃ逆効果ッスよ先輩、などと呟く。


「あら嬉しい。なら、あとで一年でも二年でも付き合ってもらいましょうか」


 もちろん、ソフィーは善哉の狙いなどすべてわかっているから牛歩戦術には付き合わない。もっとも、それでもつい冗長な言い方になってしまうのは、彼女の育ちの良さばかりが原因ではないだろう。


「単刀直入に言うわ、降伏しなさい。貴方自身がわたしの前で膝をつき、『如月善哉はソフィー・ドゥ・フォンティーヌに敗れました。我が運命はすべて貴方様に委ねますので、どうかお許しください』……こう宣言するのです」


「フゥン? 宣言したらどうなるんだよ」


 砂を噛むような調子で善哉は言い返した。その人差し指は、コンソール・ディスプレイの通話終了ボタンの真横を激しく連打している。


「他の方々は見逃して、郷里に帰してあげてもいいわ。わたしの興味が向かう相手はあなただけ。ノレド帝国も、リンティア同盟も、どうなろうが知らないの。出すものさえ出してくれれば、この場で同盟側についてあげてもいいのよ?」


 まあ、お前は死の商人だからな。雇い主なんてどうだっていいだろうさ。善哉はそう心中で吐き捨てた。そもそも、現状のアテナ艦隊の挙動自体がおかしいのである。虎の子の戦艦隊を壊滅の危機に晒してまで、いち国家に肩入れするなど軍需企業的にはあり得ない。アテナ・インダストリは傭兵派遣会社ではないのだ。おれへの嫌がらせのためにそこまでやるかと、善哉は内心渋い表情を浮かべる。


「さあ、早くわたしの元にはせ参じなさい。そして頭を垂れ、許しを請うのよ」


「そいつはおれの台詞だぜ」


 きっぱりとした口調で、善哉はそう返した。たとえ本当に詰んだ状況であっても、そんな真似は絶対にしたくない。ましてや、まだ勝負は決まっていないのである。


「その訳の分からねぇ文言。そいつをおれとお前を逆にして言ってみな。そうすりゃ命ばかりは獲らないでやるぜ」


「うふ。そう言ってくれると思ったわ。流石は善哉、あなたはいつだってわたしの期待に応えてくれるのね?」


 無敵かよ、こいつ。善哉の口がへの字に歪んだ。どんな憎まれ口をたたいても、この女は怒ったり反論したりしない。士官学校時代に飽きるほど見た彼女の胡散臭い笑顔が脳裏にフラッシュバックし、彼は思いっきり首を左右に振り回した。


「けれど、いいのかしら? あと一手でわたしの勝利よ? 余計な被害の出ないうちに、勝負を畳んでおいた方が良いと思うんだけど」


 そう語るソフィーの声は嗜虐心に満ちている。実際、同盟艦隊の球形陣を突破した敵宙雷戦隊は、隊列を揃えいつでも最後の突撃を仕掛けられる姿勢になっている。彼女の号令ひとつで、満身創痍の《北溟》の命運は完全に尽きてしまうだろう。

 さあ、個々からどうやって時間を稼ごうか。善哉は一瞬黙り込み、思考を巡らせた。……その時である。通信オペレーターの一人が、ぱっと表情を輝かせてある報告をもたらした。受話器のマイクを手で押さえてそれを聞いていた善哉は、大きく息を吐いてから薄い笑みを浮かべた。


「そいつもおれの台詞だ。……しかし、おれはわざわざ最後通牒を出してやるほどお優しくはない。ソフィー、残念ながらこれでチェックメイトだ」


 善哉がそう言った瞬間、遠距離から飛来した砲撃の嵐が、突撃隊形をとったアテナ宙雷戦隊を滅多打ちにした。駆逐艦も嚮導小型巡洋艦も、例外なく大爆発を起こす。


「て、天頂方面、距離二〇万に敵艦隊出現! アクティブ・ステルスで忍び寄ってきていたようです!」


 《ラ・ピュセル》の対空監視オペレーターがこの世の終わりのような声で報告した。ソフィーがそちらに目を向けると、そこには黒鉄色に塗装された多数の軍艦が揃って砲口をアテナに向けている。とうとう、アンドウ分艦隊が到着したのだ。


「ゼンザイ殿、すまぬ! また遅れた!」


 アケカの元気な声が、《北溟》のブリッジに響いた。瞬間、艦橋内で歓喜の声が爆発した。軍帽が飛び交い、軍人たちは喜びと獰猛さが入り混じった表情で自らの仕事を再開する。


「いえ、ベストタイミングでした」


 さすがの善哉も安堵の笑みを浮かべ、穏やかな声で言った。そうしている間にも、味方部隊の最後の攻撃は続いている。アンドウ分艦隊からの支援射撃を受けつつ、《甲鉄》隊がアテナ宙雷戦隊に追撃を仕掛ける。もちろん、その先陣を切るのはアケカの《天羽々斬(アメノハバキリ)(あめのはばきり)》だ。

彼女は僚機から譲り受けた対艦ガンランチャーを構え、見事な回避機動を取りながら敵小型巡に接近。そしてその艦橋に対艦ミサイルを叩き込む。同様の光景が、戦場のあちこちに現出していた。満身創痍だったのはクスノキ艦隊ばかりではない。アテナ艦隊もまた、激戦により消耗していた。そこに突然予想外の方向から奇襲を喰らったのだからひとたまりもない。


「あら、あらあらあら」


 その様子を見ていたソフィーは、無線も切らずにそんな声を漏らす。


「つまり、わたしの負けというわけね?」


「ああ、おれの勝ちだ」


 文字通りの勝ち誇った声で善哉は言う。宿敵に逆襲してやったのだ。彼の心には暗い歓喜が満ちていた。


「ざぁんねん。今回は勝てると思ったのに」


 しかし、ソフィーのほうはあっけらかんとしたものだ。善哉にはそれがたいへんに気に入らなかった。彼に負けたソフィーが悔しがったのは、士官学校時代にやった初めての戦術シミュレーション演習の時だけだ。それ以降は、悔しがるどころか喜ぶような素振りすら見せる始末なのだ。


「おめでとう、善哉。また連勝記録が伸びたわね」


 揺れる《ラ・ピュセル》の艦橋で、ソフィーはにっこりと笑った。この衝撃は、《甲鉄》の放った対艦ミサイルが直撃したものだ。しかし、戦艦の重装甲であればストライカー用の対艦ミサイルなどは大したダメージにはならない。恐れるべきは、駆逐艦や巡洋艦が装備している大型のミサイルだけだった。


「次は勝てるように頑張るわ。さようなら、善哉。また逢う日まで元気でね」


 そう言って彼女は通話を切った。そしてゆっくりと息を吸い込み、大声で号令をかける。


「全艦、撤退よ! 宙雷戦隊が突っ込んでくる前に戦線離脱をしなくては。急ぎなさい!」


 堰を切ったようにアテナ艦隊は退き始めた。あわてて同盟戦艦隊が主砲を発射するが、致命打は与えられない。


「深追いはするな! 所詮傭兵どもだ、あえて殲滅を狙う必要もない……」


 死ぬほど嫌そうな顔で善哉はそう命じる。本音を言えば、全力で追撃してソフィーの減らず口を止めてやりたいところだ。しかし、作戦の目標はあくまでノルトライン要塞の攻略である。今のクスノキ艦隊に、無駄なことでリソースを浪費している余裕などなかった。逃げる連中は放置し、残りの敵を掃討することに集中せねばならない。


「はぁ……ったく」


 何はともあれ、アテナ艦隊が退いた以上この戦いは勝ったも同然だ。頼みの綱の援軍が逃げ出し、要塞防衛隊の士気はどん底に沈んでいることだろう。今ならば、降伏勧告も聞き入れてもらえるかもしれない。


「さあて、後片付けと行きますか……」


 とはいえ、油断はできない。頭の中に渦巻くいろいろな感情をまとめて追いだし、自分の頬を両手でパンと叩いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
N01484-cover-PB-%E5%A5%B3%E9%9B%A3%E6%88%A6%E8%A8%98-1395x2048.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ