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第38話 赤髪の辺境伯様は傭兵たちをなぎ払うようです

「どけ、下郎ども!」   


 凛とした声が戦場に響き渡る。剛腕をもって振るわれた長巻が《タンペット》の胴体を真っ二つにし、起きた爆発が《天羽々斬(アメノハバキリ)》の装甲をあぶる。鮮やかな朱色で塗られていたハズのこの特機は、今は見る影もないほどみすぼらしい姿になっていた。もちろん、被弾をしたからではない。今のようなインファイトを繰り返したせいで、敵機からの返り(オイル)や爆風などを浴びすぎてしまったのだった。


「下がれ下がれ! 貴様らのような雑兵を相手している暇はないのだ!」


 剣の切っ先を敵機に向け、アケカが吠えた。彼女も、もちろんクスノキ艦隊の窮状は承知している。すでにアンドウ分艦隊の任務は完了しており、あとは彼女らを連れて本隊に合流するだけ、という状況なのだが……。


「間違ってもヤツを通すんじゃねえぞ! 合流だけは何としてでも阻止せよというのが“お嬢様”からのご命令だ。ヘマをこいたらタダじゃすまねぇ!」


 そこへ立ちふさがったのが、アテナ艦隊から飛び立ったストライカー隊の一群だった。彼女らは強固な防御陣を作り上げ、アケカらの進撃を阻止せんとしている。新鋭機が相手だけに、アケカといえどなかなか突破口が開けない。善哉が危惧した通りの状況だった。


「この者ら……なかなか手強い!」


 フォトンセイバーを抜いて打ちかかってきた《タンペット》の一撃を刀でいなしつつ、コトハがボヤく。斬撃は防いだが、すぐにガンマウントが駆動し機関砲の砲口が彼女の《打刀》に向けられた。吐き出された機関砲弾を、スラスターを全開にして間一髪で回避する。

 新型の《打刀》であれば、こうして《タンペット》と正面から対抗することもできる。しかし、同盟軍には《打刀》はまだ一個大隊ぶんしか配備されていないのだ。主力の《甲鉄》では、二機一組で一機に当たってどうにか、という状態である。この防御陣を突破するのは、なかなか容易なことではなかった。


「方位一二〇、仰角三〇より砲撃が来ます!」


「各機散開せよ!」


 しかも、警戒すべき相手は《タンペット》だけではなかった。はるか遠くより飛来した艦砲射撃なみのビームが、同盟ストライカー隊に襲い掛かる。同盟機は慌てて回避運動を取ったが、避けきれなかった数機が巻き込まれて爆散した。


「あの砲兵どもをどうにかしないことには、救援どころではありませんね」


 苦渋に満ちた声で、ユキがそう進言する。砲撃の主は、軍艦ではない。機動砲と呼ばれる砲撃ユニットだった。これは数機のストライカーで運用する大型の重砲で、射程にしろ威力にしろ一般的なストライカーの携行火器をはるかに超えるシロモノだった。おまけに軍艦に比べるとはるかに小型の兵器だから、遠距離射撃では仕留めづらい。

 アテナのストライカー隊はこの機動砲を大量投入して空中に砲列を形成し、アケカらに猛射撃を加えていた。相手は遠距離に居るから、とうぜんこちらからは手出しができない。一方的なアウトレンジ攻撃に、アケカらは苦戦を強いられていた。


「なんとか、あ奴らに攪乱攻撃を仕掛けたいところだ。こうも一方的に撃たれるばかりでは、前に進むことすらままならぬ」


 渋い顔を隠しもせず、アケカは吐き捨てる。さしもの彼女も、長時間にわたる戦闘でいささかくたびれていた。今すぐ艦に戻り、シャワーでも浴びてベッドに寝転がりたい。心の中ではそんなことを考えている。


「アンドウ提督に対抗射撃をさせるのはどうだ。機動砲ていど、大型装甲巡の火力があれば容易に蹴散らせるはずだ」


 そう言って、彼女は背後を振り返る。その視線の先には、宇宙(そら)を彩る星々に紛れるようにしてたゆたういくつもの味方艦の姿がある。アンドウ分艦隊だ。

 救援部隊の助力により駐留艦隊との長い死闘を制したアンドウ分艦隊だったが、状況は彼女らに休息を許すほど楽なものではなかった。今度はアンドウ分艦隊のほうが救援として、クスノキ艦隊の方へ向かっているのである。もとより無謀一歩手前の作戦とはいえ、なんとも余裕のない話だった。

 しかし、アンドウ分艦隊は “ポケット戦艦”というあだ名でも呼ばれる強力な艦種、大型装甲巡を主力とした部隊だ。重砲とはいえストライカーで運用できる程度の兵器でしかない機動砲と比べれば、その火力は雲泥の差だ。彼女らが本気になって射撃を仕掛ければ、この難局も打ち破れるのではないかと思われたのだが……


「それは困難です」


 しかし、参謀役のユキから返ってきた声は苦渋に満ちたものだった。


「アンドウ分艦隊は、長い消耗戦を終えたばかりなのです。当然ながら、弾薬の残りはごくわずか。ここで残弾を射耗してしまえば、本隊との合流が叶ったところで撃てる弾は一発も残っていないでしょう」


 そう言われてしまえば、アケカといえど黙り込むしかなかった。今、彼女らが急いでいるのはクスノキ艦隊の救援の為なのだ。必要な弾薬を突破のために使い果たしてしまったのでは、元も子もない。

 もちろん、この弾薬というのは徹甲弾や榴弾以外の弾種も含まれている。ビームと言えど無限に発射できるわけではなく、高圧粒子を封入したカートリッジを消費するのだ。宇宙戦でもっとも多用される砲弾はビームであるから、当然ながらアンドウ分艦隊ではすでにほとんどの粒子カートリッジを撃ち尽くしていた。


「……」


 八方ふさがり。そんな言葉が、アケカの脳裏によぎった。状況は予想以上に悪い。アンドウ分艦隊を救援していた時は、まだマシだったのだ。アケカはここで、専用機を駆り出撃してきたヘルツォーク上級大将も撃破している。一騎討ちに勝利した時は、彼女も『これでこの戦いも終わりか』と安堵したものだった。

 しかし、残念ながらそうはならなかった。ヘルツォーク上級大将を撃破したのちも敵の士気はそれほど下がらなかったし、指揮も適確なままだった。この上級大将は、本物のお飾り以外の何物でもなかったのだ。期待していただけに、アケカの落胆は大きかった。ましてや、この妨害攻撃である……。


「上様! いまお助けいたしますぞ!」


 アケカの心中に暗澹たる気分が広がり始めた、その時である。無線のマイクからそんな声が聞こえてきた。それと同時に、太い光条がアテナのストライカー隊に襲い掛かる。射撃が来たのは、足元。すなわち要塞の地表がある方向だった。


「いかん、回避! 回避!」


 それを回避するため、《タンペット》隊は一斉に参加した。アケカは考えるより早く、スロットルを全開まで開けていた。《天羽々斬(アメノハバキリ)》が弾丸のような勢いで加速する。


「突撃、我に続け‼」


 アケカは地表方向に味方を配置した覚えなどなかった。そのため、どこの誰が援護してくれたのかもわからない。しかし、彼女がそれについて疑問を覚えることはなかった。今のアケカの頭脳は戦闘一色に染まっており、援護の出所などよりも敵の隙をいかにして突くかという部分に思考が集中していた。

 長巻の長大な刀身が、よそ見をしていた《タンペット》を襲う。弾切れなのはアンドウ分艦隊だけではない。アケカ自身、主兵装のメガブラスターライフルの弾薬はとうに尽きていた。残る武器は固定式の機関砲と、刀剣類のみである。


「ウオオオ! 上様バンザイ!」


「傭兵などに敗れるわけにはーッ!」


 彼女の突撃に、《打刀》と《甲鉄》も続く。それは、まさに決死の突撃であった。アテナ側から飛んできた迎撃弾が、一度に三機もの《甲鉄》を火球に変える。それでも、同盟兵は怯まなかった。性能に勝る《タンペット》に果敢に挑みかかり、遮二無二に挑みかかる。


「ぐっ……このっ、旧式風情が!」


 さしもの歴戦の傭兵も、その気迫には威圧された。腰が引けたところを、アケカとその近侍たちが更なる猛攻撃を仕掛ける。《甲鉄》隊は陽動を、《天羽々斬(アメノハバキリ)(あめのはばきり)》や《打刀》は攻撃を。そんな役割分担が自然とできていた。


「今だ、突っ込め!」


 そうして出来た防御陣の穴に、同盟軍の後詰が突入した。《甲鉄》をベースに開発された火力支援型ストライカー、《火龍》だ。右肩に大筒を背負った足軽のように見えるその機体は、背中のスラスターを全開にしつつ標的に向かって突撃する。その矛先は、《タンペット》ではなくその後方に展開中の機動砲砲列に向けられていた。


「いかん!」


 傭兵側の隊長がそんな声を上げるが、もう遅い。《火龍》の固定装備である肩部一〇五ミリ・ブラスターカノンがうなりを上げる。大きな光弾が、再装填作業のさ中にあった機動砲を打ち据える。地上で用いられるけん引砲にロケット・ブースターをくっつけただけのように見えるその兵器は、あっという間に穴だらけになって小爆発を起こす。そしてそれから間を置かず、今度は尋常ではない大きさの火球に転じた。予備の粒子カートリッジに誘爆したのだ。


「支援型を止めろ! これ以上機動砲に損害を出すな!」


 そうがなり立てる傭兵隊長の前に、朱色の影が飛来する。アケカの《天羽々斬(アメノハバキリ)(あめのはばきり)》だ。


「ご免!」


 疾風のように振るわれた長巻を、隊長は回避できなかった。指揮官機を表すブレードアンテナのついた《タンペット》が爆散し、周囲の傭兵たちに動揺が広がる。


「隊長が……」


「おい、次席は誰だ! はやく指揮の引継ぎを……」


 もちろん、その隙を逃す同盟兵ではない。コトハ、ユキの《打刀》が敵部隊に襲い掛かり、《甲鉄》隊もそれに続いた。いまや、戦場の主導権は同盟の側が握っていた。


「これならなんとかなりそうだ」


 それを見たアケカは、ホッと安堵のため息を吐く。そして今さら、先ほどの援護の出所が気になりだした。やっとのことで、彼女の心にも余裕が戻ってきたのである。


「支援射撃、感謝する。素晴らしい助太刀だった」


 無線のスイッチを入れたアケカは、感謝の言葉を口にしつつ射撃の出所に視線を向けた。その瞬間、彼女の目がまんまるに見開かれる。


「……貴様ら、戦車で宇宙までやって来たのか」


 そこに居たのは、ウミガメを思わせる形状の同盟艦だった。クスノキ艦隊で制式採用されているタイプの強襲揚陸艦だ。それは良い。問題は、その甲板にびっしりと多脚戦車が並んでいたことだ。どうやら、先ほどの射撃はこの戦車隊が放ったものらしい。


「ゼンザイさんの策ですよ! 話を持ち掛けられたときはたまげましたが、まあ何とかなるもんですな。ワッハッハ」


 無線から聞こえてくるヤケクソめいた笑い声に、アケカもつられて表情をほころばせる。


「またゼンザイ殿の策が当たったか。しかし、とんでもない無茶をするものだな」


 あたりまえだが、多脚戦車は陸戦兵器である。この兵器は小惑星のような微小重力環境でも運用することができるが、これは内蔵した反重力装置の働きで強制的に接地圧を高めることが出来るからだ。

したがって地面が無ければマトモに動けず、宇宙に投げ出されでもすれば自力では母艦に戻る事すらできない。その上いくら戦車と言っても防御力は自身の主砲に耐えられる程度しかないから、機動砲でも喰らえば一網打尽の憂き目を見るだろう。いかに地上の王者・戦車でも、宇宙に出れば棺桶のようなものなのだ。つまり先ほどの援護は、失敗すれば全滅必須の危険極まりないやり方であった。


「まったく、とんでもない軍使殿だ。しかし、頼りになるのは確かだな」


 しかし、この采配が無ければアケカは敗れていたかもしれないのだ。彼女は胸の奥が熱くなるような気分を覚え、小さく息を吐いた。


「ゼンザイ殿がここまでやってくれたのだ。ここで失敗すれば女が廃る。さあ、者ども! あと一息だ! 帝国の最期の抵抗を打ち破るぞ!」


「応ッ!」


 同盟兵から返ってきた応えは、なんとも心強いものだった。



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