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第37話 追放参謀は艦隊決戦に挑むようです

「よし、間に合ったか」


 煙を噴きながら地上へと落下していく戦艦・《ジャン・バール》をちらりと見てから、善哉は満足げに頷いた。要塞砲の“誤射”は、彼が仕掛けた最後の罠だったのだ。


「なるほど、貴重な地上戦力を割いて要塞砲の制圧に当たらせたのは……これを狙っていらっしゃったのですね」


 ミゾレが尊敬の籠った目で善哉を見る。彼は事前に、地上部隊の一部に「要塞砲を優先して制圧せよ」という命令を与えていた。もちろん、可能な限り無傷で……という注釈つきで、である。邪魔な要塞砲兵どもを追いだし、強力な要塞砲を自らの物にしてやろうというのが彼の狙いだった。

当然ながら、この采配は部下からは大不評だった。なにしろ、要塞攻略戦はいかに早く中枢部に陸戦隊を送り込むかが勝負だ。その重要な兵力を、末端部でしかない要塞砲の制圧に当てるなど普通ならばあり得ないやり方である。

 それでもあえて善哉がこのような作戦を採用したのは、敵の増援が予想外に早く到着する事態に備えてのことだ。要塞攻略戦において最も危惧すべき状況は敵の守備隊と増援に挟撃されることだった。万が一にでも負けられない戦いである以上、保険をかけておくのは当然のことである。


「おれは少しばかり悲観主義のケがあってな。まあ、たまにはそれも役に立つ……」


 そう言って、善哉は電子タバコをゆっくりとふかした。そして、鋭い目つきで敵艦隊を見やる。

「さて、畳みかけるぞ。全艦、敵戦艦隊に火力集中!」


「射撃用意、一斉打ち方」


 アリガ艦長の冷静な声が艦橋内に響き渡る。それと反比例するように、室内には強烈な熱気が渦巻きつつあった。


「アイアイ、マム! 距離一〇万、一斉打ち方用意。……いつでもいけます、艦長!」


「よろしい。では、金田砲術長。ブチかましなさい。主砲打ちィ方はじめ!」


「主砲打ちぃ方はじめ!」


 同盟戦艦部隊の主砲が一斉に吠えた。僚艦に曳航されている《鹿鳴》すらも、射撃に参加している。ビーム特有の閃光じみたマズルフラッシュが宇宙を照らし、無数の光の矢がアテナ艦隊に殺到する。巻き込まれた数隻の駆逐艦が爆竹のようにはじけ飛んだが、もちろん被害はそれだけでは済まなかった。戦艦隊のほうでも、いくつもの爆発が起きている様子が《北溟》の艦橋からでも目視できる。


「ウワーッ⁉」


 旗艦・《ラ・ピュセル》にも、ビームは容赦なく降り注いでいた。直撃弾をいくつも受け、艦橋に激震が走る。人も物も見境なく何もかもが吹き飛び、室内は阿鼻叫喚の様相を呈した。


「お嬢様!」


 いち早く立ち上がった主席参謀が、あわててソフィーに駆け寄る。うめき声を上げつつ起き上がった彼女の額には、少なくない量の血が流れ出ていた。


「大丈夫ですか、お嬢様! ああ、なんてことだ……」


「仮にも軍人がこの程度でうろたえるなッ!」


 自らを心配してくれているというのに、ソフィーが放った言葉は辛辣だった。彼女は主席参謀を押しのけ、司令官席のアームレストに縋りながら立つ。


「被害状況を知らせなさい」


「第一主砲塔、バーベット破損! 旋回ができません!」


「両用砲、第七、第八、第十砲塔、通信途絶しています」


「航法レーダー、ホワイトアウトしています。復旧には時間がかかりそうです」


「機関、安全装置が作動しました。出力二十パーセント減少!」


 上がってくる報告はろくでもない物ばかりだが、彼女の顔には令嬢にはふさわしくない獰猛な笑みが張り付いている。


「結構! つまりまだ《ラ・ピュセル》は戦えるって事ね。他の艦の損傷は?」


 その問いに、通信オペレーターは顔を青くしながら戦艦・《ジョセフ・ジョッフル》中破。同・《シャルル・ド・ゴール》、《エミール・ベルタン》が小破した模様ですと答えた。一回の斉射で受けた被害としては、破格と言っても差し支えないレベルである。回頭中に全力射撃を受けるのは、それほどまでに危険なことなのだ。

 どっかりと司令官席に腰を下ろしたソフィーは、指揮杖で手のひらをパンと叩く。


「じきに要塞砲の第二射が来るわよ! さっさと乱戦に持ち込んで、発砲をためらわせなさい! 第五戦速! 針路一七五、俯角三!」


「だ、第五戦速、針路一七五度、俯角三度! ヨーソロー!」


 復唱する航海長の声は明らかに震えていた。なにしろ、ソフィーが命じた針路はクスノキ艦隊に真っすぐ突入するコースなのだ。負傷してなお、彼女の闘志はいささかも衰えていなかった。


「この際、補助艦艇もすべて突撃させなさい。相手が駆逐艦だろうが小型巡だろうがとりあえず対艦ミサイルを撃ち込んで一隻でも多くの船を沈めるの。出し惜しみはナシよ」


 ここが勝負の分かれ目だ、ソフィーはそう判断した。下手に腰の引けた対応をすれば、アテナは敗者となる。彼女は戦うことは好きだったが、負けるのは大嫌いだった。

 その号令に従い、小艦艇の群れがクスノキ艦隊に群がった。戦艦隊の周囲を守る補助艦部隊が弾幕を張ったが、対応しきれる数ではない。彼我の戦力差は二倍近いのだ。防御に専念しても、やはり不利は免れない。


「秋雨型第二六、三〇艦爆沈! 敵の対艦ミサイル攻撃です!」


 その報告に、歓喜の渦巻いていた《北溟》の艦橋が水を打ったように静かになる。対艦ミサイルはたいへんにコストが高いため、普通ならば駆逐艦のような低価値目標に使うことはない。そんな真似をあえてやる当たり、敵はよほど執念深い相手と見える。


「敵さんも尻に火がついたな」


 電子タバコをふかしつつ、善哉は落ち着き払った声で言った。


「敵将がソフィーのヤツならば、ここでイモを引くような真似は絶対にしない。近接砲戦の用意を急げ!」


 善哉の予想通り、アテナ艦隊は撤退などまるで考えていない様子で突撃を開始した。その間に要塞砲が第二斉射を放ち、一隻の戦艦が轟沈した。それでも、ソフィーは突撃中止命令をださない。主砲を討ち散しつつ、どんどんと肉薄してくる。


「ここからは防御を捨てた全力の殴り合いだ。面白くなってきたな」


 皮肉げに笑いつつ、善哉が幕僚らを見やる。


「ええ」


 口角を上げつつ、ミゾレはそう答えた。本気で楽しそうな気配を漂わせている。


「勘弁して欲しいッス」


 一方、藤波の顔は引きつっていた。対照的な二人を交互に見やってから、善哉は満足げに頷いた。ミゾレはもちろん、藤波の表情にも怯えの色はない。良い傾向だ。


「敵戦艦隊、距離七万。減速する様子はないですね」


「駆逐艦の砲戦距離だ。こいつはハードな殴り合いになるぞ」


「次の斉射より弾種を徹甲弾に切り替えましょう」


 金田がそういうのと同時に、《北溟》の主砲が咆哮を上げた。太いビームが隊列の最前を突っ走る《ラ・ピュセル》に直撃し、小爆発を起こした。


「撃ち返しなさい!」


 激震の走るその艦橋で、ソフィーはアームレストにかじりつきつつもそう叫んだ。四連装砲が吠え、砲弾が放たれる。《ラ・ピュセル》はすでに弾種を徹甲弾に切り替えていた。飛来する砲弾を撃ち落とさんと同盟防空艦の対空機関砲が猛烈に火箭を撃ちだしたが、撃墜には至らない。《北溟》の船腹で閃光が生じる。


「グワーッ⁉」


 分厚い装甲板が砕ける音と共に、善哉はシートから投げ出されそうになった。即座にミゾレの手が伸びてきて、彼の身体を抑え込む。


「す、すまん」


 その手助けのおかげでなんとか無傷で済んだ善哉は、コホンと咳払いをしながら礼を言った。


「男性を守るのは女の仕事ですので」


 平然とした様子でそう答えるミゾレは、男性である善哉から見てもなかなかに恰好が良かった。彼はコホンと咳払いをしてから、慌てて逆側に目をやる。そこに居るはずの藤波は、衝撃で吹っ飛ばされ床で伸びていた。きゅう、などという声も漏らしている。


「悪い、あっちの面倒も見てやってくれ」


 藤波のことは心配だが、事実上の総司令官がアタフタしていては部隊が機能不全を起こしてしまう。彼は砂を噛む思いで同僚から視線を外し、鋭い声で「被害知らせ!」と叫んだ。


「第三錨鎖庫壊滅!」


「第一副砲塔が吹き飛びました! 配置人員は全員戦死の模様!」


「右舷高角砲群で火災発生! ダメコン班が消火中ですが、早期の鎮火は困難ということです!」


「つまりは軽傷、ということですな。戦闘力の低下は限定的です」


 常と変わらぬ冷静な声で、アリガ大佐が総括した。敵の戦意の高さは尋常ではないが、士気の面ではこちらも負けていない。


「ようし上等! 撃ちまくれ!」


 そう叫びつつも、善哉の目は戦術マップの方に向けられていた。彼我の艦隊の位置関係から見て、地上からの支援射撃はもう受けられない。発砲を強行すれば、味方の射弾がクスノキ艦隊の背中に突き刺さる恐れがある。つまり、ここからは独力で戦わねばならないということだ。


「ただし、目の前の敵に熱中しすぎるんじゃねえぞ。脅威は正面だけに非ず、だ。左右の警戒を疎かにすれば、横腹を突かれて死ぬからな」


 《ラ・ピュセル》をはじめとした戦艦群は確かに厄介だが、《ジャン・バール》の脱落により数的には拮抗している。しかし、補助艦の数では敵方の方が圧倒的だ。善哉は、むしろこちらの方を警戒していた。


「その調子よ、飽和攻撃を続けなさい!」


 もちろん、その優位はソフィーも理解している。彼女の声援に押されるようにして、アテナ側の駆逐艦や小型巡はさらに苛烈な攻撃をつづけた。

駆逐艦が主砲を撃ち散しながら突撃し、対艦ミサイルをぶっ放す。戦艦にも大ダメージを与えられるだけの炸薬が詰め込まれた大型対艦ミサイルは、小型艦にはオーバーキルが過ぎる兵器だ。直撃を受けた小型防空巡洋艦が、火中に投じられたガスボンベのように破裂し四散する。

 その攻撃で空いた穴に、さらにストライカー隊が突っ込んだ。四機一組で編隊を組んだ彼女らは、巧みな操縦で対空砲の火箭を回避する。あわてて《甲鉄》が阻止に出るが、新鋭機・《タンペット》の性能は尋常なものではない。その高い火力で、《甲鉄》隊は一方的に討ち取られる羽目になった。


「やらせんぞ、不埒者どもめ!」


 それでもごく少数のベテランはその弾幕を突破して《タンペット》隊の懐に飛び込むが、遠距離戦だけでは終わらないのがこの新鋭機の特徴だ。両肩に装着されたガンマウントが第三、第四の腕のように器用に動き、接近する同盟機を四〇ミリ機関砲で撃ち落としてしまう。


「腕が良くとも、そんな旧式ではなぁ!」


 アテナ傭兵は、哄笑を上げつつ同盟の防空巡へと肉薄した。バズーカ型の対艦ガンランチャーから大ぶりなミサイルが放たれる。ストライカー用の対艦ミサイルは駆逐艦の者と比べればはるかに小型だったが、それでも軽装甲の巡洋艦ならば致命傷を与えられる程度の威力はある。

 艦橋に直撃を受けた防空巡は、爆沈こそしなかったものの射撃の統制が明らかに乱れ始める。指揮を取るべき艦橋の人員が全滅してしまったせいだ。こうなればもう、効果的な弾幕など晴れるはずもない。即座に突撃を仕掛けた別の《タンペット》が、この船に引導を渡した。


「……」


 その報告を聞いた善哉の額に、冷や汗が垂れる。今や、戦艦隊を守るべき防空網はズタズタにされつつあった。おまけに、敵戦艦からの圧力も尋常ではない。

再び《北溟》は命中弾を受け、善哉は椅子に縋りついて衝撃に耐えた。むろん即座に反撃の応射が飛び、《ラ・ピュセル》の第二艦橋を吹き飛ばす。しかしそれだけではまだ撃沈には至らない。その証拠に、敵艦の火器管制レーダーは相変わらず睨みつけるようにこちらに釘付けになっている。


「流石にこのままでは一手足りないな」


 小さく唸った彼は、通信オペレーターに目を向けた。そろそろ、アケカらが帰還してもおかしくない頃合いだ。彼女らの助力を受ければ、この厳しい盤面をひっくり返すことも不可能ではないだろうが……。


「クスノキ様の方はどうなっている。駐留艦隊の方は既に片が付いているんだろう?」


 希望的観測であることを理解しつつも、善哉はあえてそう言った。無線がつながらない以上、別動隊が今どこで何をしているすべはないのだ。もしかしたら、駐留艦隊の逆襲を受け殲滅されている可能性すらあるのだ。


「最後に来た連絡機によれば、『我が方優勢なり』とのことですが……」


 しかし当然ながら、オペレーターは既に聞いた情報を繰り返すばかり。新情報が入ればいの一番に報告があるだろうから、これは当然のことだろう。無意味な質問をしたと、善哉は内心自省する。


「もしかしたら、敵の妨害により前に進めない状態にあるのかもしれません」


「先手を打って援軍の足止めを狙う、か。ソフィーの使いそうな手だ」


 顔をしかめ、善哉はため息を吐く。


「しかたない。この策は使いたくなかったが……背に腹は代えられんか」


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― 新着の感想 ―
[良い点] こちらの作品の敵は「アバーッ!」「グワーッ!」と叫ばないと思っていたら主人公が初グワーした(^ ^)
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