第36話 追放参謀は因縁の宿敵と戦うようです
「ストライカー戦では流石に劣勢だな」
前線から上がってくる報告を聞いた善哉は、わずかに眉間にしわを寄せつつそう言った。とはいえ、これは予想の範囲内だ。敵は最新鋭機で、おまけに数も多い。ストライカーだけに限ってみれば、その兵力差は実に倍近い。同盟のパイロットは質が高いが、それでも流石に真正面からの対抗は困難だろう。
「しかし、想定内の範囲ではある。作戦通り、地上部隊と連携して戦うよう直掩隊に伝えておけ」
不利とわかっている状況を唯々諾々と受け入れる善哉ではない。彼は既に、敵に航空優勢を取られぬための手を打っていた。彼の助言に従い、《甲鉄隊》は戦闘を継続しつつも徐々に後退していった。それと同時に対地高度も下げていく。優勢に慢心したアテナ傭兵たちは、嗜虐的な笑みを浮かべつつそれを追撃する。
「どうしたどうした! 最初の勢いはもう打ち止めか?」
片腕を失い、煙を上げながら岩山へと隠れようとする《甲鉄》を、三機もの《タンペット》が猟犬じみた動きで追い立てた。それを見た中隊長が、あわてて制止の声を上げる。
「いかん! うかつに高度を下げては……!」
しかし、その言葉を言い終わるよりも早く、岩山の影から同盟戦車の一団が飛び出してきた。その細長い主砲は、もちろん愚かな三人の傭兵に向けられている。
「撃てっ!」
鋭い号令と共に放たれたビームが、《タンペット》三機を同時に貫いた。重装甲が身の上のこの機体だが、同盟軍の主力戦車《士魂》の主砲は口径一三〇ミリ。ストライカーのブラスターライフルなどとは比べ物にならない威力を誇っている。それの直撃を受けたのだから、もはや爆発四散以外の運命はあり得ない
。
「空地直協攻撃! くそ、敵指揮官も味な真似をする……!」
苦しい戦いを予感し、アテナの中隊長は密かに歯噛みした。
「これでなんとか拮抗には持ち込めた。しかし問題は……」
善哉はそう言って、ストライカー同士の乱戦から視線を外した。脅威はストライカーだけではない。すでに、敵艦隊との戦端も開かれつつある。アテナ艦隊は複数の宙雷戦隊を鶴翼状に展開させ、左右からクスノキ艦隊を包囲するような動きを見せていた。当然同盟側もこれに対抗し、前衛部隊が迎撃の火箭を打ち出している。夜の海のような宇宙を背景に、色とりどりのビームが乱舞する様はいっそ幻想的ですらあった。しかし、よくよく目を凝らしてみれば、こちらから飛んでいくビームよりもあちらから飛んでくるビームの方が明らかに多い。艦の数で負けている以上、同盟側の火力劣勢は避けがたいものだった。
「敵はこちらを包囲し、四方八方から滅多打ちする腹積もりなのでしょうか?」
厳しい面持ちで戦況を眺めつつ、ミゾレが質問した。実際、アテナ艦隊は数的な優位を生かして広く展開し、十字砲火めいた攻撃を仕掛けてきている。このままでは、前衛の崩壊は避けられないだろう。
「いや……敵の司令官がおれの思った通りの相手ならば、そんな隙の多い策は使ってこない」
善哉は首を左右に振り、電子タバコをふかす。
「戦力を分散配置してくれるってんなら、突撃を仕掛けて各個撃破を狙えばいいだけだ。しかし、敵の思惑はおそらく……」
「敵後方より、大型艦複数が前進してきました。主力艦級と思われます」
自らの発言を遮るようにもたらされたその報告に、善哉はため息を一つついてから肩をすくめた。
「ほら来た。言ったろ、敵の目的は艦隊決戦だと。今までのは単なる準備砲撃さ」
善哉の予想は的中していた。《ラ・ピュセル》の艦橋では、ソフィーが優雅なほほえみと共に指揮杖でメイン・スクリーンの真正面を指し示している。
「我が艦隊こそ銀河最強であることを、あの蛮族どもに教育して差し上げなさい。全艦全速前進! 目標、敵陣の正面突破!」
旗艦を含む戦艦隊を最前列に押し出した超・攻撃的な陣形で、アテナ艦隊は一斉突撃を開始した。《ラ・ピュセル》の四連装砲が吠え、高出力ビームを同盟駆逐艦に浴びせかける。上甲板から艦底までをビームに貫かれた駆逐艦は、次の瞬間真っ二つにへし折れそれぞれが爆発した。
「有象無象はみな踏み潰しなさい! 狙うは敵将の首一つよ!」
正面、そして左右。三方からの猛烈な射撃を加えられた同盟前衛部隊は、あわてて艦首を翻して撤退を開始した。いかに戦意旺盛な彼女らとて、ここまで火力に差があるとどうしようもない。さらに言えば、事前の作戦説明の時点で善哉から「劣勢と判断したらすぐに後退するように」という指示が出ていたということもあった。(実質的な)指揮官の認可があるのだから、大手を振って撤退することができる。
「戦艦隊、前へ! 前衛への圧力を減らすため、敵戦艦隊へ擾乱射撃を加える」
敵の火力は尋常ではなく、このまま放置していれば同盟艦隊は致命的な被害を受けてしまう。これを食い止めるためには、こちらも火力で対抗するほかない。善哉は戦艦隊の前線投入を決断した。
「艦隊決戦に応じられるつもりですか?」
形の良い眉を跳ね上げつつ、ミゾレが問い返した。
「敵戦艦の数は六、こちらは五。むろん練度、性能では負けておりませんが、数に劣る以上不利は免れないと思われますが」
「勝つための手は打ってある、行け」
善哉の返答は端的だった。勝つための手とはなんだ。そう問い返そうとしたミゾレだったが、彼女が口を開くよりも早く藤波が言葉をかぶせてくる。
「先輩は勝算のない作戦で無意味に将兵の命をすり潰すような人じゃないッスよ」
「なるほど、確かに」
作戦自体の説明を受けずとも、彼女にはそれだけで十分だった。短い間ではあるが、この戦いを通し彼女は善哉に確かな信頼を抱いていた。
「あまり買いかぶるなよ……」
キャプテン帽を目深にかぶりなおしつつ、善哉は小さな声でそう言った。そして、改めて艦隊に前進を下令する。五隻の巨大戦艦が、青い噴射炎の軌跡を残しながら昏い宇宙を疾走する。
「ダンスのお誘いには乗ってくれたようね? さすがは善哉」
《ラ・ピュセル》の艦橋では、ソフィーが会心の笑みを浮かべていた。彼女の頬ははっきりと赤く染まっている。愛しい男との艦隊決戦……これほど興奮するシチュエーションがあるだろうか? ソフィーの脳内ではそんな倒錯的な考えが渦巻いている。
「発砲は射程ギリギリから始めろ。牽制が目的だから、あえて命中させる必要はない」
一方、善哉の方は高揚のカケラすら浮かんでいない仏頂面をしている。彼は楽に勝てるのならばそれに越したことはない、という方針の指揮官だった。必要ならもちろん艦隊決戦にも応じるが、好き好んでやりたいものではない。
「距離三〇万。目標、敵戦艦一番艦。主砲打ちぃ方はじめ」
「敵戦艦隊、発砲を確認」
砲術と対空監視から、ほぼ同時に報告が上がる。同盟戦艦とアテナ戦艦の放ったビームが空中ですれ違い、それぞれの発射元へと殺到する。とはいえ、命中弾はでなかった。射程ギリギリでの第一斉射だ。マグレ当たりですらそうそう期待できるものではない。
そもそも、この射撃は攻撃が目的ではない。敵の目を戦艦隊に惹きつけることだ。実際、敵戦艦の矛先がこちらに移ったことにより、味方前衛部隊へ向かう圧力は確実に減っていた。
彼女らはスムーズに後退し、順次戦艦隊への合流を始めた。もちろんそれは、味方を盾にするためではない。戦艦に接近しようとするストライカーやミサイル艇、駆逐艦などを阻止することが彼女らの新たな役割なのだ。
「どうやら相手の射程はこちらとほぼ同程度のようですね」
「ああ」
ミゾレの言葉に短く答え、善哉は戦術マップを一瞥した。味方部隊の位置を確認してから、再び口を開く。
「艦隊変針、方位二〇」
「変針、方位二〇。ヨーソロー」
艦がゆっくりと回頭し始めるのとほぼ同時に、敵からの第二斉射が飛んできた。これもまた命中弾無し。五秒後、こちらの第二斉射が始まった。こちらもまた、かすりもしなかった。遠距離砲戦などそんなものだ。しかし、彼我の距離は明らかに縮まっている。ある程度接近すれば、嫌でも身を削るような砲撃戦になるだろう。
「艦隊変針、方位一五」
「変針、方位一五。ヨーソロー」
しかし、まともな殴り合いでは数に劣るこちらが不利だ。それを避けるべく、善哉は小刻みな変針を繰り返す。気づけば、クスノキ艦隊はアテナ艦隊の頭を抑え込むような位置関係になっていた。
「丁字戦法? いや、善哉がそんな古臭い手を使うかしら」
それを見たソフィーが顎を撫でながらいぶかしんだ。丁字戦法というのは、相手の艦隊の進路を遮るように横切る戦法だ。その艦隊配置が丁の字に見えることから、そう呼ばれている。
軍艦というのは基本的に前後よりも左右に多くの火力を発揮できるように作られているから、相手の頭を抑えつつこちらは全力で火力を発揮できるこの戦法は大変に有用……と、されていた。しかしそれは、日露戦争の時代の話である。現代においては、敵艦隊に無防備な横腹を晒す丁字戦法はむしろデメリットの方が大きい戦術と認識されている。
「敵艦隊、さらに二〇度変針しました」
「なるほど?」
監視オペレーターの報告を聞いて、ソフィーは合点がいった。やはり、丁字戦法ではない。クスノキ艦隊の取った進路を線にして戦術マップに表示させると、その軌跡は緩い逆U字を描いていた。当初は真正面から向かい合っていたクスノキ艦隊とアテナ艦隊は、いまや後者が前者を追うような位置関係になっている。
「善哉は追いかけっこがお望みのようね」
「おそらく、要塞の裏側で戦っている部隊と合流するまでの時間稼ぎを狙っているのでしょう。現状の敵戦力では、我々に勝利できる確率は著しく低いでしょうし」
主席参謀が冷静な声で補足した。クスノキ艦隊が敵前で回頭した理由は、リスクの高い近距離砲戦を避けてのことだろう。
「逃げる殿方のお尻を追うなんて、わたしもお下品になったものね。まあ、楽しいのは否定しないけれど」
くすくすと笑ってから、ソフィーはメイン・スクリーンに表示されたクスノキ艦隊の背中を指揮杖で指し示した。
「時間稼ぎに付き合ってあげる必要はないわ。ちょうど、正面にはノルトライン要塞がある。あの大きな壁を利用して、敵を追い詰めなさい」
この戦いが生じたのがなにも無い宇宙空間だったのであれば、彼女の艦隊がクスノキ艦隊に肉薄するのは容易ではなかっただろう。しかし、彼女らの目の前には最大直径二百キロを超える巨大要塞がある。これを壁に見立て、そこへ敵を追い詰めるのはそう難しい事ではないだろう。
その後、戦闘はソフィーの想定通りに進んだ。クスノキ艦隊は遠距離から嫌がらせめいた砲撃をしつつ、変針を繰り返す。しかしその進路にはソフィーの配置した宙雷戦隊が待ち構えていた。
獰猛な猟犬のように襲い掛かってくるこれらの部隊から逃れるため、クスノキ艦隊は望まぬ変針を強要された。アテナ艦隊から浴びせかけられる猛烈な砲撃のおかげで、小規模な敵といえども本腰をいれての対処ができないのだ。中型巡をはじめとした護衛艦部隊はなかなか頑張ってくれているが、やはり数が少ないだけに張れる弾幕にも限度がある。
「敵の司令官はよほど陰険な輩のようですね」
冷や汗をたらしつつ、ミゾレが言う。善哉は無言で何度も頷いた。士官学校の同期だけに、ソフィーの性格の悪さはよく承知している。
「陰険というか、性根が腐ってるッスね」
半目の藤波がそういうのと同時に、《北溟》のすぐ横を敵のビームが通過していった。ビームから放たれた電磁場により、一瞬レーダー画面が白く染まる。その心臓に悪い光景に、藤波の喉からひゅっと声とも息ともつかぬ音が漏れた。
「射撃精度が上がってるな……」
「既に距離は二〇万まで詰められてますからね。そろそろ命中弾が出てもおかしくない頃合いですよ」
大砲のことならだれよりも詳しい金田の言葉に、善哉は一瞬考え込んだ。そして戦術マップと現実の戦場を交互に見返してから、軽く肩をすくめた。
「チキンレースと行こうか。艦隊変針、二〇度、仰角五度」
「変針、方位二〇、仰角五度。ヨーソロー」
善哉は艦隊の進路を、要塞の地表へとまっすぐに向けた。すぐさま、アテナ艦隊もそれに続く。二つの艦隊が地上に向け垂直に進んでいくさまは、本当のチキンレースのようにも見える。猛烈な速度で数字を減らしていく対地高度計を見て、操舵手がごくりと生唾を飲んだ。
「地上に直進! まさか、艦隊戦でマニューバー・キルでも狙っているんじゃないでしょうね? 善哉ならやりかねないわ」
愉快そうに笑うソフィー。もちろん、減速やこれ以上の変針は命じない。チキンレースだろうが何だろうが、挑まれた勝負は必ず受ける。それが彼女のモットーなのだ。
「対地距離二〇万!」
《北溟》の対空監視オペレーターが緊迫した声を上げた。そろそろ変針しないと、地上への激突を避けられない距離だ。善哉はカッと目を見開き、大声で下令した。
「針路一二○!」
「変針、方位一二〇。ヨーソロー! ちょいと揺れますよ、お気をつけなすって!」
牛尾航海長の声の余韻も消えないうちに、クスノキ艦隊の各艦は姿勢制御スラスターを全開にして大回頭を始めた。全速航行中にそんなことをしたものだから、艦内は大騒ぎになる。固定されていない物が軒並み吹き飛び、転倒したり椅子から転げ落ちるものも続出した。
「ッハッハハ! 隙を見せたわね! 射法、一斉打ち方! 射撃開始!」
回頭中の艦隊ほど無防備な物はない。アテナ艦隊から放たれたビームの雨がクスノキ艦隊に降り注ぐ。地上への激突を避けることで精いっぱいの彼女らには、それを回避する余裕などなかった。戦艦隊の最後尾にいた《龍泉級戦艦》二番艦、《鹿鳴》の舷側に光の槍が突き刺さる。直後、《鹿鳴》の艦尾付近で大爆発が起きた。メイン・ロケットのノズルから赤い炎と煙の混ざったものが噴出し、加速が止まる。
「《鹿鳴》、行き足が止まりました! このままではノルトライン要塞地表に激突します!」
「《草破》、アンカーを射出して《鹿鳴》をけん引せよ!」
善哉の命令を受け、《鹿鳴》のすぐ前を航行していた別の《龍泉級戦艦》がワイヤーを射出した。その先端についていた吸着アンカーが《鹿鳴》の艦首に命中し、特殊カーボンナノチューブ製ワイヤーがピンと張る。落伍しつつあった《鹿鳴》は、この援護によりなんとか姿勢を立て直した。
しかし、その艦尾では相変わらず火災が続いている。エア・フィールドを解除して艦の周囲の大気を拡散してしまえばすぐに鎮火できるのだろうが、それをやれば破孔から乗員が吸い出されてしまいかねない。自航不能になったこともあり、まだまだ予断の許さない状況だった。
「艦隊反転! 再装填が済み次第、畳みかけなさい。まずは手負いを確実に仕留めるのよ!」
歓喜交じりの声でソフィーがそう命じた。チキンレースは先に“ビビった”ほうの負けだと相場が決まっている。彼女は自らの勝利を確信していた。
しかし、彼女の号令によりアテナ艦隊が回頭を始めた瞬間、異変が起こった。今や眼前にまで迫った要塞の地表でいくつもの閃光が瞬き、幾条もの火箭がアテナ艦隊に襲い掛かったのだ。そのうちの数発が《ラ・ピュセル》の隣の戦艦に命中。一撃轟沈こそしなかったものの、コントロールを失い隊列から離れていく。
「《ジャン・バール》、操舵不能! このままでは地上に激突します!」
それは先ほどと全く同じ光景の焼き直しだった。違いと言えば艦の所属陣営と……そして、緊急曳航をする暇がなかったという二点だけだ。高速戦艦は重力と慣性に従い、どんどんと地上へ落下していった。もはや、この船を救う手立てはどこにもない。
「どこからの砲撃かしら? 地上から飛んできたビームのようだったけれど。まさか、要塞砲の誤射とでも?」
ソフィーの目がスッと細くなる。しかし、僚艦をやられたとは思えないほどその声は落ち着き払っていた。この程度のトラブルで狼狽するほど、彼女の神経は細くないのだ。
「砲撃の発射元が判明しました! やはり、砲撃は地上の要塞砲からの物のようです!」
「あら、あらあらあら」
これは困ったわね。そう言わんばかりの表情で肩をすくめるソフィー。しかし、落ち着き払っているのは彼女だけだ。予想外の出来事に、《ラ・ピュセル》の艦橋には動揺がさざ波のように広がりつつあった。冷静さが身の上の主席参謀ですら、額に冷や汗が浮かんでいる。
「敵味方識別装置はきちんと作動しているハズ……いったいなぜ」
救援要請を受けて駆け付けたにもかかわらず、助けを求めた当人である要塞から砲撃を受けた。一体なぜか? 主席参謀の頭脳は疑問符で満たされていた。





